Chapter4. アズマの証言
「——まずは現場についてだけど」
穂村の言葉にしたがって俺はホワイトボードに書き記していく。
「ボクたちも昨夜実際に見た通り、ユウレイと称される光が目撃されている現場は旧校舎の三階北側にある教室。新校舎、つまりはA棟ができる以前は化学準備室として使われていたそうだけど、現在は美術部の倉庫になっているみたいだね」
「ふーん、美術部の倉庫か。ならちょっと東にでも話を訊いてみるか」
「うん、それもいいかもしれない」
穂村が頷いたので俺はさっそく電話を掛けてみることにした。きょうは木曜日《美術部の活動日》。まだ学校にいるはずだ。
何回目かのコール音のあと、電話口から東の声が聞こえてくる。
『どうしたの森谷くん。この時間に掛けてくるなんて珍しいね』
「ああ、ちょっとな。単刀直入に訊くが、東はユウレイの噂を知ってるか? 旧校舎に出るっていう奴だ」
『えっ……あ、ああ、最近噂されているやつだね。もちろん知ってるよ』
「何か詳しいことを知ってたりするか?」
『んーごめん、噂以上のことは何も。ただ……』
東の言い淀む気配に俺は眉をひそめる。
「ただ、どうした?」
『……ユウレイが出るって噂されている教室は僕たち美術部の倉庫になっていてね、今度の学園祭で使う予定の出し物が置いてあるんだよ』
「ああ、らしいな。俺もそれを聞いてお前に電話してみたんだよ」
『そうなんだ……なら話は早いね。実は、もしかしたらなんだけど……僕らの作品がユウレイの正体かもしれないんだ」
「なんだと? まさか、お前また……」
『ち違うよ! 僕が犯人ってわけじゃない!』
慌てる東に俺は笑って、
「ははっ悪い、ジョーダンだ」
『……もー。タチの悪い冗談は嫌いだよ、森谷くん』
「悪かった。それより教えてくれ。お前らの作品がユウレイの正体かもしれないって言うのは、いったいどういう意味なんだ?」
『うん、実はね……』と声をひそめるように東は言った。『――その作品には蛍光塗料を使っているんだよ』
「蛍光塗料?」
俺の呟きに穂村の眉がうごく。俺はそれを横目で見ながら東に訊ねた。
「それってあれか? 明るい時にヒカリを溜め込んで、暗くなったら光るってやつ?」
朧げな記憶ながら、子どもの頃そんな類のものがお菓子のオマケについてきたのを覚えている。電灯かなんかのヒカリを蓄積し、暗闇になるとぼんやり光るというモノだったはずだ。
『大まかにはね。でも少し違う。蛍光塗料は暗闇のなかにあるだけでは光らない。ブラックライトを当てて始めて発色するんだよ』
「ブラックライト?」
『うん。詳しい説明は省くけど、とにかく蛍光塗料はブラックライトを当てることで光を放っているようにみえるんだ」
「ふーん」と俺はよくわからないままに首を傾げて、「それが今回のことと何か関係があるのか?」
『……まあ、僕は実際にそのユウレイを見たわけじゃないから断定はできないんだけど……話を聞く限りでは似てるなって思ってさ』
「似てるって、何が?」
『——蛍光塗料の発色に、だよ。今回の件はもしかしたら誰かが僕らの作品にブラックライトを当てたことで起こっているのかもしれない』
俺は東に礼を言うと電話を切った。それからまた何事かを深く考え込んでいる穂村に視線をやる。
「どう思う?」
「……」
「おい、穂村? 聞いてるのか?」
「ん、なんだい?」
心ここに在らずといった様子の穂村に俺は呆れて言った。
「いや、だから今回の騒ぎの原因がだよ。東の言うようにブラックライトを当てたときの発色がユウレイに見えてたのかってことだ」
「ああ、うん、それは間違いないよ。ボクらが見たユウレイの正体はブラックライトで照らされた美術部員の作品だったんだ。その証拠にユウレイの周囲は青っぽく見えただろう? あれはブラックライトの光だったんだよ」
「……なんだよ、あんま驚いてなさそうだな?」
「そうだね。実のところ、ユウレイの正体が発光した塗料の類だってことはわかってたんだ」
「……」
コイツはまたそんなことを言う。ならわかった時点で教えてくれよと思うが、探偵としての秘密主義は今に始まったことではない。文句を言ったところで『捜査の進捗は最後まで明かさないのが探偵としての美学だよ、モリタニくん』とかなんとか言われるのは目に見えていたので、俺はため息を吐くだけにとどめた。
「なんだよ、じゃあお前はさっきからいったい何を悩んでいるんだ?」
「単純なことさ」と穂村はコーヒーカップを手に取りながら、「つまり、——なぜ犯人はあの時間にブラックライトを持ってあの場所にいたのか、だよ。まさか懐中電灯と間違えたってわけでもないだろうしね」
「……それは、確かにな」
穂村からの指摘に俺は頷いた。言うまでもなく、ブラックライトを常時携帯しているような物好きな奴はいないだろう。話を聴く限り、一般人が手に持ってうろつくような代物じゃない。ゆえにこの事件の犯人は作品の出来の確認に必要だった美術部員か、あるいは何らかの理由でブラックライトを携帯していた人物ということになる。
「んーわかんねえなぁ」
と言いつつ俺は考えられる理由を述べてみた。
「美術部の展示物を見たくなったとか?」
「なんのために? 有名な美術家の作品ならまだしも、一介の高校生の作品を見るためにわざわざ夜の学校に忍び込ぶのはリスクが高いと言わざるを得ないね」
「じゃあ美術部の関係者とか? 暗闇で実際にどんなふうに見えるか気になったんだ」
「それもナンセンスさ。日中でもカーテンを閉めればいい。それに夜間活動の申請書を出せば大手を振って活動できるんだ。見つかるリスクを犯してまで確認することじゃない」
「じゃあなんでだよ」
「だからボクもずっとそれを考えているんだ」
穂村はキャンディを手に取り、包みを外して口に咥える。もう三本めだっていうのによく飽きないものだと感心しながらも、俺は最後に思いついた可能性を口にした。
「ただ噂になって目立ちたかったとか? それか俺たち生徒を怖がらせたいだけだったりして」
「……まあ実際、その可能性が現時点ではいちばん高いとボクも思うよ」
もうほとんど苦肉に近い案だったが、意外にも穂村は俺の意見を否定しなかった。
それから何度か意見を戦わせていた俺たちの耳に、時計塔から五時を告げる鐘の音が聞こえて来た。相変わらずの美しい旋律。さすがはこの学園の名物と言ったところか。俺もこの学園に来た当初はいちいち感動していたものだったが、慣れというのは恐ろしいな。最近は当たり前のように受け入れていた。
「……もう五時か」と俺は呟いた。「どうする? きょうはもう帰るか? これ以上は進展しそうにないぜ?」
「そうだね……帰る前にともかく念のため現場で検証してみよう。ボクらが見たのが本当に蛍光塗料の光だったのかどうかをね。すまないけど、もう一度電話をしてアズマくんを呼び出してくれるかい?」
俺にそう指示を出し、穂村は部室を出るために動き出す。これから現場に行こうと言うのだろう。
「待てよ。ブラックライトは?」
そう言ってはみたものの、すぐに東に借りればいいのかと思い至った。むろん穂村もそのつもりなんだろうなと思いながらも、一応返答を待つ。
しかし。
「もちろん持っているよ。ほら」
穂村は当たり前のようにポケットからライトを取り出した。
「……相変わらずの四次元ぶりだな。感心するぜ」
探偵としての心得だよ、と穂村は言うが、どこの世界の探偵の心得なのか詳しく聞いてみたいところだと俺は思った。