『第三章〜旅立ち〜』
『第三章〜旅立ち〜』
まずは今、自分がどこにいるのか確かめなければならない。
人を探そう。
10分ほど歩いてみたが人は見当たらない。
人どころかコンビニもない。
ところどころ建物はあるが、僕が生活していた2023年と比べると、なんとなく古めかしく、町全体が静まり返っているように感じる。
僕以外の人はこの世界にいるのだろうか。
少し心細くなってきた。
「おーい、誰かいませんかー?」
返事はないが、心を落ち着ける意味合いも込め、ときどき声を出しながら僕は歩みを進める。
スマートフォンで時間を確認すると、もう昼過ぎの13時17分を表示していた。
いつの間にか5時間ほど歩いていたらしい。
真夏の朝から齢7才の体力で5時間歩くのはかなり体に堪える。
少し先に川辺が見えるので、そこで一旦休憩をとろう。
川辺に辿り着き、川を眺めると、見事なまでに透き通った水が流れていた。
汗もたくさんかいていたので、僕は服を脱ぎ、川で水浴びをすることにした。
「んっくぅ〜〜〜!こりゃたまりませんね〜!」
あまりの水の冷たさと汗を流すことができた気持ち良さに思わず声が出た。
10分ほど水浴びをしていると、まるで昔話の世界の出来事のようだが、川へ洗濯をしにおばあさんがやってきた。
「アキくん、今日は暑いねぇ。」
おばあさんは優しくとてもにこやかに僕に話しかけてきた。
「え?なんで僕の名前を知ってるの?おばあさんはいったい誰?ここはどこなの?」
僕はびっくりした。
この見たことのない世界で僕を知っている人が現れたのだ。
「そりゃよく知ってるさや〜。ここは“アカハテ”だよ。」
「...“アカハテ”?」
初めて聞く土地の名前にまた不安な気持ちになったが、僕の名前を知るおばあさんの登場により少しだけ心が救われた気がした。
「アキくん、おなかは空いてないかい?」
そういえば朝から何も食べずに歩きっぱなしだったので、とてもおなかが空いていた。
「もうおなかぺこぺこ〜。」
ギュルルルと腹の虫も泣いている。
「あはははは、はぁ〜あ。今日はおばあちゃんちでご飯食べてくかい?」
「うん!食べる!」
「よしよし、おばあちゃんが腕によりをかけて作るからね!」
そして、僕はおばあさんと一緒におばあさんの家へ向かった。
おばあさんの家はすぐ近くで鮮やかな青い草原に囲まれた自然豊かな場所にあった。
「おとうさん、帰りましたよ!」
おばあさんは、おばあさんの旦那さんと思われるおじいさんに帰宅の挨拶をした。
「おー、おかえり!今日はアキくんも一緒か!畑ででっけー良い西瓜が採れたけど食うか?」
どうやらおじいさんも僕のことを知っているらしい。
おなかもペコペコだし、のどもカラカラだったので、お言葉に甘えて西瓜をいただくことにした。
「じゃあ、ご飯ができるまでの間に西瓜を食べてな。今、食べやすいように切ってあげるからね。」
真っ赤に熟した果汁の滴り落ちる西瓜がお皿に乗って出てきた。
「おばあさんありがとう!いただきます!」
僕は豪快に西瓜にかぶりついた。
口の中いっぱいにみずみずしさと果実の甘みが広がり、幸せを感じた。
「アキくんがあまりに美味しそうに食うから、俺も食うか!」
おじいさんも豪快に西瓜にかぶりつき笑顔を見せた。
「さぁさぁ、御夕飯ができましたよ。」
おばあさんがお待ちかねの夕飯を机の上に丁寧に並べてくれた。
炊き立ての一粒一粒が輝く白いご飯、大皿にこれでもか!ってほどにてんこ盛りに盛られた醤油とニンニクが香り食欲を掻き立てる唐揚げ、採れたての新鮮なレタス・キュウリ・ニンジン・トマト・コーンがいっぱい入っている手作りドレッシングのかかったサラダ、白味噌ベースの蟹が丸ごと入ったどこか潮の匂いがする味噌汁。
和食のフルコースだ。
もうよだれが止まらない。
「「「いっただきまーすっ!!!」」」
3 人揃って食事前の挨拶を済ませ、おばあさんの作ってくれたご馳走を食べ始めた。
美味い!美味すぎる!
お世辞抜きにこんなに美味しいご飯は初めて食べたかもしれない。
おばあさんが作ってくれたご馳走を食べていると、何故だか分からないが僕の頬には大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「アキくん、今日はいっぱい歩いて疲れたでしょ?いっぱい欲しな。」
おばあさんはその後も何度も何度も「欲しな」と言って、僕の茶碗にご飯を盛ってくれ、皿に唐揚げと野菜をよそってくれ、味噌汁もよそってくれた。
僕はそれを美味しい美味しいと言って食べ続けた。
おじいさんはビールを飲みながら夕飯を食べご機嫌な様子だ。
「今日は久しぶりにアキくんと夕飯を食べられるからビールが美味いな!」
そう言って5本目のビールの瓶を開けた。
「え?久しぶり?昔も一緒にご飯食べたことあったっけ?」
おじいさんは顔を真っ赤にして酔っぱらっている。
「おとうさん、飲みすぎですよ。」
おばあさんが酔っ払って横になっているおじいさんに布団をかけた。
「アキくんも疲れてるだろうし、今日は早めに寝なね。」
たしかにおなかもいっぱいになり疲労も溜まっていたので、おじいさんが“久しぶり”と言ったことが気になったが、今日は寝ることにした。
僕はおばあさんが用意してくれたふかふかの布団に横になり、川のせせらぎの音と風が草原を駆け抜ける爽やかな自然のハーモニーを聴きながら眠りについた。
「ふあ〜、よく寝た〜!」
すっかり疲れが取れて気持ちの良い朝を迎えた。
スマートフォンで時間を確認すると、朝5時18分だ。
昨日に引き続き早起きだ。
ところが、おじいさんとおばあさんの姿が見えない。
散歩にでも出かけたのだろうか?
まずはトイレに行き、一晩寝て溜まった尿を済ませ、僕は外に出た。
鳥のさえずりが朝の訪れを報せている。
まだ薄暗い中、僕は近くの川まで歩みを進めた。
すると、おじいさんとおばあさんの姿が見えた。
「アキくん、おはよう。ちょっとこっちへ来れるかい?」
おばあさんに呼ばれ、僕は2人の元へと向かった。
2人の元へ辿り着くと、穏やかな光が僕たちを包んだ。
「わぁ、あたたかい光!おばあさんどうしたの?」
「アキくん、今から大事なことを話すからよく聞いてね。昨日も話したけど、ここは“アカハテ”。新たな輝く未来へ羽ばたいていくための地。つまり、“暁の果て”。」
「“暁の果て”... “アカハテ”...」
僕はおばあさんの話に耳を傾けた。
「ここから未来へ進んでいくと、アキくんの今までの経験、出会った人、大切なものの記憶を失ってしまうかもしれない。その代わりに手に入れるものもたくさん出てくると思う。もうすでに失ってしまった記憶もあるんじゃないかな。」
「もう失い始めているの?それって怖いね...。僕はどうしたらいいのかな?」
「ここから未来はアキくん自身で選んでいかなきゃいけないよ。未来へ進んでもいい。現在でずっとおばあちゃんたちと一緒に過ごしてもいい。どんな道を選んでも、 おばあちゃんはアキくんが選んだことを信じているし、受け入れるよ。おばあちゃんにとってアキくんはかけがえのない大切な宝物だから...。」
僕はいったいどうしたら良いのだろう。
正解なんて正直分からない。
おばあさんは僕のことを大切な宝物だと言った。
だけど、失礼ながら僕はこの親切で優しいおばあさんのことを知らない。
初めて会うはずの僕にこんなに良くしてくれるおじいさんとおばあさんと一緒に生きていくのも悪くないかな、と思った。
僕が悩んでいると、おじいさんが話しかけてきた。
「“手に入れる代わりに失い、失う代わりに手に入れる”。人生悪いことばかりじゃないぞ!未来を切り開け!頑張れアキくん!」
“手に入れる代わりに失い、失う代わりに手に入れる”
おじいさんのその言葉が僕の心に強く響いた。
おじいさんの力強い声援に鼓舞され、僕はついに決心した。
「おじいさん!おばあさん!僕、未来へ進むよ!」
その言葉を聞くと、おじいさんとおばあさんはにっこり優しい笑みを浮かべて頷き、目の前に光のトンネルを創造し、僕の背中を押し出した。
すると、不思議なことに僕の意思とは関係なく、足が未来へ運ばれ、おじいさんとおばあさんはみるみるうちに小さくなっていく。
―――――――――――キーン―――――――――――
耳鳴りとともに様々な記憶が流れ込んでくる。
僕が小さい頃に、さっき背中を押してくれたおじいちゃんとおばあちゃんが一緒に遊んでくれたこと、僕が反抗期を迎えた時に話をしに来てくれたこと、夏に家族・親戚揃って庭でバーベキューをしたこと、おじいちゃんが亡くなった日のこと、おばあちゃんが亡くなった日のこと...。
ずっと会いたかった。
僕のことをずっと信じてくれていた2人。
願いが叶うなら、もう一度会って話をしたかった2人。
立派とは言えないかもしれないけど毎日必死に頑張って働いているよ、って伝えたかった2人。
良い人を見つけて結婚したよ、って伝えたかった2人。
いろいろなことが頭の中を渦巻いて、僕は涙が溢れ絶叫した。
「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!おじいちゃん!!!!!おばあちゃん!!!!!忘れちゃっててごめん!!!!!ずっと会いたかった!!!!!」
すると、おばあちゃんが手を振りながら話してくれた。
「アキくんなら未来へ進んでくれると信じていたよ。アキくん頑張るだよ!おばあちゃんたちは頑張るアキくんをずっと応援してるからね!アキくんが選んだ道は絶対に間違いじゃないよ!アキくんがもし行き詰まったり、前を向いて歩くことができなくなった時は、いつでも “アカハテ”に戻っておいで。アキくんが覚えてなくてもおばあちゃんたちが絶対に覚えてるから。また必ず声をかけて美味しいご飯をご馳走するからね。」
「アキくんが大きくなってここに戻ってきたら、おじいちゃんと一緒にビールを飲もう!約束だぞ!頑張れ!行ってこい!」
おばあちゃんとおじいちゃんの言葉に僕はもう涙を抑えることが出来なくなった。
「うん、うん!僕、頑張るよ!おじいちゃん、おばあちゃん!さようなら!また絶対に会いに来るから!」
おじいちゃん・おばあちゃん・そしてアカハテを背に、光のトンネルを突き進む。
このトンネルを抜けたらもうきっとおじいちゃんとおばあちゃんを思い出すことはできない。
“手に入れる代わりに失い、失う代わりに手に入れる”
僕はこれから新しい未来を手に入れる。
僕が齢34才まで生きた世界で出来なかったことを“アカハテ”の先の世界で成し遂げる。
そうでなければ失う代償が大きすぎる。
いつの日かおじいちゃんおばあちゃんと再会できた時に、僕が2人のことを思い出すことは出来なくとも、2人には成長した僕の姿を見てもらい立派だと思ってもらえるように。
僕は光のトンネルを抜け、新たな未来へ旅立った。
おじいちゃんとおばあちゃんは僕の姿が見えなくなっても、いつまでも手を振ってくれていた。
――【“アカハテ”への片道切符】を手に入れた。たいせつなものポケットにしまった。――
読んでいただきありがとうございます。
ここまでが序章になります。
第四章以降、本格的な冒険が始まります。
アキラはアカハテでおじいさんとおばあさんと別れて未来へ進み、これから色々な人と出会い、成長していきます。
これからも楽しんで読んでいただけるように、筆者自身も楽しみながら執筆していきますので、よろしくお願いします。
次回、『第四章〜始まり〜』お楽しみに♪