~五日目~
今日は朝から雨だった。薬草の採集には行けそうにないので、今日は一日中家の中で過ごそうと思う。
という事で、今はのんびり昼食を作っている。
このまま一気に夕食分まで作ってしまおうか。
昨日不死鳥さんから頂いた食材はまだ日持ちする為、元々あった古い食材から使用していく。
冷蔵庫から肉を取り出してフライパンに乗せ、塩を振ってコンロの上で炒める。
そう、この世界にはなんと冷蔵庫やコンロがあるのだ。
ただし電気ではなく魔力で動いており、地球で言うところの電化製品は割と存在している。それに加えて、調味料や食材や料理なども地球の、それも現代日本で一般的な物が多く存在しているのである。
勿論この世界にしか存在しない食材も沢山あるけれど、わざわざそれらに挑戦する気はない。この世界特有の成分を含んだ物だったりすると地球人の消化酵素では分解出来ないかもしれないし。
それにしても何故こんなにも地球にある品々や生活様式と酷似した部分が多いのだろうか。かつて現代日本知識で無双した転生者でもいたのだろうか。
いや、そもそもの話、だ。
この地で特に問題なく体を動かせているという事は、この星の重力は地球とほぼ同じであるという事である。もしこの星の重力が地球と違っていたら、大気を保持する力も変化していたのではないだろうか。また、もしも空気の組成自体が地球と違っていたとしたら、私は召喚された直後にお陀仏となっていたのではあるまいか……?
――いや、こんな事考えるだけ無駄か。
私のようなしがない一般人に異世界の成り立ちなどわかるはずもないのだ。今まで自分が住んでいた次元の事でさえ、その成り立ちや宇宙の先に何があるのかすらわかりはしないのだから。
とどのつまり、深く考えたら負け、という奴である。
生活に困らなくてラッキーくらいに思っておくほうが精神衛生上宜しかろう。
むしろ私は期せずして悠々自適なスローライフを手に入れられたのではあるまいか。
ああ、前職ですっかり黒く染められてしまった企業戦士の心が浄化されていくようだ――……。
「おはよう番よ! いや、今の時間は『こんにちは』になるのか? まあそれはともかく、余が参ったぞ!」
……今日も今日とて不死鳥さんの元気な声とノックの音が鳴り響き、自分の世界に浸っていた私の思考が現実へと引き戻される。
しとしとと降り続ける雨の中でもやってくる不死鳥さんの健気さは忠犬レベルである。鳥なのに。
雨の中待たせるのは流石に心が痛むので、コンロの火を止めてすぐにドアを開けてあげた。まあ彼だって流石に雨避けの外套くらいは身に付けているだろうけども――……。
「雨の日は羽毛が濡れて冷えるから嫌だのう」
ドアを開けるとそこには全身ずぶ濡れの濡れ鼠もとい濡れ不死鳥が立っていた。
「ちょ……っ! 外套着たり傘差したりしないんですか!?」
「ん? ああ、そういえば人の子らはそういった物で雨避けをするのだったな」
駄目だ、ワイルドライフ全開の彼は文明の利器なんて使用しないようだ。――いや、仕立て屋などという超高度な物は利用するのに何でだよ。
色々と言いたい事は沢山あるけれど、まずはびしょ濡れの彼を何とかしなければ。
私は洗面所からタオルを持ってきて不死鳥さんに手渡し、彼が体を拭いている間にライターで暖炉の薪に火を点けてあげた。
もはや言うまでもなく、この世界には魔力を燃料としたライターが存在する。魔力便利過ぎない……?
ちなみに魔力の有無が関係あるのかどうかさえわからないが、着火材まであったりする。メタノール製か魔力製かで判断が分かれるところである。
「どうぞ火に当たって体を温めて下さい。あ、もしかして野鳥だけあって火が怖かったりします?」
「不死鳥は炎から生まれ、炎の中に飛び込んで死にゆくと言うたろうが。怖れるはずなどなかろう」
……死にゆく時の場所だというのなら、ある意味火葬場みたいなものなのだから忌避したくなりそうな気もするけれど、どうやらそういう訳でもないらしい。
不死鳥さんの長い髪からはまだ雫が滴っていた為、私はもう一枚タオルを持ってきて彼の頭をわしゃわしゃと拭いてやった。
……これがドラマならば雨のそぼ降るしっとり空間に男女が一つ屋根の下、という王道ラブロマンスなシチュエーションであるはずなのだが……何故だろう、土砂降りの中、子猫を保護するヤンキーの姿しか脳裏を掠めない。
「今度からはちゃんと雨避けの物を使って下さいね? 不死とは言っても風邪を引いたりくらいはするんでしょう?」
「…………」
今まで元気に喋っていたというのに、不死鳥さんは何故か急に黙り込んでしまった。もしや具合が悪くなってきたのだろうか……?
「不死鳥さん、聞いてますか? 具合悪いんですか?」
「ん? ああ、聞いているぞ。別に具合も悪くない。少し考え事をしていただけだ。うむ、風邪は引くが、不死ゆえ死にはしないので問題ないぞ」
「いや問題多ありですから! 死ななければ何でも良いって訳じゃないでしょ!」
彼はどうも不死ゆえか倫理観に欠けているというか、常識という名の歯車が一つ二つ抜け落ちている気がする。
「それより、なんだか香ばしい匂いがするようだが……。今まで何をしていたのだ?」
「あ、はい、ちょっと料理しながらこの世界の成り立ちについて考えてました」
「それはまた壮大だな」
「不死鳥さんはこの世界がどうやって出来たかご存知ですか?」
「さあな、知らん。もしかしたら初代不死鳥は世界と同時に生まれ落ちたかもしれんが、流石にそれ程古い記憶は受け継いでおらんし、別に興味もない」
生きる事において必要のない知識にはまるで頓着しない、まさに野生生物の鑑である。
不死鳥さんですらわからないのであればやはり考えるだけ無駄であるようだ。
「そなたの作った食物か……。なあ、もし良ければ少しだけ余にも食させて貰えぬか……?」
「え、鳥類が人間と同じ物を食べて大丈夫なんですか?」
「これまでの不死鳥達も番と同じ物を食していたゆえ問題ない」
「なら私は別に構いませんが……共食いランチみたいになりますが良いですか?」
「鶏肉か……」
不死鳥さんが少しだけ私から距離を取った。
私は愛玩動物としての鳥も好きだが、食材としてのトリも大好きなのである。
結局、不死鳥さんには昨日彼自身が持ってきた果物を用意する事にした。
料理した肉を私が食べている間、彼は時折人食い鬼でも見るような視線を送ってきたが、食材を無駄にする訳にはいかないので無視して完食する事にした。そもそも猛禽類だって同じ鳥類である小鳥を補食するではないか。不死鳥って草食なのだろうか。
食事が終わった後も彼が帰る様子はない。まだ今日の分のアプローチが終わっていないという事なのか、それとも単に雨の中外に出るのが嫌なだけなのか……。
他にする事も無いので私は彼に話し掛けてみる事にした。
「あの、少し聞いてもいいですか?」
「ん? 何だ?」
「不死鳥という種族は不滅の存在なんですよね? なら別に繁殖の必要って無いんじゃないですか? なんで番なんていうものがあるのでしょうか?」
「ふむ、確かに不死鳥にとっては本来意味の無いものだな。生まれてくる子供は不死鳥にはならぬし、番という存在が出来たのも十数代前の不死鳥の時からであるしな」
不死鳥さん曰く、不死鳥と番の間に生まれた子供は番側の種族として生まれてくるそうだ。ただ、神獣の血を引いているだけあって魔力の質や量が並外れているだとか、とんでもない怪力の持ち主であるだとか、とにかく何かしらの特殊能力を持って生まれてくるのだという。いわゆるチートという奴である。
「先代の不死鳥の番も人の子であったのだが、その時に生まれた子供は戦闘における能力がずば抜けて高くてのう。さらに神獣の血に反応したのか、たまたま手にした聖剣に選ばれてなあ。そのまま勇者として旅立ち、当時人類を脅かしていた魔王を討ち取ったのだそうだ」
よもやかつての私達の子供が伝説の勇者様であったとは……!
衝撃の事実を知ってしまった。
というか聖剣ってたまたま手に出来る代物なのか。私のような外来種には未だにこの世界の常識が把握出来ない。
それと、今の話の中で気になる事がもう一つ。
「先代よりも前には人間以外の番もいたんですか?」
「うむ、初代の番は人の子であったが、それ以降は人の子だけでなく、狼やら象やらドラゴンやら、本当に様々であったぞ。電気うなぎだった事もあったな。鳥類である余としては、せめて陸上生物に転生して貰えると助かるのだがのう」
「かつての私がご迷惑をお掛けしたようで、なんかすみません……」
不死鳥は番の種族の姿になって暮らすようになる為、番が魚類ならば水中生活を余儀なくされてしまうのである。
ちなみに電気うなぎ時代に生まれた子は、その後通常の電気うなぎよりも倍の電圧を発する個体へと成長を遂げ、電気うなぎ界のカリスマとなったそうな。
さらに不死鳥さんは語った。
不死鳥は本来、今よりもずっと強力な種族だったそうだ。少なくとも、つつく以外の攻撃手段が豊富にあったらしい。
しかし番システムを作り出した事により、不死鳥は弱体化してしまった。
このシステムは契約魔法の一種であり、いわゆる呪いを改良して作られたものなのだという。
特定の魂を未来永劫縛り続ける、呪い。
愛する者を束縛する呪いをかけた当時の不死鳥も、呪いであるとわかっていながら受け入れた初代番も、どちらもわりとヤンデレ気質の共依存であったのかもしれない。そう考えるとお似合いのカップルだったのではなかろうか。来世の者にとっては非常に迷惑な話だけれども。
呪いの維持に魔力を割く限り、不死鳥の力は弱まったままである。
何故そこまで番という存在に固執するのか。
私がそう問うと、彼の瞳が少しだけ翳った気がした。
「……有り体に言ってしまえば、寂しかったから、だな。500年の時をたった一羽で生き、死後もあの世に渡れず、次代に生まれ変わっても記憶と共に前世で抱いた孤独感をも引き継いでしまう。代を重ねるごとに孤独感は増していき、ある時ついに限界を迎えてしまった。そんな時、初代番と巡り会ったのだ……」
――よく、群れを成す種類の鳥は寂しがり屋だと言うけれど、究極の単独行動生物である不死鳥にもそういった性質があるのだろうか。そんな感情を持つ存在が永遠に近い時間を独りぼっちで生きねばならないというのは、一体どれ程の苦痛なのだろう……。
「500年の寿命の内、どの期間に番と出会えるかは代によってまちまちだ。年若い内に出会える者もいれば、晩年まで出会えず残りわずかな時しか共に過ごせぬ者もいる。しかしそれでも、寿命を迎える前にいつかは必ず番に出会える。それだけを希望に不死鳥は生きてゆけるのだ……」
――そうか。
初代番は、この誰よりも孤独で哀れな存在を放っておけなかったのだろう。
ヤンデレだなどと少しでも考えてしまった自分が恥ずかしい。
「だが、そうよなあ……そなたとて、群れから――いや、家族や仲間から引き離されてしまっては、寂しいよなあ……」
突然、不死鳥さんは俯き気味にぽつりと呟いた。
「……契約魔法というのはな、維持する為の魔力が続いていたとしても、定期的に掛け直さぬ限り次第に緩んでゆくものなのだ。現にそなたはこの世界とは異なる次元に生まれ落ちてしまった。また本来、番は不死鳥に出会えば僅かでも前世の事を思い出すか、もしくは既に他のオスを選んでいない限り、無性に不死鳥に惹かれるようになるものなのだ。しかしそなたは余とこれ程交流を重ねても前世の記憶を取り戻す事もなければ、余に靡きもしなかった。余の代で再び魔法を掛け直すべきなのであろうが……もう、やめようと思う」
「え?」
「契約が緩みかけた途端、まるで不死鳥から逃れるかのように番の魂は異界へと落ちたのだ。きっとそなたの魂は不死鳥の番である事に疲れてしまったのだろうな。その時点ですぐに気が付くべきだったのだ。それなのに……そなたを無理矢理この地に喚び出してしまった。本当にすまなかった。いつか必ずそなたを故郷に帰すと約束しよう。……そしてこのまま、この呪いを終わらせるとしようぞ」
「え、で、でも良いんですか? 番がいなくなったらまた不死鳥さんは独りぼっちになってしまいますよ?」
「なに、番達はこれまで充分不死鳥に尽くしてくれたのだ、もう良いだろう。今後生まれ来る不死鳥達も、きっとわかってくれるだろうさ」
その為にもまずはそなたを元の世界に帰す方法を探さねばな、と不死鳥さんは無理矢理笑ってみせた。
番を辞めて元の世界に帰る事が出来ると言うのならば、これ以上嬉しい事は無い。
そのはずなのに……何故だろう、素直に喜べない自分がいた。