~七日目~
前回かごの中身をぶちまけてしまった事を気にしてくれているのか、今回の飛行はとても穏やかで乗り心地は決して悪くはなかった。
しかしただでさえ早朝は冷え込むというのに、上空は凍りつかんばかりに寒かった。
堪らず不死鳥さんの温かな羽毛に身を埋める。
そしてふわふわの彼の背の上でぼんやりと考える。
不死鳥さんが助けに来てくれた時は本当に嬉しかったし――正直、格好良かった。
番である無し関係なく私を探しに来てくれた彼は、きっと目の前で困っている人を放っておけないタイプなのだろう。彼は野生的でまさに鳥といった思考の持ち主だけれど、人間にとっての大事な部分も持ち合わせているのである。
良くも悪くも直情的で策を巡らせる事が苦手な鳥頭かもしれないけれど、その分彼は誰よりも誠実で優しい存在なのだ。
ゆえに私は――決心した。
家の前に到着すると、不死鳥さんは私を背から降ろした。
そして昨日の日中に起きた出来事を私に告げた。
町の図書館で魔法書を解読していたところ、なんと次元移動に関する書物を発見したのだという。
――鳥頭のくせに図書館を利用したり魔法書の解読をしたりは出来るのか……。
前に仕立て屋を利用したりもしていたし、不死鳥の生態はやはり謎に包まれている。
それはさておき、この魔法が成功すれば私を元の世界に帰す事が出来ると彼は言った。
でも私は――……。
「……すみません不死鳥さん。私、これから凄く自分勝手でズルくておこがましくて手のひら返しな事を貴方にお願いします。勿論嫌なら拒否して頂いて構いません」
「お、おお? な、なんだ突然……?」
唐突な私の言葉に面食らう彼に、私は続ける。
「私、番を辞めたくないです」
「――は?」
「私、貴方と番い鳥になりたいです。人間の言葉で言うと、貴方と結婚したいです!」
「は……、いや、え……え……?」
――どうやら彼を酷く混乱させてしまったようだ。
鳩が豆鉄砲どころかバズーカを食ったような顔をしている。
小刻みに左右に揺れる彼の孔雀色の瞳が、彼の心中の動揺っぷりを物語っている。
「あの、無理なら別に良いんですけど……」
「い、いや決してそのような事は……! 余は元々それが望みだったのだからな、断るはずがなかろう! ……だが、一体何故……?」
「私、不死鳥さんのまっすぐで紳士的で優しいところ、凄く好きになっちゃいました。今まで出会ってきた人間のどの男性よりも、不死鳥のオスである貴方が良いです」
にっこり笑顔と共にはっきりと言い放つ。
思い立ったらすぐ行動が信条の私は、求婚(彼の生態に合わせるならば求愛と言ったほうが良いだろうか)だって一切躊躇わない。
「…………」
……なんだか不死鳥さんがフリーズしてしまっている。ハシビロコウのように微動だにしない。
「あの、不死鳥さん、大丈夫ですか……?」
「い、いや、問題ない、問題ないぞ! 突然の事で少々思考が追い付いていないというか、上手く言葉が出てこないというか、な、何と言うかだな、その……!」
――なんだか妙に歯切れが悪い。
小麦色の肌の為わかりにくいが、心なしか頬が赤く染まっているようにも見える。
もしや照れている……?
だが今までさんざん番い鳥になるよう促してきたこの男が、逆プロポーズくらいで照れて取り乱したりするものだろうか……?
そこではたと気付く。
そういえば先日の雨の日、ずぶ濡れの不死鳥さんを家に上げた時も同じように突然黙り込んでいたっけ。少し考え事をしていただけだと本人は言っていたけれど……。
「この間の雨の日も急に喋らなくなっていましたけど、あれって結局何を考えていたんですか?」
「あ、あれは……! べ、別に何でもない、何でもないぞ!!」
明らかに何でもなくないのがモロバレである。彼は素直な分、隠し事が苦手であるらしい。
だが秘されればと暴きたくなるというのが人の性。ごめんね不死鳥さん、我々人類は純粋無垢な貴方と違って浅ましいの。
なんで隠すんですか、教えてくださいよー、と自分でもうざいと思うくらいに問い詰めると、ついに不死鳥さんは観念した。
はぁぁ~……っと深い溜め息と共に白状する。
「…………そなたが契約により定められた番であろうとなかろうと、余はそなたと番いたいなと、そう思っていただけだ……!」
その顔は今度こそ確実に真っ赤に染まっていた。
普段はふてぶてしい態度の彼が、大柄で逞しい体つきの美丈夫が、まごう事なく照れている。
そのギャップに不覚にも可愛いと思ってしまった。これがギャップ萌えという奴か……!
なんだか私までむず痒い気持ちになってきてしまったではないか……。
「そ、そうだ番よ、我々は晴れて番い鳥となったのだから、巣作りが必要になってくるな! 巣作りにぴったりの穴場を紹介するぞ。市街地からそれほど遠くない場所だが人気のない、切り立った崖の中腹にぽっかりと空いた洞窟なのだが」
「いや文字通りの『穴場』を紹介されましても。……えっと、出来ればこれまでと同じようにこの小屋で山菜採りの仕事をしていきたいなー、なんて……」
「む、そうか。ならば余がそなたのこの巣に共に棲む事としよう。引っ越しという奴だな」
生息環境が完全に野鳥である不死鳥さんの寝床には枯れ草でも敷き詰めてあげるべきなのだろうか。もしくは特大の皿巣を編んであげても良いかもしれない。
夫に手編みのマフラーを贈る妻は世に数多といるかもしれないが、手編みの皿巣を贈る妻は私くらいのものだろうな……。
――こうして、不死鳥と番の攻防戦は私の全面降伏という形で幕を下ろした。
ちなみに、私の魂に掛けられた番の契約は既に消えかかっているという話であったが、500年の寿命を共有する魔法はそれとは別物であり、正式に番い鳥になってから掛けるものなのだそうだ。つまり『私』は彼と同じ時を生き、生涯を共にする事が出来る。
けれど。
「結局、番の契約の魔法は掛け直ししないんですか?」
「ああ、もうそなたの来世を縛る事はしたくないのでな。……だがもし再びそなたの魂に巡り会えたならば、きっとまた求愛してしまうやもしれんがな?」
そう悪戯っぽく笑う不死鳥さんに、私も同じように笑い返す。
「それじゃあその時はまた、私を惚れさせてください。貴方と番い鳥になりたいって、心から思わせてください。当代の私みたいに」
番の契約が完全に切れても、次の不死鳥さんは来世の私の存在を感知する事が出来るだろうか……?
――いや。
どれ程遠く異なる世界に生まれ落ちたとしても。
お互い前世の繋がりに気が付く事がなかったとしても。
なんだかんだで互いに引かれ合い、惹かれ合うんじゃないか。
そんな気がする。
「それとだな、そなたに一つ頼みがあるのだが」
「? 何でしょう?」
首をかしげる私に、不死鳥さんはどこか寂しげに微笑みながら、言う。
「名前が欲しいのだ。余だけの名が。不死鳥には名を付けてくれる親も仲間もおらぬゆえ、代々番から名を貰う事になっている。もっとも、番が名付けの習慣を持つ種族である時だけの話ではあるがな」
――そうか。
名前は親から与えられる初めての贈り物。
だが親というものが存在しない不死鳥には、それすら与えられないのだ。
彼がいかに孤独な存在であるかを改めて実感した。
「――わかりました。でもその代わり、私の事も番ではなく、ちゃんと名前で呼んでくださいね? 私は美鈴って言います。芽宇 美鈴」
「ミスズか。うむ、了解した。では改めてこれから宜しく頼むぞ、ミスズ」
「はい! 不死鳥さんにも格好良くて威厳があって、存在感抜群のゴージャスでスペシャルな名前を付けてあげますね!」
ぐっと拳を握って張り切る私に、不死鳥さんはどこか困ったような、心なしかドン引いているような、そんな何とも言えない表情で苦笑しているように見えるのは私の気のせいだろうか……?
うん、きっと気のせいだろう。そういう事にしておく。