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オナモミゼロ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう、いいかげんに冬物も奥へしまおうかなあ?

 温暖化が叫ばれて長いけれど、少し雨が降っただけで震えちゃうような寒さ。どうにも踏ん切りがつかなくって。

 温暖化というより、不安定化といった方がいいんじゃない? こう、人類の適応力を次のステップへアップさせるため、というか。試練の時間が訪れているんじゃないか、とも考えちゃう。

 それこそ、私たちの代で始まって終わるようなものじゃなく、数百年、数千年に及ぶような……。


 ――なによ、その豚ちゃんを憐れむようなまなざしは?


 これまで地球を席巻した動物たちに比べれば、人間たちの覇権なんてまばたきのごとき短さでしょう?

 壊れるのが一瞬なんて、すでに周知のこと。それが積み上げるとなれば、とてつもない時間がかかるのも、また周知。

 それをたかが数十年、長くて100年ちょいの命である私たち。それが進化の始まりから終わりまでを見届けようなんて、おこがましいというか、身の程知らずというか……分かっちゃいるけど求めちゃうあたり、人間のさがかもしれないわね。


 そして、人間に限らない進化なら、こうしている今も起こっている可能性があるわ。

 私のお母さんから聞いた話なんだけど、耳に入れてみない?



 お母さんが子供のころは、くっつき虫を投げあうことが、メジャーな遊びのひとつだったみたい。

 お母さんの周りだと、特にオナモミが多かったみたいで。雪合戦に似た要領で、放課後には友達とぴゅんぴゅん投げ飛ばしながら、帰ることが日常茶飯事だったとか。

 その日は、えらくみんなに集中攻撃を受けたお母さん。目に見えるところは全部払ったはずなのに、いざ夜になって、お風呂に入ろうと服を脱いだとたん。


 ブラウスからも、スカートからも、ボロボロとこぼれてくるオナモミたち。

 その数、およそ20数個。そのうえ湯船に浸かる前に、肩まである髪にお湯を通して、追加で6つ。床のタイルに転がる、緑色のとげとげを見て、お母さんは総毛立つ気さえした。

 だって、お風呂に入るまでに、髪にはきちんとくしを通していたのよ。少なくとも、時間を置いて3回は。

 それをことごとくかわして、まるで髪の毛を茂みか何かのようにして、奥深くまでうずまって離れなかったひっつきむし……落ち着いていられる道理がないわね。

 すべてのオナモミをゴミ箱へ入れただけじゃなく、お母さんは自分の頭、服、家具たちのあらゆるものへ目を通し、オナモミがないことを確かめて、その日は寝入ったらしいの。



 お母さん自身が嫌でも、昨日までの友達付き合いがある。

 仲をこじらせるきっかけを作るのが怖くて、お母さんはおざなりながらもつきあったわ。

 申し訳程度に攻撃はするけれど、それ以上に防御へ気を配る。昨日までなら腕を盾代わりにしてオナモミを受けていたけれど、その日からは腕を振るって、はじく、はじく。

 比較的、くっつきずらい手のひらで受けて、それを即座に払い落とすような仕草。

 わずかにだって、自分に触らせたくない。そう心から願っての思いが、顔にも出ていたのかしら。お母さんを狙うオナモミも、日を追うごとに少なくなっていった気配もしていたみたい。


 にもかかわらず。

 オナモミたちはお母さんの服や、体のあちらこちらへ、しぶとくしがみついていた。

 服の中や、髪の中はもちろん、あくびや鼻水と一緒に出てくる様は、完全におじけづいていたって話していたわ。

 鼻血が出ているわけでもないのに、ティッシュで鼻栓をし、マスクで厳重に口元を守りながら登校するお母さん。

 ちょうど花粉のひどい時期でもあったから、みんなはさほど怪しみはしなかったわ。むしろ「大変ねえ」と花粉症をわずらっている友達に、同情や心配をされたりするほどだったとか。

 本当のねらいは別なのだけど、これは結果オーライ。友達も自然と、放課後のくっつきむし合戦を強要してくることはなくなったわ。

 内心、ほくそ笑むお母さんは、そのまま直帰の毎日。その帰り道もオナモミたちから半径1メートル以上の距離を取り、ついにオナモミゼロを達成したときには、心の中でガッツポーズをしたほどだったとか。


 ――あいつらがあきらめるまで、ずっと続けてやる。


 そうお母さんが決意した夜のこと。



 布団で眠るお母さんは、ふと目を覚ましたわ。

 地震。自分の背中が揺れるのを感じるけれど、明かりを消した室内に置いてある家具は、さほど動く気配のない、弱いもの。

 これなら逃げなくていいかと、お母さんがそのまま様子を見始めたところで。

 ぽん、と家が丸ごと、ジャンプしたような感触。その半ば浮いた姿勢のまま、数秒ストップ。「え?」とお母さんが思う間に、家はストンと落ちて、またひと揺れし、それっきり。

 あっけにとられるお母さんだったけれど、それが自分がはたき落してきたオナモミたちの味わっただろう動きと、ほぼ同じなことに行き当たったの。

 部屋の中、家の中を探るけれど、オナモミたちはない。その代わり、家の玄関を開けた先には、それこそ絨毯のように敷き詰められたオナモミがあったとか。



 それから半年くらいして。

 お母さんに弟、私にとってのおじさんが生まれたわ。

 つんつんとした髪質のおじさんは、歳を経るごとに両親である祖母より、姉であるお母さんそっくりな顔つきになっていったんだって。


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