Prologue. 探偵としてのポリシー
穂村鈴は自分の探偵としての能力を遺憾なく発揮できる事件にいつも飢えてはいたが、しかし積極的に事件が起こるのを待ち望んでいるわけではなかった。
もちろん探偵としての好奇心がなかったわけではない。例えば密室であったはずの教室にいつのまにか黒板アートが残されているといったようなことが起こった場合、穂村は熱病に冒された猫のように首を突っ込んでいく。
だから正確に言うと、彼女が忌避していたのはある種の事件——誰かが傷つくような事件に限ってのことだった。探偵小説にあるような血生臭い事件が起こるのを穂村は望んではいなかったということだ。
むろんそれは事件を解決できる自信がないという消極的な理由からでは決してなかった。彼女の探偵としての能力が十分な高みにあることを俺たちはこれまで存分に見せつけられてきたし、また猟奇的な現場を恐れるような人間ではないと信じてもいた。
だからもしも本当にそのような事件が起こったとしても、穂村鈴は事件を解決するために奔走することだろう。哀しみに口元を引き締めながらも、その類い稀なる能力を発揮して。
ゆえに結局のところ、それは穂村鈴の探偵としてのポリシーに起因するモノだった。基本的に世界が平和であるならば、探偵は細やかな日常の謎を解決する存在であるべきだという考えを持っていたのである。
俺がそれを初めて知ったのは、あの奇妙な事件でのことだった。あの蒸し暑い晩夏の夜に起こった事件……。