妹が怪しい集会に参加してしまった
困ったことになってきた。
昨日も困っていたけど、さらに困った事態といえる。
なにしろ妹が、怪しげな連中に囲まれている。
ドンツクドンツクと音楽が鳴り、死者を操る儀式だの何だのを体験入学させられている。
ありえねえって、こんな怪しい育成学校みたいな所に入会するなんて。当然、町になんていられない連中で、穢れた術だと後ろ指をさされてるから。
「おお、聞こえまする。祖先の声が、恨みを残して死んでいった者たちの声が!」
身体や顔に変な模様をつけたオバさまが、焚き火の上へ話しかけているけど……いねぇーから。お化けになった俺が言うんだから間違いない。それっぽい事を言っているだけだ。
なのに妹のイヅミは、こくこく頷いていて頬を赤くさせている。
なにその「私にも分かる」みたいな得意げな顔!
恥ずかしいよ、お兄ちゃん黒歴史すぎて見ていられないよ!
もうほんとね、俺を成仏させて欲しい。でもさ、この光景を最後に成仏したら、続きがどうなるのかすっごく気にならない?
少なくとも俺はなる。
来世があるのかは知らないが、そこでずーっと悩むと思う。怪しい宗教に入った妹が、それからどうなったんだろうって。
お願いしますよ、スッキリ成仏させてくださいよ!
さて、集会は夕方には解散となり、参加賞のパンを持って妹は町へと歩き始めた。
ああいう集会ならではの光景というか「才能がある」「続けるべきだ」と連呼され、イヅミはいつになくご機嫌そうだ。
これが昨日に兄を亡くした顔ですか?
まあ第三者から見たら無表情に見えるだろうけど、長いこと一緒にいた俺はだいたい感情が分かるんだよ。
悪い子じゃないだ。人を落としいれる事はしないし、助けられそうな人がいたら助けようとする。
ただ、とても心配になる子だ。
道をうろうろし始めて、やがて袋小路の行き止まりになる。やっぱり道に迷っていたらしく、袋から地図を取り出してるけど……もう2年くらい住んでる場所なのに。
「兄さん、宿……」
唐突にそう呼びかけられ、少しだけ俺は驚く。
お化けの俺がいることは、たぶん伝えないほうが良い。そのほうがきっと妹は成長できると思う。
だけど不安そうに眉尻を落とし、少しだけ泣きそうな顔をされると……俺は弱い。
「兄さん……」
心細げに伸ばされた指には強い誘惑がある。
これをつかみ、俺はここにいると伝えたい。そして暖かい宿に送ってあげたい。
だけど、この役目は他の人に任せないと駄目だ。でないと先ほどの怪しい連中のように……いや、それ以上に人々から奇異な目を向けられてしまう。
それくらい死霊と意思疎通できる者は、この世界で不自然だ。
「あっれぇーー、女の子だあ!」
唐突な酔っ払いらしき男の声に、びくんと妹は震える。
おほほ、と怪しく笑いながら、小太りの男は路地裏へと歩いてくる――が、かちゃかちゃベルトを外そうとしているのは何だ?
立ちショウベンか?
そうじゃなくて、もしも、もしもだぞ、俺のイヅミを娼婦か何かだと思ったなら、マジデコロスよ?
「10ペルーでいいよなぁ? こんな場所だし――おごぉッ!」
あーうん、マジデコロスわ。
大体なら俺も分かってきたんだ。物に触れりたいときは、ちょっとだけ感情を爆発させる。長く影響を与えたいなら、長く感情を引き出す。
手始めに緩んだベルトを限界まで締め上げて、それから急所を膝で打つ。たったそれだけで男は前のめりに倒れ「オホオオ」と情けない声を出しちまう。
しかし、妹へ振り向いた俺は凍りついた。
イヅミはこちらへ両手を向けており、まるで「私の死霊術を食らえ」と言わんばかりのポーズをキメていたのだ。
それから己の指をじっと見て、ぽつりと感情の薄い声で呟く。
「……魔王の、力……」
違うから! もっ全然違うからああっ!
どうしちゃったのイヅミちゃん、前はそんな痛い子じゃなかったのに。寒くて手がかじかんでも、魔術書を覚えようとする真面目な子だったのに。
ふぐっ、と出ないはずの涙を俺はこらえることになった。
とはいえ、こちらへにこりと微笑まれ、まるで「道案内をして」と言うように手を向けられると……もう駄目だ。
たぶん俺はバカなのだと思う。
さっきまで妹のことを考えていたのに、すっかりそれを忘れ、細くて綺麗な指をつかんでしまう。
それから宿屋へと手を引いたけど、しばらくずっと、妹の指先から伝わる体温を俺は忘れられなかった。
温かかったんだ、もう何も感じないはずなのに。