~三日目~
三日目の朝。
再びドアがノックされ、開けば案の定孔雀の羽根のような瞳をした美丈夫がそこに立っていた。
彼はなんだかんだできちんとノックはするし、鍵を破壊したり窓を割ったりして強引に家に侵入してくる事もない。
不死鳥の魂も番同様、代々同一のものであり、先代までの記憶の一部を引き継いで生まれてくるのだという。彼はきっと、かつての番から人間の家を訪問する際の最低限のマナーを教わっているのだろう。
「今日こそ余と番い鳥になって貰うぞ!」
「お断りします」
さらりと拒否して彼の横を素通りし、小屋の入り口付近に置いていた薬草摘み用の大きなかごを背負う。
「ん? 何だ出掛けるのか?」
「薬草摘みと、あと今日は山の奥のほうに山菜採りに行こうかなって」
「では余も同行しようぞ」
「いやなんでそうなるんですか。結構です」
「そなた一羽で山奥に入るのは危険だ」
「『一羽」じゃなくて『一人』って言って下さい。人には人の数え方があるんです。――この辺りには魔物は出ないので大丈夫ですよ」
「ふむ、確かにこの近辺には魔物が嫌う花粉を放つ植物が生えているゆえ、それが魔物除けとなっているな。だが花粉の範囲から外れた山奥となれば話は別だ。魔王が敗れてから魔物達は弱体化したとはいえ、戦う為の鉤爪も嘴も無ければ、逃げる為の翼も持たぬそなたのような者は襲われればひとたまりもないぞ?」
そういえば魔法使いさんにこの山について教えて貰った時も、この近辺以外は危険なので一人であまり遠くに行ってはいけないと言われていたのだった。つまりこの男の言う事は事実なのだろう。
だがこの近辺の山菜はもうほとんど採り尽くしてしまっていた。そろそろまた魔法使いさんのお家に山菜を届けて差し上げたい時分である。となると、この男のお言葉に甘える他無い訳だが……。
「不死鳥さんって強いんですか?」
「いや、そうでもない。だが不死鳥は寿命を迎えるまでは何があろうと絶対に死なん。囮役くらいにはなるゆえ、その間に逃げるがよい」
「そんな寝覚めが悪い真似出来ませんよ!」
それでは私が血も涙もないめちゃくちゃ酷い奴みたいではないか。
「まあそれは最終手段だ。少なくともそなたよりは強いさ。さあ、ともあれ行くとしようぞ」
結局不死鳥さんは無理矢理私について来た。
幸いにも魔物は現れなかったものの、ついつい作業に熱中してしまい、かごが薬草と山菜でいっぱいになる頃には大分日が傾いていた。
このままでは帰路の途中で辺りは真っ暗になってしまうだろう。なんとか魔物除けの花粉の範囲内まで戻れたとしても、夜は獰猛な動物等も動き出す。また足元も見え辛くなる為、足を踏み外して崖から転落、なんてこともあり得る。夜の山道というのは非常に危険なのである。
「番よ、暗くなる前に巣に戻りたいか?」
「『巣』じゃなくて『家』、ね。まあ出来るならそうしたいですけど……」
「ふむ、ではこちらについて来るが良い」
不死鳥さんは私を開けた場所まで連れてくると、突然その姿が金色の光に包まれた。眩しさに思わず目を閉じ、しばらくしてゆっくりと瞼を押し上げると。
そこには大きな鳥の姿があった。
今は羽を閉じているのでワゴン車程度の大きさだが、羽を広げたら相当な大きさだろう。
全身が鮮やかな赤い羽根に包まれ、さらに優雅な長い尾羽は先端のほうが金色に染まっている。また、その瞳の色は孔雀の羽根のように角度に応じて様々な色を映している。
この巨鳥が不死鳥さんが変じたものである事は間違いなさそうだ。
「これが不死鳥さんの本当の姿なんですか……?」
「左様。さあ、我が背に乗るが良い。巣まで送ってやろう」
どうやら鳥の姿でも喋る事が出来るらしい。
「だから巣じゃなくて家ですってば。……でもいいんですか? 神獣の背に乗ってしまって」
何となくとても罰当たりな気がするのだけれど……。
「そなたは番ゆえ特別だ。他の者が乗ろうものなら目玉をつついて抉ってやるがな」
「怖いな!」
だが天罰として雷を落とすでもなく、炎の息吹により相手を焼き尽くすでもなく、与える罰がつつくだけというのは凄く普通の鳥っぽい。
「さあ、早う乗るが良い。早くせねば日が暮れてしまうぞ」
不死鳥さんは私が背に乗りやすいようにと地面に伏せてくれた。半ばよじ登るようにして彼の背まで這い上がる。彼のふわふわとした羽毛に手足が沈み込み、心地よい温かさが伝わってくる。
「乗り心地はどうだ?」
「凄く良いです! 特に手触りが小学校で飼育していたニワトリにそっくりです!」
「ニ、ニワトリ……そ、そうか……」
不死鳥さんは何だかがっくりと項垂れてしまった。どうやらニワトリと同等という感想はお気に召さなかったらしい。ニワトリ可愛いのに。
その後、無事暗くなる前に家へと到着する事が出来た。
ちなみに離陸と着陸の際にはエレベーターのあの気持ちの悪い感覚の数倍の不快感があったり、空中でかごの中身がいくらか吹っ飛んでしまったりしたけれど、まあ些末な事であろう。
だが私は二度と彼の背には乗らないと心に誓った。