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~六日目~

 今、私は薬草摘みに来ている。今日は不死鳥さんが一緒ではないので山の奥までは行かない。


 ――そう、今日はまだ不死鳥さんが来ていないのだ。


 もしかしたら私を元の世界に帰す方法を探しに行っているのかもしれない。


 ……それとも、番を辞めた私の事などもう眼中にないのだろうか。実はもう私の事など放置してどこかに飛び去ってしまっているのではないだろうか。

 ……いや、彼に限ってそんな事はないはずだ。約束してくれたのだ、元の世界に帰る方法を必ず見つけてくれるって。

 彼は良くも悪くもとても真っ直ぐな男、もといオスなのだから。


 ――いや、待てよ。

 もしやこれこそが彼の狙いだったのではなかろうか。


 伴侶を選ぶ特権は(メス)にあると言って紳士ムーブをしつつ、さらに寂しがり屋アピールをし、なおかつ番を自ら手放す事を提案して同情を誘う。そうする事で私が元の世界に帰る事に後ろめたさを感じさせ、この世界に残りたくなるよう仕向けているのではあるまいか。

 もしそうだとしたら何て狡猾で非道で腹黒な奴なのだろう。ノーと言えない日本人の特性を的確に突いてきている。やはり彼は裏の顔を持つ囲い込み系ヤンデレであったか――……。


 いや、待て待て。異世界の生物である不死鳥さんが日本人の国民性なんて知るはずがないではないか。

 ならば彼に表裏なんてないのでは。

 いやしかし、自分の見た目を番の好みドストライクに変身させられるくらいなのだから、どう行動すれば番に好感を持たれるか、同情してもらえるかを理解しているのではないか――……。


 いやしかし、いやいやしかし、とかぶりを振って問答している内に少々目が回り、ふらりとバランスを崩してしまった。

 この時私が歩いていたのは片側が急斜面となった細い山道であり、しかも昨日の雨で枯れ葉の積もる地面はとても湿っていた。


「あ……」


 そして案の定、私は足を滑らせ、そのまま急勾配を転げ落ちていったのだった――……。



 目を覚ました時、辺りは既に真っ暗だった。

 どうやら斜面の真下の地面には大きな窪みがあったらしく、私はそこに落ちてしまったらしい。幸い枯れ葉が何層にも積み重なっていた為、大怪我にはならなかった。……枯れ葉が雨でびしょびしょになっていたので、まとわりついてきてかなり気持ち悪かったけれど……。

 しかし転げ落ちていく際に右足を捻ってしまったようだった。意識を失っていただけあって頭もズキズキと痛む。この斜面を登るのは難しそうである。それにまだ昨日の雨雲が残っており、月や星の光も届かない。明るくなるまでは動かずにいるのが賢明であろう。

 だがこの辺りは魔物除けの花粉の効果で魔物が出る事は無いとはいえ、イノシシなどの危険な動物に襲われる可能性は大いにある。彼らに遭遇しない事を祈る他ない。



 ――それからどのくらい経っただろうか。

 いつの間にやら雨雲の隙間から月が顔を覗かせていた。

 湿った枯れ葉の上にいては体温を奪われてしまう為、今は近くにあった大きめの石の上に座っている。しかし秋の深まったこの時期、夜はとにかく冷え込むのである。


 このまま凍死したりしないだろうか。

 私がこの世界で死んだら、私の家族や友人達は永遠に真実を知らぬまま行方不明の私を探し続けるのだろうか。

 それに不死鳥さんは――急に私がいなくなって今頃心配しているだろうか。それとも、もう私の事などどうでも良いと考えているだろうか。私が死んだら、ほんの少しでも悲しんでくれるのだろうか――……。


 その後も魔法使いさんや彼の連れているドラゴンさん、ギルドの受付嬢や商店街の皆様など、この世界で出会った方々の顔が次々と脳裏に浮かんできた。


 物語の中の異世界は貧富の差が激しかったり、治安が悪かったり、奴隷制度があったりと、わりと殺伐とした世界観のものが多い。

 けれども実際に訪れたこの世界はどこかのほほんとしていて、最近はここでの生活をむしろ楽しいとさえ感じてきていた。

 この世界で暮らしていくのも案外悪くはないかもしれないと、今なら思えるのに――。


 ――でももう、遅いのかな……。


 意識がぼんやりとしてくる。なんだか、とても眠い――……。




「しっかりしろ! 番よ、そなたを迎えに参ったぞ!」


 すっかり聞き慣れてしまった声が頭上から降り注ぎ、まどろみの中にあった私の意識を覚醒させた。

 見上げれば、斜面の上の山道から不死鳥さんがこちらを覗き込んでいる……や否や、ザザザ、と斜面を滑り降りてすぐさま私の元へと駆け寄ってきた。


「不死鳥さん、どうしてここに……?」

「そなたを探しに来たからに決まっておろう! ――ああ、だがすぐに見つけてやれずすまなかった。余は夜目が利かぬゆえ、日が沈んでからは月が出てくるまで動く事が出来なかったのだ」


 ――不死鳥も鳥目なのか。そういえば彼は普段昼間に行動していたし、不死鳥って昼行性なんだな。


 いやそんな事はどうでも良く。


「私はもう貴方の番じゃないのに、探しに来てくれたんですか……?」

「? 行方不明の者がいれば誰であろうと探しに行くのは当然だろう?」


 何か問題でもあるのか、とでも言わんばかりに不死鳥さんは首を傾げた。


「で、では、自ら番を手放す事で同情を誘って私を元の世界に帰りにくい心境にさせようとしていたのでは……!?」

「な、なんだそれは……!? ……そのような考えに至るとは、そなたの世界のオスはそのようによこしまでひねくれた性格の者ばかりなのか……?」

「あ、いえ、別にそういう訳ではないんですけど……」


 ヤンデレ腹黒暗黒微笑なんていうのは基本的に物語だけの存在であり、現実世界ではそうそうお目にかかれるものではない。少なくとも私の周りにはいない。


「自慢ではないが、策略だの駆け引きだの裏工作だのと、そういった企てをする脳は持ち合わせておらぬわ! 余は鳥頭なのでな!!」


 本当に自慢にならなかった。


「そのような事よりそなた、怪我はしておらんか?」

「あ、ええと、右足を捻ったのと、頭を打ったみたいでまだズキズキ痛みますね……」

「何、それはいかんな。では少々失礼するぞ」


 言いながら、不死鳥さんは私の頭にふわりと手を置いた。するとたちまちの内に足と頭の痛みが引いていった。


「す、凄い……! あっという間に痛みが無くなりました! ありがとうございます! ……にしても羽根だけでなく、不死鳥さんご自身も相手を治癒させる事が出来るんですね」

「無論だ。抜け落ちた羽根でも出来る事が本体である余に出来ぬ訳がなかろう。ちなみに冷え性肩こり腰痛、皮膚病にも効果があるぞ」

「温泉みたいですね」


 言われてみれば確かに、慢性化していた肩の凝りがほぐれ、また心なしか体がぽかぽかしている。不死鳥パワー凄い。


 だが折角体が温まってきても、この場所にいる限りすぐにまた冷えてきてしまうだろう。

 不死鳥さんも同じ事を思ったのか、長居は無用だ、と彼は先日同様大きな鳥の姿に変じ、私をその背に乗せて夜空を舞った。


 もう彼の背には二度と乗るまいと心に誓っていたけれど、私の意志はたった三日でぐにゃりと折れた。

 ――いや、正確には「四日」か。


 東の空がほんの少しだけ白み始めてきている。


 不死鳥さんと出会ってから七日目の朝がやってくるのだ。

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