プロローグ
――カシャン
機械的な小気味のいい音が、路地の闇の中へ消えていく。
その闇の中、艶やかな黒い髪と、魅力的な黒い瞳が存在を主張している。
彼女の漆黒の瞳は、闇の中に光って獲物を見つめる。
「ひっ、勘弁してくれ・・・!俺は・・・
――パンッ
乾いた音が、また闇の中に消えていった。
男は壁にもたれ、ズルズルと地面に倒れた。
スーツを着た男の額には、穴が開いていた。
「いやはや、素晴らしい腕前だね」
拍手と共に声が聞こえてきた。
「・・・誰」
今まで気配を感じさせなかったが、声と一緒に浴びるほどの殺気が送られてくる。
・・・が、その殺気はすぐに解かれた。
「まさか護衛部隊を壊滅させたのが年端もいかない女の子だったなんてね」
まだ幼さの残る、しかし凛々しい声は、闇に響いた。
青年は笑っている。笑っているが、その眼は彼女を見つめる。
先ほどのスーツの男とのやりとりの、逆のような構図だった。
「・・・質問に答えてないわ」
「おっと、これは失礼」
差ほど申し訳なくもなさそうに、男は軽く首を下ろした。
「僕の名はザンティビー。ザンティビー・クラムパーツ。」
「・・・そう」
しばらくの沈黙が続く。
二人ともピクリとも動かなかったが、ザンティビーの口が開いた。
「君の名は?」
人に名乗られたら名乗らなきゃ失礼だよ。とザンティビーが言う。
何か違うが、彼女は口を開いた。
「フェイ」
ややハスキーな声が、短くはっきり発せられた。
「ふむ・・・ではフェ
「ザンティビー様!」
ザンティビーの会話を遮って、奥からスーツの男が出てくる。
先ほどの男とは別の男のようだ。
「む・・!モーゼズ!」
消去法で、モーゼズとはあの地面に倒れた男のことだろうと察した。
スーツの男の怒気がフェイに向けられる。
「キサマか・・・!」
男は手を前に出し、力を込める。
すると男の腕から、赤褐色のオーラのようなものが発せられた。
国家直系にだけ許された、その"力"を解放した。
「まて、セオドール。この女に興味がある。」
「しかし、この女は!」
「二度と言わせる気か?」
ザンティビーの声が低く、鋭くなった。
セオドールは納得がいかなそうに腕をしまった。
同時にフェイも銃を下ろした。
ローブから伸びる白い手が美しい。この暗闇と重なって余計に白く見える。
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「さて、フェイ。ここは行止りだ。」
それは私が一番よく知っている。モーゼズと呼ばれた男を、
ここに追い込んだのは私なのだから。
「君には選択肢が二つある。」
ザンティビーが私に微笑んでいる。それは決して優しい物ではなく、
イタズラ盛りの子供が、いい玩具を見つけたと言わんばかりの笑顔だった。
「一つは、僕等を振り切って逃げる。まぁ、この路地の外にはこいつ等みたいなのがたくさんいるけどね」
そう言ってザンティビーは、セオドールを親指で示唆した。
「二つ目はね、僕に大人しく捕まること。君に興味があるんだ。」
最後の一言はやけに楽しそうだった。
「それじゃぁ・・・、1つ目を選択するわ」
私はそう言って、ローブの中に閉っていた閃光弾を投げた。
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「くっ・・・!眼が・・!」
セオドールが呻きをあげている。
そのうちに私はザンティビー等をすり抜け、路地を一直線に戻る。
「甘いよ」
手を掴まれ、グイと引き寄せられる。
ローブのフードがずれ、頭が外気に触れる。
一陣の風が吹き、彼女の髪をなびかせた。
「・・・素晴らしい」
ザンティビーは眼を見開いている。
フェイの容姿は、やはり白く、整った顔立ちだった。
ザンティビーとフェイの眼が合う。
すぐさまフェイは顔を逸らしたが、ザンティビーは恍惚としていた。
吸い込まれそうな黒い瞳、血色の良い唇、髪の毛から香る柑橘系の甘い匂い。
それら全てが、ザンティビーを虜にした。
「やっぱり君、フェイは素晴らしいよ。美しい」
このまま彼女を自分のものにしたい。誰の目にも触れさせずに、
僕だけの所有物にしたい。
しかし、腕の中の彼女――フェイは、いつの間にか消えていた。
・・・能力、か。
厄介なものだ。
「ふ・・・ふふふ・・・ふはは、ははははは!」
「ザ、ザンティビー様・・・」
ようやく視力が戻ったセオドールが首をかしげている。
・・・いつか。いや、近いうちにだ。必ず手に入れて見せるぞ
どうやら僕は、今日名前を聞いたような存在に心惹かれたようだ。
イタズラな笑顔を張りつけたまま、ザンティビーとセオドールは闇に消えていった。