ご一緒しました
異世界にぶっ飛ばされる以上の驚きなんて、短い人生でそうないと思ってた。
でも、甘かった。エリシアちゃんは、本当に、大事に大事に育てられたお嬢様だった。仕草とか言葉遣いとかが上品だからってだけじゃない。
洗練された魂って存在するんだって、そう思った。
私はいま、ふかふかのソファでエリシアちゃんに抱きしめられている。もう大丈夫って言っても離してもらえない。身動ぎすると、抱きしめる腕に力がこもる。しなやかな腕の優しさに甘えるしかなくて、私は暫くこのままでいることにした。
そも、なんでこんなことになったかっていうと――――
「――――え、い、一緒にって……一緒に?」
「はい。お部屋にお呼びしておいてただ帰してしまうわけにはいきませんし、このままでいるのは、ニーナが気にしますでしょう?」
「それは、まあ……」
この様を気にせずにいられるほど、私は豪胆でも無神経でもないし。って思ってると、エリシアちゃんは「なので、ご一緒しましょう」と言った。
これは頷かないと終わらないやつだ……って思ったけど、一つ気になることがある。
「でも私、着替えとかなにも持ってきてないよ……?」
「それならご心配いりませんわ。ニーナの分も用意させますもの」
なるほど納得。
そうだよね。着替えとかそういうの、自分で用意するって発想はないよね。
ここまで言われて渋り続けるのも、エリシアちゃんと一緒が嫌だと思われそうだから、私は観念して頷いた。そしたらまたあのきらきらした笑顔になって、手を引かれた。
元が日本製乙女ゲームの世界だから、西洋風の世界観にどこか日本文化も混ざってて、生徒の中には日本をモデルにしたっぽい黒髪の子がいたりもする。中世から近世くらいのヨーロッパの文化には詳しくないけど、少なくともボトル入りのシャンプーとかお風呂にバスボム入れるなんてのはなかったはず。
エリシアちゃんのバスグッズは、ちょっと大きめの香水瓶みたいでどれも可愛い。淡いピンク色をしたガラスのボトルに、同じくピンクの液体が入っている。エリシアちゃんの甘い匂いはこれかと思ったんだけど、抱きしめられたときの匂いとはちょっと違った。
「エリシアちゃん、お風呂は自分でやるんだね」
「はい。浴室係は連れてこられないと入学説明で伺いましたので、慌てて覚えましたの」
「そっか……一人ずつならともかく、役割ごとの使用人さんを連れてきたら人数が大変なことになっちゃうもんね」
改めて、貴族の世界って凄いと思った。
なにもしなくても、周りが整えてくれる。でも、学ぶことは人一倍多い。身分にあった振る舞いを求められて、やりたいことが別にあっても立場が赦さなかったりする。
「……エリシアちゃんってすごいね」
エリシアちゃんの従者さんに用意してもらったふわふわのスポンジで体を洗いながら、私はぽつりと呟いた。
「わたくしが、ですの?」
「うん」
何のことかわからず首を傾げているエリシアちゃんが可愛くて、頬が緩む。
「だって、こんな世界で小さいときから過ごしてるんでしょ? 色んな人に公爵令嬢って看板を通して見られてて、エリシアちゃんもそれに応えて……私だったら逃げ出してたと思う」
今日だけでも、エリシアちゃんとその一族が持つ権力の凄さを思い知った。でも貴族の生活を知るわけでもない私は、普段がどれだけ凄いのかなんて想像もつかないけれど。
エリシアちゃんが優しくてやわらかくて可愛いのに、どこか諦めたように強いのって、きっとそういうことだと思うんだ。
「それに、私のことも平民って呼ばないで名前を呼んでくれて、ふつうに接してくれて、すごくうれしいんだ」
「ニーナ……」
なあに、って聞こうとした私の喉は、驚いた拍子に言葉を忘れて息を詰まらせた。
エリシアちゃんが、裸のエリシアちゃんが、背後から私を抱きしめている。正面の鏡に映っているエリシアちゃんはお風呂で温まっているから以上のなにかで、頬を紅潮させて私を見つめている。
「わたくしをそんなふうに仰ってくださったのは、ニーナが初めてですわ」
「そ……そんな、大袈裟なこと言ってないよ……?」
それでもエリシアちゃんは、私から離れようとしない。試しに私を閉じ込めている腕を撫でてみると、更にぎゅっと力がこもった。
「わたくしは、当たり前の世界で当たり前に過ごしていただけでしたわ。公爵令嬢という立場も、公爵家に生まれたからには死ぬまで背負っていくのが当たり前ですもの」
でも、と。エリシアちゃんは私の頬に自分の頬をくっつけながら囁く。
「お父様も、お母様も、周りの方々も……そしてわたくしでさえ当たり前だと思っていたことを、ニーナは褒めてくださるのですね……」
エリシアちゃんのその言葉を聞いた途端、私は何だかもの凄く胸が苦しくなって、息が詰まったみたいに言葉が出なくなって。
代わりに、涙が溢れて止まらなくなってしまった。




