死霊使いのイヅミ
とても面倒で、正直なところ泣きたくなってきた。
この新しいパーティーメンバーたちは、本当に性根の腐っている奴らの集団だった。
戦闘中は決して動かず、俺と大男だけが働いている。
手を抜いたら妹のイズミまで危ないので、正直なところいつでも全力投球だ。
ああ、言うまでもなく我が愛しの妹ちゃんも「動かない」メンバーに入っている。このままブッ倒れて成仏したくなるな……。
だが、なぜか死んでいてもレベル制は有効らしく、めきめき強化がされてゆくのは唯一の救いだ。
困らされる魔物は死霊どもで、属性が俺と同じせいか普通にダメージを通してくる。
ただ、死霊を倒すとそいつらの装備品を奪えることに気づいてから、鎧や盾、それと魂を吸う剣などを手に入れることが出来た。
でなけりゃもうとっくに死んでる、というか怨霊にでもなってたわ、マジで。
そして今、困ったことにボスの間にたどり着いてしまった。
リーダーの男は「ピュウ」と口笛を吹き、串で前髪を整える、がいつものようにそれ以上は動かない。
意味ありげな仕草だけが得意なんだ、こいつは。
ナイフ使いの女は身をかがめ、闇へ溶けるよう消えてしまう。最後に微笑を残したが、逃げたんだあれは。
かっこいい逃げ方だけが得意なんだよ、あの女は。
「兄さん」
分かってる、分かってるさ。
俺はこんな状況でも頑張らないといけない。
可愛い妹をこんな場所に横たわらせるわけにはいかない。
そのためには……。
「兄さん」
もう一度呼ばれ、ゆっくりとイヅミへ視線を向ける。
すると、長いまつげに縁取られた黒い瞳が俺を見ていた。
こんな状況だというのにそれが綺麗に思い、思わずじっと見つめ返してしまう、が……どうしてここまで俺に目線を合わせられる?
戦闘時、感情を爆発させている時だけ、わずかに煙くらいの姿を俺は見せる。今はまだ何もしていないから、何も見えないはずだ。
「兄さん」
妹から「しゃがんで」と手で示されたが……少し戸惑いつつも、ゆっくりと屈む。
その間も妹の瞳は俺を追い、ぱちぱちと大きく瞬きをする。やはり俺が見えているのか?
それから妹はネックレスを掴み、先端にブラ下がったものをこちらへ向けてきた。
「私、一人前……」
にこりと微笑まれ、驚いた。
何が驚いたって、妹の能力を示す数値が「死霊使いLV20」と書かれていたのだ。
「だから、こうできる……」
一瞬、なんだか分からなかった。
ひどく柔らかく温かいものが唇へ触れ、ちうと音を立てる。霊体だというのに、腰が抜けそうになるほどの唐突さと破壊力だ。
「ちょーっと待て、そいつは彼氏ができた時の為に……」
はっとした。俺の声が響き、妹がくすりと笑ったことに。
やはり妹はとても可愛くて、俺なんかよりずっと頭が良いのかもしれない。
「声の出る、おまじない……」
頬を赤らめて言うその声を聞いて、バカな俺はやっと理解したのだ。
ずっとずっと、妹は頑張っていた。
俺と話せるよう、触れ合えるよう、死霊使いになる道を決め、そして今までひたすら実行してきた。
魔術をさっさと捨て、死霊使いの会に参加し、レベルを上げるためパーティーを組み、そして今まで術を磨き続けてきた。
すぐに気がつけば良かった、霊体の俺がどうしてレベルアップできたのかを。
イヅミが心配で心配で守り続けていたのに、気づけば妹から助けられていたとはな。
俺は泣いた。
泣いて、笑って、魔物のボスをブッ倒した。
俺の姿がボスの目にどう映ったかは知らないが、最後には背中を見せて逃げ出してしまうほどだった。
ちょっといま、どういう状況かよく分からない。
えーと、妹と手を繋いでお花畑を歩いているのだが、やっぱこれって死後の世界だよなー、と考えてしまう。
ちょうど向こうに小川が見えるので、たぶんあれを渡れば俺は成仏するのだろう。
繋がれた手は柔らかく、少しだけ妹から甘い匂いがしてくる。
笑いかけられ、触れ合える。
それはもうずっと前に俺が諦めていたものだ。だからもう満足しきりで、思い残すことは何も無い。
そう思い、妹から手を引かれるまま小川を渡る。
あっさりと反対岸へとたどり着き、天国なのか地獄なのかとドキドキしてしまう。あれだけ神様っぽい人を無視してきたし、たぶん怒らせた。だからきっと地獄だろう。
「兄さん、着いた……」
「ついに来たか、この時が。俺の研ぎ澄まされた土下座が火を吹くときがなあ!」
ぱちーっと目を開くと……。
そこには小さな家があった。
ナニコレと指差すと妹は「なにが?」と小首をかしげてくる。
てっきり中に神様がお怒りで座っているのだろうと思ったが、テーブルと調理場、それにひとつのベッドがあるきりだ。
どゆこと?と妹を見ると、イヅミは珍しく赤い顔をし、それから唇を寄せてくる。
耳元へこしょこしょと話しかけられ、くすぐったくて堪らないが……内容はもっとくすぐったい。
色んなおまじない……夜用も……覚えたから、一緒に住も?
生まれて初めて聞くほど、妹の発した長い長い言葉だ。それがおかしくて、俺とイヅミはつい声を出して笑ってしまった。
華奢な手に繋がれ、指と指が絡み合い、そして額がコツンと触れてくる。ふっくらと柔らかな唇から「ずっと、いて……」と囁かれると、俺みたいなバカはもうダメだ。
それからというもの、神様っぽい人からの連絡は無くなった。
どうやら俺はいつの間にやら守護霊へ格上げされていたらしい。しかし死霊使いのイヅミにとっては、別にどちらでも構わないそうだ。
END
お読みいただきありがとうございました。