お花がお花を育てる
お花を育てるとは言ったものの、この学園の植物は全て専属の庭師が管理している上に生徒は自由に外へ出ることが出来ない。寮生活で必要なものは、使用人を通して注文することになっているんだけど、平民である私には専属の使用人なんてついてない。
学園の敷地は、とても広い。魔法の実習に使う特殊な結界が張られた庭園や、さっきの馬術場だけじゃなく、魔獣や魔法生物を育成している森、薬草や植物系種族を育てている温室、それからパーティで使うダンスホールなんかもある。もしここが観光地だったら、とても一日では回りきれないと思う。
ゲームでは簡略化されたマップにミニキャラのアイコンが表示されてて、会いたい人のアイコンを選ぶとそこに瞬間移動出来てたけど、いまはそうはいかない。ゲームでも一つ移動する度に朝から昼、昼から夕方に時間が飛んでてそんなにかかるものかなって疑問に思ってたけど、いまなら納得出来る。徒歩で移動してから授業を受けて会話もして、ってやってたら、それくらいあっという間だと思う。
お花を得るためにあちこち移動していたら、それだけで何日消えることか。
「うーん……どこで調達しようかなぁ……種は分けてもらえたとしても、鉢は……」
考えている内容が声に漏れていることにも気付かず、ひとりでうんうん唸っていたら、エリシアちゃんが握っている私の手を引いた。
「それなら、わたくしの使用人に頼めばよいのですわ」
「あ……そっか。エリシアちゃんには専属の使用人さんがいるんだ」
「はい。必要なものを仰って頂ければ、すぐにでも取り寄せさせますわ」
「心強いよ。ありがとう」
お花の調達に関しては、これで大丈夫そう。
話がまとまって安心していると、私の横にイベルニカがそっと寄ってきた。振り向くと馬丁さんも傍にいて、困ったように笑っている。
「先ほども思ったのですけれど、このお馬さんにとてもよく懐かれているのですね」
「うん。初めて思いっきり走れたのが楽しかったみたい」
私がイベルニカを撫でながら言うと、エリシアちゃんが不思議そうな顔をした。ので、馬丁さんから聞いたイベルニカのことを、エリシアちゃんにも軽く話して聞かせた。
「そうでしたの……わたくしは家が用意した馬で授業を受けておりましたから、いままで気付きませんでしたわ」
「これだけの生徒を賄えるだけの馬を全部把握するほうが難しいし、仕方ないよ」
馬丁さんも私に同意して頷いたけど、エリシアちゃんは納得していない様子で、どこか沈んだ表情をしている。それからイベルニカを見上げて、そっと手を伸ばすと、ふわりと包み込むような声で語りかけた。
「あなた、イベルニカというのですね。わたくしの馬はアリステラといいますの。授業でニーナを乗せたあなたと共に走ることが出来たら光栄ですわ」
イベルニカは、エリシアちゃんの手を拒まなかった。ただ大きな瞳でじっと見つめて、一度ゆっくり瞬きをすると、静かに厩へ戻っていった。
「イベルニカは賢い馬です。きっと、エリシア様のお言葉を大切に受け止めていることと存じます。……では、私はこれで」
馬丁さんが去って行ったので、私たちも馬場をあとにすることにした。
「私も馬丁さんが言う通りだと思うよ。あの子、凄くいい子だし」
「ありがとう、ニーナ」
並んで歩いているうち、どちらからともなく手を繋いだ。エリシアちゃんの手はとてもやわらかくて繊細で、私が少しでも強く握ったりしたら簡単に壊れてしまいそうだった。でも、私はどうしても離す気にはなれなかった。
「アリステラって、どんな馬なの?」
「真っ白なお馬さんで、青い目をしていますの。品評会で一目惚れをして買って頂いた、大切な子なのですわ」
「へえ、白毛の子かぁ……エリシアちゃんと並んだら、凄く綺麗なんだろうね」
白馬の王子様なんて言葉があるけど、エリシアちゃんの白馬のお姫様姿もなかなか絵になると思う。しかもエリシアちゃんは小さい頃から貴族として淑女教育を受けてるから、馬術も身についてる。
見事に白馬を駆るエリシアちゃんを想像していると、真横から視線がバシバシ刺さっているのを感じた。
「……どうしたの?」
「ニーナは、馬の種類も把握していらっしゃいますの?」
「あ……うん、私の故郷に牧場があって、そこの牧場主のおじさんに教わったんだ」
「そうでしたの……わたくし、まだまだ知らないことばかりで勉強不足を痛感しますわ」
エリシアちゃんはそう言うけど、私だって知らないことは多い。特に社交界のルールやテーブルマナー、ダンスの基本だって身についてない。貴族令嬢と田舎娘じゃ知識に差があるのは当たり前なのに。……って、そうだ。
「それじゃあ、時々でいいから知識交換しない?」
「知識交換……? どういうことですの?」
「んと。私は貴族の……ここの生徒が身につけてて当然のことを、殆ど学んでないから、エリシアちゃんに教えてもらえると心強くて。その代わりっていうには釣り合わないかも知れないけど、私の知ってることなら何でも教えてあげる」
エリシアちゃんの負担を考えたら、もの凄く割に合わないことを言ってるから、これで断られても気にしないようにしようと心の準備をしていたら、エリシアちゃんがピタリと足を止めて私を真っ直ぐ見つめた。
「本当に、よろしいんですの……?」
「えっ……う、うん。私の知識なんてそんな大層なものじゃないから、寧ろ教わるほうが多いと思うん……だけど……」
花がほころぶような笑顔っていう言葉があるけれど、いまのエリシアちゃんの笑顔は、まさにそうとしか形容出来ないような、華やかで綺麗な笑みだった。




