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魔者さんの管理人さん  作者: ぽぱぴ
9/11

就職できました

切り所が分からず、長くなってしまいました。

自分の文才の無さに泣いています。

長さが苦にならずに、楽しんで頂けるといいんですが…。


「そんなに魔力あるのに?魔法使えないってある?絶対嘘でしょ」

「あっ、ちょっと傷つきました」

「リュカ…取り敢えず、死んでみるかい?」

「少しも傷ついてません。ふざけてすみませんでした」


元の世界でも散々言われてきたことなので、実際は全く響いていないが、一応傷ついた感を出してみたら大変な事になった。

ただの冗談のせいでこんなに美しい妖精を葬ってしまったら、今すぐ責任を取って後を追わなければいけなくなる。 

追わなくても、何処かのご婦人方に後ろから刺されてしまう気がする。

速攻で取り消した。


「でも、魔法が使えないってどういうことかな?その魔力量だから、てっきり元の世界でも魔法が身近だったんじゃ無いかと思ってたんだけど、違った?」

「魔力を日常的に使っていたという意味では間違いはありませんが。んー、見せた方が早いかもしれません」


不思議そうにこちらを見ているアデルに、困り顔で笑んでから、極初歩的な攻撃魔法を編み始めた。

途端に編んだ側からきらきらとした光の粒を残しさらさらと崩れては消え、発動には至らない。

瞬く間に全ての光の粒が消え、やはり世界が変わっても駄目かとリタは苦笑する。

期待していたわけではないが、もしかしたらという気持ちもあったことは内緒にしておくことにした。


リタ以外の魔癒術師は、それぞれの魔力に見合った様々な魔法が普通に使えていたので、これはリタだけなのだろう。

老師と共にどんなに練習してみても駄目だったので、その内に二人で諦めた。

老師曰く、リタは魔法展開に関してひたすらに不器用との事だ。


瘴や瘴穴を治めるのは、魔法ではなく術式を使うので特に不便はなかったし、リタ自身、気にもしていなかった。

使えたら使えたで便利なんだろうぐらいの感覚だ。

だから、魔法が使えないことに対してリタが残念に思ったことは一度も無い。

周りからは散々残念物扱いされたが、別にそれも気にしない。


「……無詠唱だからじゃなくて?補助魔法も駄目?術式は?」

「リュカ様、抉らないでもらってもいいですか?全部駄目です。何か私、不器用らしくて……あっ、でも術式は大丈夫です」


見栄でわざと、難易度を上げたのに、詠唱しても発動しなかったら、流石に少し自尊心に傷がつく。

詠唱しても、発動しないのはリタが一番分かってはいるけども。


「術式と魔法って何が違うの?一緒じゃない?」

「なんて言うか……手紙に例えるとですね、術式は時候の挨拶みたいな定型文なんですよ」


術式には決まった型があって、誰がやってもそれ以上でもそれ以下でもなく一定の効果が得られる。


「それに比べて、魔法は本文なんです」


これといった定型文が無いから、内容から表現まで自分で組み立てなくてはいけない。

だから、時候の挨拶と違って言いたい意味が変わらなくても、伝え方や選ぶ言葉で与える印象や分かりやすさは変わってくる。


「それと似てて、魔法も詠唱文はありますが、同じ魔法でも違う人が使うと威力や効果範囲が違うじゃないですか。それって、中身が違うんです。練度や精度の違いとも言いますね。多分、私は魔法を()()()()()()()()()で、中身がめちゃくちゃで組み立てられていないんですよ」

「おー、分かりやすい。つまり、魔法の効果がイメージ出来てないから発動しないって事だよね」

「そんな感じです」


納得してくれたらしいリュカに、肩を竦めて同意する。


「……まあ、それでも、うん、問題ないと思うよ!」

「ありがとう存じます。問題ないのでしたら、やはり此方で働かせて頂きたいです」


すごく気を遣ってくれた爽やかな笑顔のアデルに此方が申し訳なくなるが、改めて働きたい旨を伝えると、嬉々として話をぐっと進めてきた。


「そっかそっか、よかった。本当に助かるよ!じゃあ、早速、番契約をしよう!!心配しないで。契約は術式だからね!さあさあ、隣の魔者と手を取り合って!」


(……ん?)


思わず首が傾く。

待て待て、聞いてない。

今、アデルは契約と言っただろうか。

元の世界でも色々な契約関係は術式だったので、それは知っている。

リタが心配しているのは、そこじゃない。

聞き間違いかと、セナを見るとうっすらと笑ってリタに手を差し出している。

恐ろしく整った顔に、薄い笑みが乗るとぞくりとする程美しい。

ぞくりとしたのはただ単に生存本能を刺激されただけかも知れないが、リタの右手は既にしっかりと握られており、逃げられそうにない。


「……この契約って、対価の要求があったりしますか?」

「対価……?」

「ほら、よく物語の中でありませんか?悪魔と契約すると、対価として魂や寿命や心臓を要求されるみたいな……」

「あぁ、成る程。……ふふ、くれるの?」

「んー、要求されるものにもよりますけど、必要ならば致し方ないかなと思います。でも、今はまだ何を要求されてもあげられないです。後々で良いのであれば差し上げますよ」

「おや、思ったより脈はありそうだね」

「……脈?」


セナが嬉しそうに今までで一番深い笑みを見せたので、目を瞬いた。

表情が乏しいと思っていたが、そういう風に笑うと中性的な顔立ちが際立って、とても可愛らしい。

つられて同じ様な笑みを返すと、余っている手で口元を押さえて少し俯いてしまった。


「(そうだった、具合がよくないんだよね。早く済ませて、休ませてあげないと…)それで、さっきのセナ様の言い方ですと、対価はいらないと考えていいですか?」

「要らないよ。番契約は少し絆を結ぶ程度の同意契約だから。魔者は気分屋だから、こうして捕まえてないと飽きたらふらっと勝手に消えちゃう奴多いんだよね」

「でも魔法省とではなくて、個人の人間と番契約を結ぶのはどうしてですか?」


肩を竦め困った様に言うリュカに頷きつつ、疑問に思ったことを聞いてみる。


「それだと同意契約じゃなくて、使役契約を国と結ぶことになるから、結ぶ時も解除の時も、大掛かりになっちゃって面倒臭いの。それに、魔者ってあくまでも、その人間が気に入ったからそいつに協力してやるっていうスタンスだから。そんなに気負わずに、友達が増えたぐらいに思ってよ。ね、白?」

「友達?……うん、今はそれでいいのかな」


若干腑に落ちなさそうにしているセナだが、取り敢えず良しとしたらしい。


(おやつ→長期保存食→友達。うん、順調なランクアップ)


リタのセナの中での立ち位置は別として、契約自体はあまり深く考えるものでも無さそうなので、さっさと済ませるためにアデルに顔を向けた。


「成る程、分かりました。じゃあアデル様、改めまして。どうすればよろしいですか?」

「うん。まずは、魔者と両手を取り合って。そう。あぁ、ここでフルネームが必要になるんだけど、リタは姓は無いのかな?」

「平民ですから、無いですね」

「本当に平民なんだね…どんな生活してたのか、気になるけど。まあ、それは置いておいて。あとはどちらが先でも構わないけど、こんな風に詠唱するだけだよ」


アデルがテーブルの上に開かれた本の一節を指し示す。

そこには短く対となる詠唱文が書かれていた。

リタとセナで一節づつの詠唱となるらしい。

前後に軽く目を通しても、やはり先程のリュカの説明以上のことはない様だ。


(この本貸して欲しい!)


借りられるかはあとで聞くことにして、もう一度内容を確認すると、うんうんと頷きセナに体ごと向き直る。


「はい。ではセナ様、私からいきますね。"我、リタはセルディナメルを番と欲す"」

「"我、セルディナメルはリタを番と成す"」


セナの掠れて色気のある声が詠唱を終えると、繋いだ両手の甲に仄かに青く光る細い術式の帯が浮き出てくる。

お互いの魔力が微量、行き来するのを感じた後、それが二人の手を纏めて一巻きしてすーっと消えていった。


「これで、お友達ですね。これからよろしくお願いします、セナ様?」

「うん、よろしくね。……それとね、リターー」

「アデル叔父様っ!!!あの方は今、どこにいらっしゃるの!?昨夜の夜会にもお見えでは無かったじゃない!あの方と踊りたかったのに!まだ、いらっしゃるのでしょう!?どうしてわたくしをあの方に会わせてくださらないの!?」


また嬉しそうに先程の様な笑みを浮かべたセナが何かを言いかけたが、ばんっと開いた扉の大きな音に遮られた。

それと同時に高い声が、アデルに一気に捲し立てる。


扉に背を向ける様に座っていたリタが少し首を捩ってそちらを向くと、リタの柔らかな色のそれより、金属を思わせる硬い色の銀髪を綺麗に縦巻きにして頭の高い位置で二つ結びにしたまだ十代と思しき女性が、息巻いた様子で立っていた。

アデルを叔父と呼んだからには、彼女も王族だろう。

少しだけ遅れて護衛の騎士が二人、慌てて駆けてくる。

プリンセスラインの豪奢な水色のドレスがよく似合う如何にも高貴な身分然とした美人で、出るべきところは出ているプロポーションも目を惹く。

ドレスは瞳の色に合わせたのだろうか。

なかなかにお洒落だ。


ゆったりとしたリタの口調とは正反対の早口だったが、誰かに猛烈に会いたいことだけは伝わってきた。


(あぁやっぱり、此方では銀髪は珍しくないんだな)


元の世界では、銀髪は少し特別な者の色だった。

月の子と呼ばれる彼等は、銀髪であれば瞳は必ず紫色をしている。

リタの様に、髪か瞳かまたは両方に僅かでも金が混ざると満月の子と呼ばれ、また更に珍しい。


月の子等は数が少ない上に、担っている役目が国を左右する重要なものなので、他国から誘拐や殺害される危険があり、任務で出歩く場合には護衛は常にいるが魔術師の様に目深にフードを被り隠して歩く。


それをせずに来たということは、銀髪は珍しくないし、やはり此方には瘴は発生しないのだろう。

あんな危険な災害がないのなら何よりだと、彼女の銀髪を眺めて緩く頷く。


「げっ…面倒くせ……」

「アルール……取り込み中だぞ。上手くいったら彼等が王城へ上がる時に見られるかもしれないと言ってあっただろう?それに、私を叔父と呼ぶな!お前と十も変わらない」

「叔父様の呼び方なんてどうでもいいですわ!そんなことよりも、あの方は何方に…っはあぁあぁ!!!此方にいらっしゃったのですね!あぁ、なんてお美しいの!わたくしヴァシルクの第二皇女、アルテミアと申します!どうぞ、アルールとお呼びくださいませ!貴方様にお会いしたくて、御前に馳せ参じましたわ!!どうか、以後お見知り置きを…ってなんですの、この女!?昨日の落ち星じゃない!!昨日の抱擁に飽き足らず、今日も白き魔者様のお側に侍り、更には御手を取っているとはなんて羨まし…無礼なんでしょう!叔父様、これは一体どういうことですの!?」

「それでね、リタ。番契約は、同位契約とも言ってね、関係に上下を作るものじゃないんだ。だから、私とリタの間で敬称は要らないよ」

「分かりました、セナ。ですが、まずは皇女殿下のお話を伺った方が良いんじゃないですか?貴方にお会いしにいらっしゃった様ですよ。あと、手を離して下さい。大変ご不快な様です」

「嫌」


熱心に話しかけるアルテミアには一瞥もくれず、先ほど言いかけていた話をしれっと再開したセナを諫めたが、相変わらずアルテミアを空気扱いだし、手も離してくれないしで少し困ってしまう。

暫く此方に留まる以上、高位の者に睨まれる様なことはしたくない。

握られていた手を軽く振ってセナを笑顔で引き剥がし、メイドよろしく壁際で目線を下げ控える。

それを当然のように、アルテミアはさっと長椅子の空いた場所へ身を滑り込ませた。

そのタイミングで、テーブルの紅茶が全て新しく入れ替えられる。

メイドの優秀さに思わず微笑み会釈すると、メイドが嬉しそうに頬を緩ませて退室して行った。


「……今、番契約と仰って?まさか、この女と白き魔者様が番契約をすると仰るの!?貴方様の番ならばこんな何処の者とも知れぬ者より、わたくしの方が身分も容姿も適任ですわ!どうかわたくしになさってくださいませ!必ずご満足頂けますわ!」


我関せずなセナに掴みかからんばかりのアルテミアの言葉が特に刺さるでもなく、リタは密かに納得の頷きをする。

交渉ごとの場に置いて、身分は無いよりは有った方が多少なりとも役に立つだろう。

それにセナは男性ながら、隣に立つのを躊躇してしまうほどの美貌だ。

自分の容姿がどうと言う訳ではないが、確かにアルテミアとセナならば、場が華やかになり何かと上手く行くのではないかという気がしてくる。

まあ、殆ど喋らないセナとかなり勝ち気らしいアルテミアの交渉力は別として。


(本当にそうしたらいいんじゃないかな?綺麗な人は集まれば集まるほど眼福よね)


此方の世界は、どうも美形率が高い様で昨日から目が楽しい。


「うるせ……魔者にも好みがあるんだよ」

「妖精は黙ってなさい!」

「はぁ、アルール……彼女に失礼だぞ。そもそも番は人間側ではなくて魔者側が選ぶものだと知っているだろう?既に契約は成された。それにこれはお前の暇潰しじゃなくて、仕事の話だ。お前が口を挟む余地は無い」


心底鬱陶しそうなリュカと頭の痛そうなアデル、勢いの凄いアルテミアのやり取りを壁際で聞いているうちに、足音もなくセナが隣に並び立つ。

折角アルテミアがセナと話せる様にと席を空けた意味が無いではないかと、目線で抗議するも絶対に視線が合わないセナに思わず笑ってしまう。

まるで悪戯をした後の犬の様だ。


「貴女!!何が可笑しいのよ!落ち星の分際でわたくしを嘲るというの!?」

「アルールっ!」

「いえアデル様、今のは私が不用意でした。皇女殿下、御前にて大変失礼を致しました。決して、皇女殿下を卑しめた訳では御座いません事、御容赦頂けますか?」


隣でピクリと動く気配のしたセナを軽く押し留め、穏やかに許しを乞えば、声を荒げたアルテミアが少し怯む。


「ふ、ふん。一応の礼儀はある様ね」

「(よしよし、良い反応)恐れ入ります。出過ぎたこととは存じますが、名乗らせて頂いてもよろしいですか?」

「えっ?…ええ、許すわ。名前ぐらい聞いてあげても良くてよ」

「有り難く存じます。ご存知の通り、昨日此方の世界に参りました、リタと申します。お見知り置き下されば、幸いに御座います」

「…第二皇女、アルテミアよ。貴女…白き魔者様にお目にかかれるだけでどれ程恵まれているか知ってらして?わたくしなんて、ニ年前に外遊先でたった一度少しお姿をお見かけしただけなのに!あぁ、あの日の魔者様のお姿が今でも鮮明に思い出せるわ。周囲の者たちとは明らかに違う神々しい御姿…!陽の光を受けて時折煌めく髪も、すらりと長い手足も、勿論白百合の如く美しい横顔も脳裏に焼き付いて離れないっ!あの輝く御姿を拝見してからずっと、再び御姿を拝見するのを夢に見ていたわ!それが…それが!!」


顔を赤らめながらセナのことを一生懸命語るアルテミアが、どれほどセナに焦がれていたかが伝わってくる。



「(きっと、その時に一目惚れしたんだね)皇女殿下、出来ることならば、私が番を辞退させて頂きたいのですが…」


それを聞いて、セナがリタの袖を引き、小さく小刻みに首をぷるぷると横に振っている。

それに苦笑し、手だけでまあまあと宥めると話を続ける。


「先程アデル様も仰っておりましたとおり、既に番契約を終えてしまったのです。…そこで差し出がましい様ですがご提案と致しまして、度々セナとお茶を楽しまれに見えては如何ですか?番契約をしたからといって、ずっとお仕事に掛かりきりということもないでしょうし…」


ここでアデルを見ると、うんとひとつ大きく頷いてくれた。

仕事量の確認のための発言ではあったが、仕事漬けという訳でもなさそうだ。

リタのお休みも有りそうでほっとする。


「皇女殿下もご自身の御公務がお有りでしょう。番契約をして魔法省のお仕事も為さるのは、僭越ながらお体が心配で御座います。王族の皆様方は、普段からお忙しい御身で御座いましょう。番としてのお仕事は私に任せて頂き、皇女殿下のお時間が許す時に、此方にいらして親睦を深められては如何ですか?あぁ、もし失礼でなければセナを王城にお呼び頂いても構いません」


セナは先程からずっとぷるぷると首を振っているが、リタはひたすらに無視だ。

言い切ってからやっと、ね?と満面の笑みでセナに小首を傾げれば、頬を染めて項垂れてしまう。

一応の了承と取っておこう。


(また熱、出て来たのかな?でも、恋する乙女には協力して差し上げなくては!)


本音はセナと離れて、リタ一人の時間が欲しいだけなのだが。

このまま行くとお風呂と寝る時以外、四六時中一緒にいることになりそうだと思っていたところに、程良く一人になる口実が出来た。

元々、一人で過ごす時間が好きなリタには、常に誰かが側にいる状況というのは結構辛いものがある。

アルテミアがセナを連れ出してくれるというのであれば、是非そうして欲しい。

これぞ、相互利益の美しい助け合いである。

いくらセナが食人種といえ、一国の皇女をお茶請けに食べましたとはならないだろう……多分。


それでどうかと、ふわりと笑んでアルテミアを見る。


「な、何よ貴女、良い人じゃないの…。そ、そうね。その方が此方としても良いかも知れないわ!気が効くじゃないの。わたくしの友人にしてあげても良くてよ!」

「(よし、懐いた)お言葉、痛み入ります」


こういう直接ぶつかってくるタイプは、チョロ…いや、素直で助かるとほわほわ笑みが溢れる。

友人は遠慮したいが。


「それで…白き魔者様?今後、親交を深めさせて頂くにあたって、わたくしも……セナ様とお呼びしても宜しいでしょうか?」

「え?嫌…」


もじもじと意地らしく頬を染めて伺いを立てるアルテミアになんとも辛辣なセナを、リタは笑んで穏やかに諫める。


「良いじゃないですか。折角、通り名が有るんですから、皆さんにそう呼んで頂いたら。なんだか皆さん、セナのことを凄く呼びにくそうにしてます。これから此方でお世話になるのなら、人間関係は円滑にして置いて損は無いですよ」

「…そんなものなのかい?」

「そうですよ。人間とはそんな些細な事で少し心の距離が縮まる可愛い生き物なんですよ。ねぇ?」


同意を求めれば、アデルとアルテミアが同時に頷いてくれる。

リュカは気の毒そうにセナを見ていたが、何も言わないのでこの話題に立ち入る気もないのだろう。


「……リタがそう言うなら。…でも、とても大事な名前だから大事に呼んで」

「まぁ!ありがたき幸せに御座いますわ!セナ様っ!」

「大事に呼んでって言ったのに…」


渋々といった様子ではあるが了承したセナをよく出来ましたと耳の上辺りを撫で、今度は褒める意味で微笑み掛ける。

それを少しくすぐったそうにしながらも、頭をリタの手に押し付ける様に擦り寄せてくる。

リュカとアデルがそれを見て何故か驚いているが、本人が嫌がっていないので大丈夫だろう。


セナを見ていると、元の世界に残して来た双子の弟子を思い出してしまう。

リタと同じ満月の子である双子はどちらも顔周りの髪に一房、はっきりとした金髪が入っている。

姉の方は活発で人懐っこく、弟の方は少し拗ねていて人見知りの、どちらもリタの言うことはよく聞いてくれる賢く可愛いお利口さんだった。

その弟の方にセナの反応がとてもよく似ているのだ。

今頃きっと、リタが瘴穴に巻き込まれて死んだと知らせを受けている頃だろう。


(泣いてないといいけど)


なんの未練も無く瘴穴に飛び込んだが、少しの気掛かりといえばこの双子のことだ。

もうすぐ成人になる18才を迎え、魔癒術師として独り立ちする予定だが、それを一緒に迎えられないことが唯一気掛かりだった。


「リタ……」


元の世界の事を考えていたのを気取った様にセナがリタの名前を呼ぶ。

それを、何でもないと緩く笑み首を横に振るだけで応えた。


「昨日出会ったばかりだというのに、もう二人の空気感が出来つつ有りますわね……わたくしも負けてはいられませんわ!セナ様っ!本日はこの後公務が御座いますので、これで失礼いたしますが、明日!必ずお伺い致しますわ!楽しみにしてらして下さいませ」


前半は独り言の様に、後半はセナに圧強めでアルテミアが念押ししていく。


「アルール、もういいだろう。そろそろ王城に帰れ」

「あら、叔父様に言われなくても、もう帰りますわ!では、セナ様、お目に掛かれて光栄でしたわ。……リタさんも。では、失礼致しますわ!」


去り際の挨拶を、名前付きでしてくれるぐらいには懐いてくれたらしいアルテミアに、リタは綺麗な所作で礼を取る。

アルテミアは一瞬目を瞠いたがそのまま護衛を引き連れ、アデルの執務室を出て行った。


「あんた、まじで何者?白の頭は撫でるし…あのオウジョサマを初対面でこんな簡単にいなした奴、初めて見たんだけど」

「本当だよ…いや、ごめんね。変な意味じゃないんだ。アルールは悪い子では無いんだけど、人の好き嫌いも激しいし、あの性格だから少し扱いづらくてね…」


今年二十歳になるが、二年前にセナを一度見かけた後、絶対にセナの妻になるんだと纏まりかけていた隣国との遅めの縁談を破談にし、その後に来た縁談も断り続け、今では遠方の一国から定期的にお誘いが来るのみで、影では態度だけ立派な行き遅れと呼ばれているらしい。

二十歳と聞くと確かに少し子供っぽい気はするが、妙齢の女性、しかも皇女に対して行き遅れは可哀想だ。

アルテミアよりもう少しだけお姉さんのリタには、結婚願望が無いので想像でしかないが、生き遅れと言われて決して良い気はしないだろう。

セナの妻になる事を願って、実際、本人に再び会い見えることができているのだから、むしろ婚姻を結んでいなくて良かったじゃないかとリタは思う。


「一生懸命で可愛らしいじゃないですか。私は応援したいですよ」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいけど、なんだか複雑だな…」

「あれを可愛いと表現できるのは、多分あんただけだよ…」

「リタ…応援はしないで欲しいかな……」


そこではたと気づくが、果たして魔者と人間の恋愛は成り立つのだろうか。

少々例えは悪いが、犬が猫とは番わないように、種が違うのだから成立しないのかも知れない。

ということは、アルテミアは少々変わった性癖の持ち主なのではないか。


(あっ、まずかったかも知れない……まあ、いいか)


アルテミアの周囲がどうにかその性癖を矯正しようとしていた可能性を考えたが、本人が幸せなのであれば、それを何人も侵す権利は無いだろう。

セナの恋愛対象は魔者の様だが、そのうち絆されることがあるかも知れないのだから、放っておくことにした。


「さて、かなり邪魔が入ったけど、無事番契約は出来たし、リタにはこっちの雇用契約書にサインを貰って雇用契約も結ぼうか」

「あっ、はい」


差し出された雇用契約書に目を通し、整った文字でサインをする。

見慣れないけど読める文字で難なくサイン出来たことに少し感動を覚えた。


セナとの契約の様に、今度はアデルと雇用契約を結ぶ為、手を取り合う。

アデルの手が僅かに震えているのを不思議に思ったが、契約自体は滞りなく済んだ。

震えていた原因が、リタの手に触れるアデルをセナがこれ以上ない程冷たい目で見ていたからだとは、リタは知らない。


「よ、よし。これで雇用関係の手続きは以上かな。何か質問はある?」

「そうですね……あっ、お仕事の時の服装ってどうしてます?ドレスやワンピースいう訳にはいかないですよね」

「あぁ、そうだね。男性は研究職以外は魔法省指定の騎士服を着てるけど、女性は決まったものが無くてね。研究職と同じ様なローブが多かったと思うよ。何枚か此方で仕立てよう。希望はある?」

「やっぱりローブですか。お言葉に甘えていいのであれば、昨日、私が着ていた様な服を仕立てて頂いてもよろしいですか?ローブって動きにくくて苦手なんですよ」

「ははっ、分かるよ。袖も裾も、もたつくからね。昨日の服は、民族衣装?」

「いえ、仕事着です。彼方でもローブが主でしたが、仕立て屋さんに無理を言って作ってもらいました」

「身に付けるものなら、私が揃えるよ?」

「いいえ、セナ。これはお仕事をする為の所謂制服ですから、雇用主に用意して貰うのが一般的です。元の世界でもそうでしたよ」

「そんなものなのかい?」

「そうなんですよ。アデル様だって、今日はリュカ様とお揃いの騎士服を着てらっしゃるでしょう?」


不思議そうにアデルとリュカを眺めているセナが微笑ましい。

セナはどうやらリュカと違い、人間社会慣れしていない魔者のようだ。

これから一緒に仕事をするにあたって、少しずつ人間の常識を知ってもらった方が良さそうだと頭に入れておく。


体の線を拾わないゆったりとしたワイドパンツに、着丈が長めの上衣というリタの仕事着は、作ってと依頼した時は変な顔をされたが、リタが使い始めると、シンプルながらいくらでも融通の効くデザイン性と動き易さから、若い魔癒術師の間で定番の仕事着となった。

その組み合わせに腰丈のローブを羽織っていたが、此方ではそれは必要ないだろう。


「それじゃあ、昨日の服を元に仕立てさせよう。後で仕立て屋を呼んでおくよ。細かい要望は直接伝えた方がいい」

「ありがとうございます。あっでも、籠に入れていた服が無くなってて……」

「あぁ、それなら大丈夫だよ」


どうやら、籠自体が転移魔法が付与されている魔道具のようで、決まった時間に籠に入っている汚れ物を洗濯室に転送してくれる仕組みらしい。

洗濯が終われば、今度は逆に洗濯室からクローゼットへ転送されてくる。

なんて便利な仕組みなんだと感心せざるを得ない。


「じゃあ、一、ニ週間ぐらいはこの世界に慣れて貰うために自由時間ってことで、好きに過ごしてね。何なら、街に降りてみたらどうかな?」

「え?街に行っても良いんですか?是非、行きたいです!」


元の世界では自由に出歩く事が出来なかった為、これはとても嬉しい。


「そんなに喜んでくれるなら良かった。必要ないかも知れないけど、これを渡しておくね」


そう言ってアデルに手渡されたのは、結構な重さのある皮袋だった。


「……お金…ですか?まだ働いてもないのに、こんなに頂けません」

「それは給金じゃなくて、君の為のお金だよ。君達、落ち星は何も持たずに落ちてくるから、当面の生活費がちゃんと予算に組まれているんだ。君の場合、衣服は……セナが用意してくれたからね。ほぼ丸々君の為の費用が残っていて、それはそのお金だから気にしないで」


やはり、セナの名前を呼ぶのに抵抗があるのか、名前の前に間があったが、セナが気にしていない様子なのでアデルはそのまま話を続けた。

この調子でセナとアデルも仲良くなってくれたら良いとリタは思う。


じゃあこのお金でセナに服代を支払おうかとも考えたが、代金は要らないと言われた手前、それも失礼だろう。

今後のことも考え、ありがたく貰っておくことにした。


「それじゃあ、次は仕事を頼む時かな。それまでに何かあれば、遠慮なく私でもリュカでも声を掛けてね」

「お気遣いありがとう御座います」


全ての手続き、話し合いが済み解散となったところで、そういえばと昨夜の事を思い出す。


「ところでお二人は、驚かせると止まるのはしゃっくりだけじゃないって知ってました?」

「は?いきなり何の話?」


何のことだと首を傾げるアデルとリュカに、昨夜のお風呂場事件を話して聞かせる。

聞いているうちにアデルの顔色は青く、リュカの顔色は赤く染まっていく。


「…という訳で、むせてる人を見かけたら驚かせてあげて下さいね。早く止まるかも知れませんよ」

「……突っ込みどころが多すぎて、誰にどれから突っ込んでいいかわからないけど、取り敢えず、白は俺とちょっと来て下さいね」


リタが話している間、他人事のように外を眺めていたセナはリュカに引きずられて執務室を出て行った。

なんだか既視感のある二人をにこやかに見送って、まだ顔色の優れないアデルに問いかける。


「アデル様、差し支えなければで良いのですが、

此方に書庫が有れば拝見してもよろしいですか?それと、先程契約の時に見せてもらった術式書もお借りしたいです」

「……え、しょこ?……あぁ、書庫だね。自由に見てもらって大丈夫だよ。案内しよう」


機械的に手元の術式書を手渡しながら答えてくれたアデルの顔色は、もうすっかり血の気を取り戻していた。


執務室を出てアデルと書庫へ向かう途中で、今まで感じたことのないような期待感が胸に込み上げてくる。


(なんだか上手くやっていけそうじゃない?)


これからの生活に少しわくわくしてしまっている自分を諌めるように、リタはひとつ小さな溜息を吐いた。



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