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診断4

友人夫婦の来訪から数日が過ぎた。手術をするべきか否か。慎太郎は考え続けてようやく結論を出した。


「マロ、おいで」


お気に入りのクッションに寝転がり、日課の日光浴を満喫していたマロが顔をあげた。休日のすこし長い散歩と朝食を堪能した後とあって、反応がのんびりしている。再び名前を呼ぶと気だるげな足取りでやってきた。


慎太郎はその場に正座すると、愛犬にも「おすわり」を命じた。マロの表情がおやつを期待するものに変わり、慎太郎の手元をすんすんと嗅ぎはじめる。マロにとって『お座り』や『お手』は、おやつがもらえる合図でもあるのだ。しかし今日は事情が違う。


「言葉はわからないだろうけど、お前の体にかかわることだから、きっちり説明するぞ」


ちょこんと座った愛犬の前で、慎太郎は姿勢を正すと、噛んで含めるようにゆっくり話しはじめた。


「お前のお腹の脾臓という場所に腫瘍…… よくないものができている。手術をして取り出すのが一番だけど、手術そのものにも危険がともなうらしい。最悪の場合、全身麻酔をして眠ったまま、目を覚まさないんだ」


握りしめた拳に自然と力がこもる。慎太郎は努めて冷静に言葉をつづけた。


「病院で話を聞いてからずっと、手術をするべきか否か迷ってた。勇夫と紅緒に相談したりな。どちらの選択が正しいのか考え続けて、結論を出した」


一呼吸おいて言葉を絞りだす。


「手術はしないことにした」


慎太郎は悩みぬいた結論を口にした。言葉にするとあっけないほど短く、同時に冷淡な判断に感じられた。


「完全に放置するってわけじゃないぞ。お医者さんの助言に従って、4か月ごとに検査をして経過観察するんだ。腫瘍が大きくなって手術が必要だと判断されたら、その時は手術をもう一度考える」


早口に言葉をつづけた慎太郎は、まるで言い訳しているようだなと苦い気持ちになった。自分が下した決断を理解してほしい、承認してほしい。そんな気持ちがあるのを自覚する。丁寧に説明することで重荷を少しでも軽くしようとしている。しかも言葉を理解しない犬相手に、一方的に話しているのだから勝手な話ではないだろうか――


心が沈みそうになるのを慎太郎はグッとこらえた。あらかじめ説明すると決めた内容もまだ伝えきっていない。なぜ手術をしない決断をしたのか、その理由に話を進める。


「もしも、マロがすべての事情を理解したとしても、手術は断ると思ったんだ。だってお前、病院嫌いだもんな。悪いところの自覚もないのに大手術なんて、ぜったい嫌がると思うんだ」


その想像だけは自信があった。将来病気が悪化するリスクなど犬には考えられない。犬たちにとっては、目の前の『今』が大切なのだと慎太郎は考える。足りない未来志向は飼い主が補うのだ。犬にとって今が幸せかどうか、飼い主が想像する未来が明るいかどうか。どちらか一方ではなく、バランスよく検討して着地点を見極める。それが慎太郎が出した答えだった。


「でも、もうひとつ手術を見送った理由があるんだ」


慎太郎は再び姿勢を正した。より大きな理由。それを口にしないのはフェアではない。


「もしも麻酔から目覚めなかったらと思うと、僕自身が耐えられないんだ……」


それまで努めて冷静に話を続けていた慎太郎の顔に、苦悩がありありと浮かんだ。


「今、お前はこうして穏やかに生活してるのに、僕の決断でそれを唐突に終わらせてしまったら…… それを想像すると、どうしようもない気持ちになる。急にお前がいなくなるのが怖くて仕方ないんだ」


それが偽りのない本心だった。飼い主として客観的にベストな判断をしたかった。だが主観は捨てられなかった。


「この決断がもしかしたら、お前の寿命を縮めてしまうかもしれない」


それは誰にもわからない。だから――


「生きている間、なにより大切にする。今まで以上に大切にするから、手術しないと決めた飼い主を、手術に踏み切れない僕を許してほしい」


慎太郎は深々と頭を下げた。およそ犬に対する態度ではなかったが、言葉の通じぬ相手への筋の通し方を知らなかった。それに約束は口にすることで自分の心に深く刻まれるのだ。慎太郎は今の気持ちを忘れたくなかった。


一方で、動物病院で検査結果を聞いてからのここ数日は、実にしんどかったなと振り返る。何をしていても、愛犬の病気のことが頭をちらつくのだ。

一応の決断を下したとはいえ、不安が消えたわけではない。これから先も、ふと思い出して思い悩むことになるだろう。

それについても慎太郎は決断していた。明日を心配してクヨクヨするのを止めるのだ。代わりに今日も一緒にいられることを毎日喜ぼうと思った。きっとそのほうが心健やかだ。


「くぅ~ん」


お座りしたままマロが鳴いた。いつまで経ってもおやつをもらえないことに、ソワソワしはじめたのだ。マロは立ち上がると、ぺろりと慎太郎の手をなめた。そしてお尻をあげて、尻尾を控えめに振ってみせる。


「――うん、そうだな。難しい話はおしまい。おやつにするか」


慎太郎は立ち上がると、お芋のおやつを3粒取り出した。マロは嬉々として食いつくと、クッチャクッチャと咀嚼する。愛犬の満足げな表情が慎太郎の心を癒してくれる。


お別れの日まであと一年か二年か。

漠然と浮かんだ寂しさを、楽しい日がそれだけ残っていると慎太郎は思いなおす。


こうして慎太郎は手術しないことを選んだ。

もし経過観察で悪くなっていたら後悔して、再び優柔不断に悩むかもしれない。それでも2つ定めた方針だけは、きっちり守ろうと誓う。


①今まで以上に愛犬を大切にすること。

②クヨクヨせず一緒に過ごす時間を楽しむこと。


ベストな答えの出ない難問の中で、きっとこれだけは間違いないのだ。


挿絵(By みてみん)


(おしまい)


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オマケ:今回の選択

アニマルドック シニアコース 

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検査内容

・血液検査

・レントゲン検査

・心電図検査

・エコー検査

・糞便検査

・尿検査


お値段

・検査料金 43,200円

・レントゲン追加撮影 +3,240円

・バースデー割引 -10,000円

 計:36,440円


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