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死んだ俺とへっぽこ妹

既に書き終わっているので、順次アップいたします

 少々困った事態になっている。


 薄暗い迷宮にふわふわと浮いている通り、俺はたぶん幽霊みたいな存在だ。

 たぶんというのは本物の幽霊を見たことが無いからであり、もし知っていても「幽霊だわ」と納得をする程度かもしれない。


 地面に横たわり血にまみれたものは俺の身体であり、そんな目に合わせた相手もまだそこにいる。

 体重が二百キロはありそうな上半身イノシシの化け物は「ぶフンッ!」と鼻息を吐き、そして満足そうに巨体を揺らして立ち去ってゆく。


 ――そっか、あれに殺されたのか。


 ようやく戦いのことを思い出してきた。

 猪突猛進なモンスター、ボアヘッドへ無謀にも挑み、そして死んだのだ。幸いなのはもう傷みを感じず、あとは成仏なり何なりして消えることだと思う。


 それにしても幽霊ってこういう感じなんだなー、などと緊張感も無く考えてしまう。両手をひろげても何も見えず、当然のこと足も胴も何もかも見えない。

 今はただ、俺に残されているのはこの視界だけだ。


 からん、と音がしてそちらへ顔を向ける。いや、俺に顔があるのかも既に分からないのだが。

 すると薄暗いなか、杖を拾うことも忘れた黒髪の女性がいた。


 ――ああ、イヅミか。何とか助かって良かったなぁ。


 彼女は俺の妹で、名をイヅミという。

 互いに戦争孤児であり義理の兄妹として、互いに助け合って生きてきた……と言えるほど美しくは無いとは思うが。


 とにかくイヅミは表情を見せない子で、覇気のない瞳をしている。寝起きは本当に低血圧で、昼にならないと一人では着替えられない。

 10文字以上の言葉をほとんど話さないなど、無気力で無感動な存在、それが我が妹なのだ。


 そうだった。日銭を稼ぐべく迷宮にこもっていたが、あの高レベルのモンスター、ボアヘッドに見つかってしまったんだっけ。

 袋小路に追い詰められてゆき、そして俺は最後の手段として妹を昏倒させた。そのまま物陰へと隠し、玉砕覚悟の突進をして……。


 ――んで、見事に散ったわけだ。あいつもさすがに俺が死んだら泣いてくれるのかね。


 天空から「はやくこっちに来い」と呼ばれているが、妹の顔を見なければ悔いが残る。もうすこしだけ待ってくれ、と神様だか何だか分からない存在へと俺は声をかけた。


 引っ張られる力が弱まったから、たぶん少しだけ猶予をくれたのだと思う。案外いい奴かもしれない、神様という存在は。生まれて初めて感謝したよ。


 さて、残念ながら妹の様子は普段どおりだった。

 静かに呼吸をし、落ち着いた足取りで俺の死体へと近づく。隣へ腰掛けると顔を覗き見て、呼吸や脈、瞳孔を確認し……俺の手を組ませて死者として弔う。


 ――おいおい、普通に念仏を唱えてんぞ。だれだよ、あのへっぽこ妹を教育した奴は……って俺か。


 無気力で無感動な妹だと思っていたけど、まさか俺が死んでも変わらないとはな。

 神経の図太さにある意味で安堵しつつ、聞こえはしないだろうけど、別れを伝えようと地面へ降りてゆく。


 ふわふわ頼りなくてアレだが、ようやく視界は俺の死体の胸あたりへとたどり着く。くるりと振り返り――しばし俺は凍りついた。


 魔術師を表す黒い三角帽子の下、妹は確かに無表情で無感動だった。

 しかし、後から後から溢れているその涙に、ぎゅうと俺の胸は締め付けられてしまう。


 たかが十年程度の付き合いで、妹はまだ生理が来たばかりだ。長いまつ毛といい、整った目鼻といい、黙っていれば可愛いとさえ思える。

 それが鼻水をたらし、涙もぬぐわず俺を見つめていたなんて。


 いや、そうか、そうだったな……。

 長い十年だったし、互いに助け合う――助けてばかりだったか?――ともかく、俺たちの絆を生むには十分な年月だった。

 せめて俺のかわりに良い人生を送ってくれることを願う。


 ――よし、そろそろ行くか。達者でな、イヅミ。


 そう声をかけると同時に、ぴくんとイヅミは黒髪を揺らして顔をあげる。ひょっとして声が聞こえたか?などと思ったが、それは俺の楽観的な勘違いだった。


 それは最悪の部類に当てはまる。

 迷宮の奥から、どすどすと足音が聞こえてきたのだ。


 ――まずい! はやく隠れろ! イヅミ!


 しかし妹は動かない。

 こんなときまで無気力なのか、のそりと姿をあらわした魔物、オークを目にしても黒い瞳は冷ややかだ。

 魔法の杖は向こうに転がっており、さらには俺の手を握ったまま動かない。


 ――おい、お前なら魔法で倒せる相手だろう! 動け、動け!!


 天空からは「はやく来い」の声が聞こえてくるが、知ったことじゃねえ。俺の可愛い妹が、いま大ピンチだっつってんだろ!


 しかし妹は微動だにしない。

 いつも俺が面倒を見ていたから、俺がいなくなったら何もしないのか? そんな薄っぺらい存在じゃないだろう、お前は。


 どす、どす、と棍棒を持ったオークが、よだれを垂らして近づいてくる。あろうことかイヅミは、瞳をモンスターから俺の死体へと向けて――目を閉じてしまった。


 やばいやばい、これはヤバい。

 成仏なんかしている場合じゃないし、何でもいいから妹を守らなければならない。身体の感覚はまったく無いし武器もない。しかしどうにか、どうにか動いてオークを倒さなければならない。


 駄目だって思う前に、とりあえずやってみろ。

 剣の振り、身体の動きを思い出せ。十年近く触れてきた、あの剣を思い出せ。俺は兄貴で、妹を守るために長い事やってきただろうが。死んでようが何だろうが、いいからやれ。


 ずおっ……。


 おかしな感覚があった。

 わずかに重力が戻ってきたような、それでいて中身がごっそりと消えてしまうような感覚が。


 ――これは、俺の感情が形になっているのか?


 のしん、のしん、と歩いてくるモンスターに、考えることを放棄して俺は立ち上がる。

 よし殺れ。すぐに殺れ、何でもいいから感情を爆発させろ。


 オッ、おおおおおお……ッ!


 ずひゅっ!と白刃がきらめき、オークの太い首に斬撃が奔る。

 こいつは感覚も鈍いから、首を切ってもしばらく動く。なので両目を剣で貫いて、悲鳴をあげようと大口を開いたところで、渾身の突きを叩き込んだ。


「おン、ごっ……! ゴッ、ごふッ! ン゛ッ!」


 びくびくと身体を揺らし、ようやくオークは膝を突き、大量の血を吐き出してゆく。その様子にようやく安堵の息を吐き、やれば出来るものだと俺は笑う――いや顔があるのかは知らんが。


 それから振り向いて、俺は息を呑んだ。

 イヅミが黒い瞳を見開いて、その様子に見入っていたのだ。


 こういう顔は初めて見た気がする。大抵は眠そうにしていたし、何か声をかけても「ン……」しか言わないへっぽこな妹だ。

 しかし妹は虚空を見つめ、それから俺の死体とオークの死体を瞳をいったり来たりと繰り返す。


「兄さん?」


 さすがにね、ちょっとドキッとしたよ。

 普通ならよく分からない事態に悲鳴をあげ、どこかへ走っていくだろうに。これも兄妹の絆って奴かなー、などと考えていたらまるで違った。


「死霊使い……才能……私に……?」


 うん、どういう意味?

 自分の手をじっと見て、それから「ふすん」と満足ぎみな鼻息をしているけど、まるで違うから。俺が頑張ったんだから。今もけっこう大変で、天空から引っ張られ過ぎて頭が変な形になってるんだよ。


 ――あいででで、無理に引っ張らないでくださいよ。千切れちゃいますんで。


 そんな事よりも、と俺は妹へ視線を向ける。

 とりあえずイヅミさん、変なことに喜んでないで迷宮から脱出しましょうよ。じゃないとお兄ちゃんが成仏できないでしょう?


「私が……神か……」


 違うからぁーー、将来が心配になるような事を言わないでぇーー。

 唯一の才能は魔術を使えることなんだから、これから真面目に勉強してちょうだい。じゃないとね、あいででで、引っ張らないでったら。


 成仏なんて出来ないでしょう。

 せめて妹が結婚をして、幸せな生活をするまで見届けないと。


 そう考えると、しっくりした。

 妹はとても大事で、たとえ死んだって守ってやりたい。

 引っ張られ続けて疲れるけど、たぶん何とかなるだろう。



 お願いします神様、決して悪いことは致しませんから。

 そう願うと、ほんの少し引かれる力が弱まった気がした。


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