~四日目~
朝、ドアを開けても彼の姿はなかった。食料調達にでも行っているのだろうか。
この国にも四季があり、今は秋。冬に備えて自身の棲み処に食料を溜め込んでいても不思議ではない。彼に巣のような物があるのかどうかは不明であるが。
今日は昨日摘んだ薬草をギルドに納品しつつ、同じく昨日採った山菜を魔法使いさんの家に届けようと思っている。
早速小屋を出てギルドに寄った後、彼の家に向かう。
魔法使いさんは外出している事が多く、その間はあの使い魔らしき小さなドラゴンさんが留守番をしている。その為いつも彼(彼女?)に木の実や山菜を渡す事にしている。
ちなみにあのドラゴンさんは人の言葉を話せる上にとてもお喋りであり、一度捕まるとなかなか帰して貰えない。きっと一匹で留守番してて暇なんだろうな……。
どうせ今日も魔法使いさんは留守なのだろうと思いながら玄関のドアをノックすると、中から魔法使いさんが出てきた。どうやら今日は珍しくご在宅のようである。
私は彼に山菜を手渡しながら、ついでに先日の出来事を簡潔に伝えてみた。
「あ、私を召喚した犯人、というか犯鳥? がわかりましたよ。なんか不死鳥に番として召喚されたみたいです」
「はあっ!!??」
彼は目玉をひん剥いて驚愕していた。その様子に吊られて私までびくりと肩を震わせてしまった。
彼は普段非常にマイペース……もとい冷静沈着な御仁であるのだが、こんなにも取り乱すとは……。
魔法使いさん曰く、この世に常に一羽しか存在しない不死鳥はいわば激レア中の激レア種族であり、人前にはめったに姿を現さず、そのうえ番以外の者とは決して馴れ合わない為、その生態は謎に包まれているという。
また、その羽根からはどんな怪我も傷跡一つ残さずに癒す事の出来る究極の傷薬が作れるのだとか。
もし抜け毛ならぬ抜け羽根が落ちていたら譲ってほしいとまで言われてしまった。
神獣というだけあって不死鳥さんはなかなかに凄い存在らしい。
――昨日その背に乗ったなどと伝えようものなら魔法使いさんは卒倒してしまうかもしれない。
不死鳥にも換羽期があるのなら拾っておきますと伝え、私は彼の家を後にした。
我が家に戻ると、ドアの前に不死鳥さんが立っていた。
「おお、帰ってきたか。今日こそ余と番い鳥に」
「あ、いらしてたんですね、こんにちは」
「あ、うむ、こんにちは」
四日目ともなると彼への対応にもこなれてきた。
きちんと挨拶を返してくれる彼も案外律儀である。
「どこに行っておったのだ?」
「昨日採れた山菜を渡しに、森に住む魔法使いさんの所まで行っていたんです」
すると不死鳥さんは訝しむように眉をひそめた。
「……そやつはもしやオスか?」
「『オス』じゃなくて『男性』と言って下さい。……まあそうですけど、それが何か?」
すると不死鳥さんの顔がサーッとみるみるうちに青くなり、ショックを受けたような、絶望したような、そんな表情を浮かべた。もしも効果音があったならば「ガーン!」という音が付いていたに違いない。
「オスの巣に餌を運ぶという事はそなた、余よりもそやつと番いたいという事か……!?」
……何だか盛大な勘違いをされている気がする。
確かに、実は魔法使いさんは女性と見まごう程の綺麗な顔立ちをしている。しかしどうやら魔法で若さを保っているらしく、本当は結構なお年のじい様なのだそうだ。またかつては妻子もいたらしい。
年齢が離れすぎているので恐らく私の事など眼中にないだろう。せいぜい世話の焼ける孫くらいにしか思っていないのではなかろうか。
それに私もまた、中性的な麗人タイプよりも、男前で逞しい体躯の男性のほうが好みである為、そういった意味では不死鳥さんの見た目のほうが好みだったりする。
オスの孔雀の飾り羽はメスの好みに合わせて進化したという説もあるくらいだし、もしかしたら番である私の好みに合わせた姿を取っているのかもしれない。だとしたら凄いぞ不死鳥。
まあそれはともかくとして、だ。これはラッキーかもしれない。
このまま私は魔法使いさんの事が好きなのだと彼に勘違いしてもらえれば、彼は私の事を諦めてくれるのではないだろうか……!
「そうか、そなたが他のオスが良いと言うのなら仕方あるまい。余は身を引くとしよう……」
「……結構あっさり諦めてくれるんですね?」
「無論だ。より良いオスを選ぶのはメスの特権だからな。余に選ばれるだけの魅力が無かった、ただそれだけの事だ」
腹黒ヤンデレ化して囲い込んだり、恋敵を水面下で排除したりするでもなく、彼は野生的であるがゆえに実に大人な対応をする御仁であるようだ。
「不死鳥さんって大人なんですね」
「……そなた、余をまだ雛鳥だと思うていたのか?」
違う、そういう意味じゃない。
そんな「マジかよおい」と言わんばかりの視線を向けないで頂きたい。
彼ともう少し人間らしい会話が出来ていれば私の心も少しは動いたかもしれないのに。いかんせん言動が鳥なのである。
だがそれはさておき、だ。
彼は今、がっくりと肩を落とし、目に見えて気落ちしている。
考えてみればそれも当然か。私は彼が当代の不死鳥として生まれた時から番になる事が決まっていた存在、言うなれば許嫁のようなものである。つまり今のこの状況は婚約破棄を突きつけられたも同然なのだろう。
恐らく初代の番と同じ魂を持つ者以外を番に選ぶ事は無いだろうから、私に振られる=生涯独身貴族として長い寿命を一人ぼっちもとい一羽ぼっちで生きねばならぬ事が確定してしまうわけだ。
そう思うと何だか少し可哀想に思えてくる。
私が本当に魔法使いさんの事を好いているならばともかく、不死鳥さんの勘違いに過ぎないのである。このまま真実を伝えぬままというのは少々心苦しいものがある……。
「……えっと、魔法使いさんは私の恩人というだけで、別に恋愛感情はありませんよ……?」
「!! なんだそうであったか! 余の早とちりであったか! そうならそうと早う言うてくれれば良いものを!」
奈落の底まで落ち込んでいた彼のテンションが一気にV字回復し、嬉しさのあまり私の背中をバシバシと叩く。
あの、痛いんですけど……。
めちゃくちゃ距離感の近い近所のおばちゃんか。
だが一瞬でも彼を欺こうとした自分に非がある為、この痛みは甘んじて受け入れるとしよう。
「おお、そうだ、そなたが帰ってくるまで暇だったゆえ、そなたの巣の周りの木々に早贄を立てておいたぞ」
「モズか! てゆーか他人の家の周りで勝手に何やってるんですか!」
家の周りに生えた木々には、私の背と同じくらいの高さの枝に肉やら魚やら木の実やらが突き刺さっており、美味しそうなクリスマスツリーと化している。
ちなみにモズの早贄は雪が被らない位置に立てられる為、その高さでその年の積雪量を占う事が出来ると言われているらしいが、不死鳥の場合はどうなのだろう。
モズと同じだった場合、私の身長と同じだけの積雪量となる可能性があるわけだが……。冬の訪れが怖い。
そんな事を考えながら早贄を眺めている内にふと気付く。
これらの食材は皆、この辺りでは採れない物ばかりであった。おまけに肉なんて明らかに精肉加工されているのである。
「だ、駄目ですよ不死鳥さん! 観光地のトンビじゃないんですから、人の物を盗んじゃいけませんって!」
海近くの観光地で私は実際にトンビ被害に遭っている人を見た事がある。
奴は食べながら歩いている若者から器用に食べ物だけを鷲づかみ(トンビのくせに)にし、若者の悲痛な叫びだけを残して飛び去っていったのだった。
あの悲劇を繰り返してはならない。
「無礼な! 神獣たる余が盗みなど働くわけがなかろう!」
「え、じゃあどうやってこれらの食材を手に入れたんですか?」
「余の羽根は特殊な色合いをしていて美しいという事でな、仕立て屋に持っていくと装飾品の材料としてそれなりの金額で買い取ってくれるのだ。その金で買ってきた」
得意げに胸を張っている不死鳥さんとは対照的に、私は静かに戦慄していた。
その仕立て屋はきっと、彼の羽根をちょっと珍しいだけのただの綺麗な羽根程度にしか思っていないのではなかろうか。
しかしそれは史上最高の傷薬の原料であり、恐らく魚や肉どころか店ごと購入してもお釣りが来るくらいの価値があると思われる。不死鳥の羽根の相場なんてよくわからないけれども。
ともあれ、何も知らないって怖い。
「そういえば不死鳥さんはお金の使い方をご存知なんですね」
「うむ、金に関しての知識は先代の不死鳥達から受け継いでおる。どうやらかつての番から教わったようだな」
やはりかつての私は人間社会についての最低限のルールを不死鳥さんに教えてくれていたようだ。
「そもそも人間の町に行って大丈夫なんですか? いくら人型になっているとはいえ、まだ若干鳥要素が残っているのに」
不死鳥さんの体は人の姿になっても所々羽根が生えたままである。アクセサリーもしくはコスプレの類だとでも相手に伝えているのだろうか……?
「魔王が討たれてから人の子らは魔物を使い魔にするようになってな、人型の使い魔は比較的少ないが、かといってそこまで珍しいものでもない。ゆえに余のような者が町中を歩いていても誰も気にせんのだ」
神獣を魔物と勘違いされるのは少々遺憾ではあるがな、と不死鳥さんは肩を竦めてみせた。
――人前にはめったに姿を現さず、番以外とはけっして馴れ合う事がないと言い伝えられる不死鳥。
だがそんな伝説が生まれたのはもしかしたら、あまりにも堂々と人前に現れているせいで誰も目の前にいるのが超レア種族の不死鳥だと気付く事が出来なかったからではないだろうか。
まさに灯台もと暗し。魔法使いさんがこの事実を知ったらもんどりうって転げ回りそうである。
その後、不死鳥の羽根を欲しい人がいるので今度羽が抜ける事があればいくらか譲って欲しいと伝えたところ、彼は快く了承してくれた。
どうやら今は換羽期らしく、欲しければいくらでもくれてやるとの事だった。
……大量の不死鳥の羽根を袋いっぱいに入れて手渡したらそれはそれで魔法使いさんに卒倒されそうな気もするけれど……。
あと羽根を依頼した私が言うのも何だが、レア種族である不死鳥さんはもう少し危機意識を持った方が良いのではないだろうか。
そんな事を思う四日目の昼下がりだった。