恋に似た侮辱
可哀想なあの人が好きだった。
決して叶う事のない恋をひたすらに追い求めては、叶わない事を知って傷付く可哀想なあの人が好きだった。
『どうして?私は誰よりも君が好きなのに。どうして?どうして私では駄目なんだ?』
そう言って、ポロポロと綺麗な涙を流すあの人が好きだった。
あの人が惨めで可哀想な程、どうしようもなく可愛くて思って好きになった。
「泣かないで。大丈夫。こんなに想っているんだもの。いつか貴方を見てくれる日が来るさ」
そう言って慰める私に、ありがとうと言いながら縋るあの人が好きだった。
私を決して見ないあの人が好きだったのだ。
あの人と同じく、私も無謀な恋をしているのだろうか?
『もう、諦めようと思うんだ』
ある日、あの人が突然そんな事を言い出した。
あの人は、何故かなにか吹っ切れたような、少し恥ずかしそうに照れた顔をしていた。
『いつも、私を慰めてくれてありがとう。
突然かもしれないけど、君に聞いてほしい事があるんだ』
顔を赤く染めながら、まっすぐ私を見つめるあの人に、私は吐きそうになる。
確かに、最近は想い人への想いを語らず、私の大好きな惨めで可哀想な姿を見る機会が減っていた。しかし、こんな事に何故なったのだ?あの人は、何を言おうとしているんだ?何故、そんな目で私を見るんだ?やめろ。やめてくれ。その目は駄目だ。その目は私に向ける目じゃないはずだ。その目は……
『実は、私は君の事が▓▓▓▓▓▓▓▓』
あの人の言葉を聞いた瞬間、私の頭は冷水をかけられたかのように一気に冷えきった。
そして、腹の奥から湧き上がる嫌悪感を隠すことなく、口を開く。
「冗談はやめてくれ。気持ち悪い」
自分でも分かるほど冷えきった言葉。今では、あんなに好きだったはずのあの人が、道端に転がるゴミ以下の汚物にまで見えた。
あの人は、そんな事を言われると思っていなかったのだろう。
あからさまに傷付いた表情を浮かべて、瞳からポロポロと涙を流す。
その姿はとても可哀想で、少し前ならすぐさま慰めてあげていただろう。
だが、今は抑えきれない嫌悪感の方が勝っていた。今はもうあの人を視界に入れている事すら気持ちが悪く、私は1度も振り向くことなく背を向けて歩き出しす。
あの人への気持ちは、恋ではなく愛玩動物を愛でるものだったのだ。
可哀想という言葉は、多少なりとも他人を下に見ているから使う言葉なのだろう。
それを理解した上で、可哀想なものがどうしようもなく可愛いのだ。
可愛いものに惹かれてしまう。これは恋に似た愛情?
いや、恋とは呼べない。ただの侮辱だったのだ。