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邪神な日常  作者: ちかーむ


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番外編 神殺し 1

『貴方は悪を討つために生まれてきたのです。』


そう教えられてきた。

貴方は邪神を倒すことのできる特別な魂を持つ勇者だと。


聖都を中心とした大陸の北の果て、最初に邪神の使徒が降りたとされる瘴気に穢された地。

その穢れた地に発生するのが邪神。


邪神はひっそりと、時に華やかに北の果てに居を構え、ゆっくりと、しかし確実にその力を蓄えていく。


勇者の仕事は間引きだ。

あまりにも早くに邪神を刈るとすぐにあたらしい邪神が誕生してしまう。


聖神と邪神は表裏一体、光があれば影がある。

聖神がいる限り邪神は生まれる。


勇者はその影を小さいままにし続けるのが仕事だった。

影が大きくなりすぎれば狩る。


それは希望ある輝かしく美しい世界を保つため。




新たな邪神が誕生したという神託を受け北の果てに勇者は旅立った。

魔法や馬、徒歩など様々な手を使い、二月ほどかけて聖都から最も、遠い場所、最果ての地、北の果てと呼ばれるその地に向った。

昼ですら暗い聖神の光が届かぬ極寒の地のその先、最果ては何もかも吸い込むような黒い土地が広がっている。

空と大地の区別がつかぬ漆黒の地。


邪神の発生と共にその地にはゆっくりと、だが確実に空ができ、大地が生まれる。

それは対となる聖神の建国神話を彷彿とさせ、見る度に勇者の聖神を篤く信仰する心を掴む。


此度も邪神の誕生と共にその地に空と大地が生まれ、邪神に属する命が芽生え、栄えていく


筈だった。



しかしあるはずの邪神の姿はどこにも無かった。神託からは既に三月あまり、通常であれば邪神の住まう館や城が出来ている。


勇者は想定外の事態に教会本部の指示を仰ぐため視界を共有する魔法を展開する。


そのままゆっくりと、あたりをぐるりと見回す。


真っ暗な空の奥に邪神の気配は感じるがまだ酷く弱く小さい。


まだ闇に覆われている大地には建物ひとつなく身を隠す場所もない。

くまなく探すも何一つ邪神にまつわるものを見つけられなかった。


視角共有の魔法が教会側から切られたのを確認し、念のため僅かな瘴気を聖水で祓い聖都へ戻った。

今回の邪神は以前と同じ小型の動物なのかもしれない。そう考えながら。



しばらくすると小国同士の小競り合いが起きはじめた。賢帝と名高いが治めているはずの隣国がきな臭いと情報が入ってきた。色欲に溺れ政を蔑ろにしていると。


どうやら邪神は既に色欲の使徒を得たようだった。


繁華街は栄え、色に溺れ享楽にふける人々が増えた。富む者はその富を独占し、飢える者が街にあふれるようになった。


…気付けばいたる所で諍いが起きるようになっていた。



北の果ての瘴気は濃くなり今は只人ならば一刻も居れば瘴気に侵され死んでいくという。最近その地に紫の花が咲き始めたという。

瘴気を集めて咲く邪神の花。だがまだ邪神の住処も城もダンジョンも発生していないという。


確実に邪神の気配だけは増していた。

その姿は未だ確認できていないというのに。



教会に戻ると休む間もなく確認に行くように命令される。聖騎士たちは口々に不平を漏らしたが、勇者は議論が巡るだけの会議に参加するよりも旅の方が気楽でよいと聖騎士団と共に再び北へと旅立った。


道すがら立ち寄る街や村の人々の顔にはわずかに陰りがある。


最近の空はいつも薄く雲が広がるばかり、晴れやかな青空をながらく見ていない。

だんだんと雲が濃くなってきている気がする。

綺麗な声の鳥は鳴いているのにこうも天気が悪いと気が沈む。

今年の作物の出来が心配だ。


人々は次々と不安を口にする。

けれど淡々と働き、実りへの感謝と祈りを止めることはなかった。




地震が増え始め各地で地盤沈下が起き、場所によっては街ごと沈んだという情報が入ってくるようになり、共に向かっていた聖騎士達を各地に応援に行くようにと分散した。


勇者にはわかっていた。


邪神はまだ北の地に降り立っていないと。

そうして少ない聖騎士たちを引き連れて北の果てに再び戻った。




そして、勇者は⋯運命と出会った。



瘴気に満ちた北の果て、毒々しい赤紫の花の中に白いゆったりとした貫頭衣を着た少女が立っていた。

百合のような形をした花を漆黒の髪を押さえながら摘み取り香りを嗅ぐ。


平和そのもの、けれどそこは瘴気の中心。

異様な景色であった。


「勇者様、あの者は魔物⋯なのでしょうか?」

身を伏し、隠れた聖騎士が問う。

瘴気が濃すぎて判断がつかない。邪神と判断するには邪神の気配が薄すぎる。むしろ、奥に居るであろう獣の気配の方がよほど強い。


視線の先で少女の花が淡く白く光った。

その直後、赤紫だった花が全て真っ白になり、辺り一面に満ちていた瘴気が完全に祓われていた。


それは奇跡の瞬間。


ふわ、と漆黒の髪が風になびいた。


その時その少女の真上の空が裂け、赤紫の何かが飛び出して来た。


危ない!!


駆け寄るも間に合わず、少女は網のようなものに囚われ、ぐんぐんと亀裂に近づいていく。

驚いたように見開いた目は黒酸塊のようなつややかな黒。

小さな口元は驚いたように開き、ちらりと白い小さな歯が見えた。


手を伸ばすも僅かにとどかず、また少女も助けを求めてこちらに手を伸ばしたが、届いたのは彼女が手にしていた花だけだった。 



彼女に浄化された花は甘い香りがした。


人の形をした魔物ではないように見えた。

彼女の口元に牙は見えなかった。



なによりも⋯



見渡す限り浄化された北の果て美しく、まるで聖典に描かれた聖神の住まう天上のようだった。



聖都に戻る際に小競り合いを繰り返していた西の小国がどちらも滅びたと連絡が入った。

一夜にして全てが灰になったと…


邪神の使徒の力だ。

ぞくりと寒気が走る。

全て後手に回っているという事実に。


そして、そこからはまるで雪崩れのようだった。


商業都市の地下にダンジョンが出来たと連絡が入った。

調査を進めるとあちらこちらで地下通路が繋がっていることが判明した。

ダンジョンは大陸全土の地下に広がっていた。


神殿から聖神に声を届けようとするも弾かれたように伝わらない。


今までの邪神とは格が違う。


勇者の報告を受け、教会は邪神は聖神が空に住まうように北の果ての空に居を構えているのだと判断した。

彼女が攫われていった空の裂け目から使徒だけが送り出されていると。


邪神がそこに住まう限り、人の手による討伐は不可能。

そこからの会議は混迷を深めた。



ただ⋯


誰ひとりとして彼女を助け出すための話をしなかった。

既に邪神の手に堕ちた彼女は彼らにとって救済の対象ではなかった。



勇者が幼い頃から説かれてきた。

『弱き者を助ける』という教えを説いたその口で彼女をどう殺すか、生きていたらどう使い潰すかという話をする。



そんな彼らを勇者はただ、じっと見つめた。




邪神の降臨がなくともその存在は神。


ゆえに在るだけで世界をゆっくりと、しかし確実に黒く染めていく。

だがそれはいつもの事、幾度となく繰り返す聖神と邪神の戦いで繰り返されてきた事。


苦しみは信仰を篤くする。


苦難は聖神と共にある事を一層強く感じる事の出来る得難い体験である。


聖神は正しく生きる我らを愛してくださる。

⋯正しく生きる我らを愛してくださる。




正しく生きるとは何だろうか。




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