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邪神な日常  作者: ちかーむ


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番外編 神殺し 2

ーーーたすけて


小さな頃から時々声が聞こえた。


『司教さま、時々、どこからか助けてという声が聴こえるのです⋯』

『それは素晴らしい!聖神のお導きでしょう。貴方は誰よりも人々を救える稀有なる魂を持つ勇者。貴方に助けを求める声は、神が聞かせてくださる弱き人々の声でしょう。その声に耳を傾け惜しみなく手を差し伸べるのです。』


ーーたすけて



時々聴こえる声はとてもとても小さくて、誰の声か分からなかった。

いつかたすけてあげる。

そう思いながら潰れた豆だらけの手を握る。

強くならないと。

誰よりも強くならないと。

みんなが死んでしまうから。





勇者がまだ赤子だった頃に誕生した邪神は降臨してすぐに聖騎士が確保し、手、足、口、目を封じられた状態にされて教会に保管されていた。


勇者が6つの頃、その存在を教わり、こっそりと見に行った。


勇者は不思議と迷うことなく邪神が封じられている場所にたどり着けた。


懺悔室の奥。

一番奥の部屋の隠し扉の向こう。


蝋燭の揺れる明かりの中、くぐもったうめき声邪神らしきモノとソレに覆い被さる司教と聖騎士がいた。


ぐちゅぐちゅとした粘液質な音。


司教様が悪い邪神を懲らしめているんだ。そう思った。


ーーーそれはぼくのしごとなのに。


司教様に声をかけると慌てたように体を起こし、何か色々話していた。

けれど耳には入ってこなかった。

そこにいる。

目が邪神に吸い寄せられる。


もっと、見たい、ちゃんと見たい。


そう言うと司教様はため息をつき、少しだけですよ、と勇者を抱き上げ、呪符だらけの箱を見せてくれた。


この中に邪神が居るのだと。


邪神は机の上に置かれた箱にはいるくらい小さくて呪符だらけだった。教会には自分よりも小さな生き物がいなかったため勇者は邪神を小さくて可愛いと思った。


その場で邪神がほしいと願ったが、まだ小さい勇者様には危険なので…と司教様はおっしゃった。

それでもごねると困ったように少しだけですよ、と司教様は邪神を触らせてくれた。


箱に貼られた呪符をめくると穴が空いていて、邪神に触れることができた。


初めて触れた邪神は表面はほんのりと冷たくて、中は柔らかくて温かい。

そしてぐねぐねビチビチと動く不思議な生き物だった。

魚っぽい感じの生き物かな?


邪神の姿は見えなかったけれど、なんとなくその時はそう思った。


さあおしまいですよ、と司祭様に取り上げられるまで心ゆくまでその奇妙な触り心地を楽しんだ。



それが勇者と邪神の出会い。



数日後、勇者は大聖堂に呼ばれた。

聖神様の聖像の前に先日見た邪神の入った箱が置かれていた。わあ、と喜ぶ勇者に大司教様が「勇者様も大きくなられましたから、もう良いでしょう」と、おっしゃった。

「世界で唯一邪神を殺せる力を持つものが勇者と呼ばれるます。

箱から取り出された邪神は呪符にまみれ、ずいぶんと小さく、何の生き物かわからなかった。

「手に取りなさい」

大司教様に重い聖剣を渡された。

大きな手に支えられながら呪符だらけの邪神の中心に聖剣をブスリと突き立てた。


「ーーー」奇妙な旋律のような音、おそらくそれは邪神の言葉。


そして邪神はギクン、ギクンと痙攣し動かなくなった。




勇者がはじめて邪神を殺した瞬間だった。





その時勇者の胸は酷くざわついた。




言葉にならない不快感を打ち消すように大司教様の手が離れた後も何度も邪神に聖剣を突き立てた。

そして、まだ温かい邪神の中から血だらけの魔核をぐちゅり、と手で掴んだ。



まるでそこに有ると昔から知っていたかのように。



とろりとした赤い液体にまみれた魔核が邪神の肉体から離れた瞬間、邪神の体はサラサラと砂のように消えていった。



邪神の魔核は大司教様が持って行ってしまった。


ーーーほしかったのに。 


邪神の血だらけだった勇者のべとついた小さな手は、まるでなにごともなかったかのようにさらりとした白い肌に戻っていた。



その日からあの小さな助けを求める声は聞こえなくなった。

やはり、邪神に苦しめられている人々の声でしたね、と司教様は仰った。


なんだか違うような気もしたけれど、口には出さなかった、聞こえなくなった声に少し寂しいと思ったことも。




2度目の邪神は四足の獣だった。


まだ実力が足りず、満身創痍になり、神の力をかりて殺すしか出来なかった。


もっとうまくやれば、あの小さな邪神のように飼えたかもしれなかったのに。


それからは我武者羅に己を鍛えた。


3度目となる邪神は城を築いていた。

城を築く邪神は邪悪な個体が多いため早急に処理をしないといけない。教会の指示に従い力を蓄え過ぎる前に殺した。


邪神は子供のような姿をしていた。

嫌だと泣く邪神を聖剣で貫いた。


魔核を取り出していると「惜しいですね」と側にいた聖騎士が呟いた。


何が惜しいのかその時は分からなかった。



その聖騎士が、初めて邪神に触れたあの日、あの場所に居た聖騎士だったと気付いたときようやく言葉の意味がわかった。


あの大きさならば、手足を切ってしまえば箱に入れて持ち帰れたのか、と。


確かに惜しいことをしたと思った。


もしかしたら、初めて殺した邪神は手足を切られて小さくなっていたのかもしれない。


ならば⋯あの邪神も言葉を話したのだろうか。最期のに邪神はなんと言っていたのだろうか。






『悪を屠り、小さき者、弱き者を助けなさい。』そう聖神はいう。




けれど、勇者の出会った邪神はいつだって『小さき弱き者』でしかなかった。








ぬるい風がふいた。


空は薄曇り、その向こうに聖神の住まう天上があるといわれている空を仰ぎ見る。


聖神がそこに存在しているのを勇者は知っている。

その下の街で貧富の差があることも、裏路地で人が些細なことで殺されることも勇者は知っている。それは邪神がいてもいなくても。



『隣人に寄り添いなさい、惜しみなく愛を与えなさい、助ける者になりなさい、強く正しき者になりなさい。


貴方がそうする事で相手も貴方を愛するでしょう。』


聖神の教えは世界の理だと大司教様は説いている。


ーーーならば、私が邪神を愛し寄り添ったなら、私は邪神を殺さなくても良いのでしょうか?



北の果ての状況報告した後にそう聞いた勇者を大司教様は物言わず司教杖で殴った。

殴られるのはひさしぶりだなと赤黒い顔で何度も杖を振り上げる大司教様をみつめた。

『邪神に誑かされたかっ愚か者が!!!』

唾を吐き散らしながら喚くその姿はただの肥え太った老人でしかなかった。


『この方は聖神に一番近い尊い人ですよ』

そう教わったあの日より老人はずいぶんと小さく薄汚れて見えた。


それから勇者は専用の懺悔室で数日間過ごした。

幼い頃は恐ろしくて仕方がなく、喉が枯れるほど謝罪し泣き叫んでいたこの場所も、あの日見た彼女の髪と同じ色だと思えば暖かくさえ感じた。





神よ、私はだだ、答えを知りたかっただけなのです。

幼い頃⋯



私に助けを求めていたのは邪神ですか?









教会から聖剣を持ち出し北の果てに向かう。


今代の邪神にはまだ出会えていないが⋯

邪神に囚われている彼女を思い出すとあの小さな邪神を求めた時のような気持ちになる。


あの小さな頭を、あの艶やかな黒い髪を、

黒酸塊のような瞳を細い腕を、身体を、この腕に囲えたら⋯

もう二度と、邪神など欲しいと思わないだろう。



助けを求めて伸ばされた折れそうに細い手を次こそは必ず。 



掴んで抱き締めたらもう離しはしない。



そのためにはまず邪神との対話が必要だ。

場所はわかっている。

あとは時が来るのを待つだけだ。



もしも囚われの彼女を邪神と共に殺せというの者がいるのなら⋯



『悪を屠り、小さき者、弱き者を助けなさい』




正しき教えの通りにすればいい。




神を殺せるこの力で。










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