おじさんの手品
そのおじさんは、森の近くの一軒家に住んでいた。
PTAなどで名前が上がるほど、問題があったらしい。
ウチの親にも、
「あの家の近くで遊んじゃダメよ?」
と念をおされていた。
でも、ボクはおじさんが好きだった。
たまにあうと青い顔をしているが挨拶をしてくれる。
ボクもおじさんに挨拶した。
ある日、おじさんの家の近くを歩いていると
「ボク。ボク」
おじさんが手招きをして、通りを歩くボクを呼んだ。
「なに? おじさん」
「お菓子があるよ? 食べにこないか?」
ボクは、誘われておじさんの家に行った。幾度も上がらせてもらった家だ。
テーブルを見るとお菓子が置いてあった。
僕はそのテーブルに座った。
おじさんのショーが始まる。
「さぁ、手品をみせるぞ? このクッキーがハンカチでかくすと──ホラ消えた!」
「すごい! すごい!」
今考えると、ハンカチに隠してすりかえたのかもしれない。他愛のないジョークのような手品だ。
でも、ボクは純粋に驚いた。
「どうやったの? どうやったの?」
「ははは。すごい驚きようだな~」
「不思議! 不思議! 不思議!」
「はは。また別なの考えるから。さぁ、お菓子を食べなさい」
ボクのリアクションがよかったのか、おじさんは何度も手品を見せてくれた。
今でこそどこにでもあるような手品だったが……。当時のボクには不思議でたまらなかった。
そして、どんどんすごいものに変わって行った。
親指が離れるという手品に驚いたボク。
今でこそ、もう片手の親指を利用するということは分かるが、とても驚いた。
「じゃぁ、今度はもっとすごいのを見せよう!」
「うん!」
と言って、その日は別れ、別の日。
「今日の手品はすごいぞ」
「うん。どんなの?」
おじさんは左の手のひらを広げてみせた。
「ホラ。タネも仕掛けもないだろ?」
「ウン」
おじさんは、自分の左手の親指をつかんで引っ張った。
「ウン。ウン」
「なにも起きないよねぇ?」
「ウン。ウン」
そういって、順繰りに指を引っ張って行った。
人差し指、中指、薬指と同じように。
「はは」
「ふふふ」
なにも起きないまま終わるのかと思った。
最後の小指を引っ張ると、
「チ」
という音とともに、手のひらと離れる小指…。
ボクは目を丸くした。
「ふふ……どう??」
「──わぁ! すごい! すごい!」
完全に離れたおじさんの小指を見つめてボクは叫んだ。
「どうだ? すごいだろ? 大変だったんだぞ?」
「すごいや! すごいや! おじさん!」
「ふふふ」
そして、おじさんは小指をテーブルの上にコトと置いた。
促されるまま二人してお菓子を食べながらボクは雑談を始めた。
「そういえば、この前テレビで──」
「うんうん」
「すごい手品をみちゃった。のこぎりで人を真っ二つにするの。でも元に戻るんだ」
「あ~……あれね」
「うん」
「おじさんの手品とどっちがすごい?」
「え~。おじさんの手品もすごいからな~。同じくらいかな~?」
「──そうか……」
おじさんは暗い顔をしてうつむいたが、ボクは気にもとめなかった。
それからおじさんの姿をしばらく見なかった。
ボクは友人と遊んだりして、おじさんのことは少し忘れていた。
ある夏の暑い日。
涼しいところで遊ぼうと森の方へ向かった。すると、おじさんの家の庭におじさんの姿が見えた。
あ……。おじさんの家──。
おじさんは、庭先にコロリとマネキンの首を置いていた。
「おじさん、なにしてるの?」
「──ああ。ボクかぁ。久しぶりだなぁ~。おじさんのこと忘れてなかったかい?」
「……もっちろん。また手品見たいなぁ」
おじさんはニコリと笑った。
「そうかぁ! じゃぁ、最高の手品を見せようかな? おいで」
といって、ボクを家の中に招き入れた。
「この手品は、ちょっと難しいんだ。地下室でしかできないから……地下室にいくよ? いいかい?」
そういって、床にある鎖を引くと、地下室の入り口があいた。
中はひんやりとして気持ちがよかった。
おじさんは、うすぐらい電気をカチリとつけた。
そして奥に入って黒い服に着替えてきた。
大きめの黒いシルクハットをかぶって、本物のマジシャンのような格好だった。
「では、タネも仕掛けもありません」
といって、おじさんはシルクハットをグイッとかぶった。
顔が全部隠れた。
そして、首にからんでいた紐をスッと手で引いたのだ。
「?」
何が起こったのか。何が起こっているのかわからない。
おじさんは、シルクハットを両手で押さえて、脇のテーブルにおいた。
ことりと音がした。
おじさんの首の上には何もなかった。
「ええええええーーーー!!!」
ボクはビックリして叫び声をあげた。
しかし、おじさんから声は聞こえない。
ただ、手ぶりで「すごいだろ?」というようなジェスチャーをしてるように見えた。
「うん、すごい! すごい!」
おじさんは、手をあげて左右にひらひらと振った。
そうか。終わったから帰れということだなとボクは思った。
「おじさん、じゃぁね!」
といって、地下室を上がって家に帰った。
なぜか熱い日を感じないようなひんやりした気分だった。
それから、おじさんの家はいつの間にか解体されていた。
おじさんの行方は今も分からない。
でも、ボクはおじさんを一流の手品師だと──。
──今でも思っている。