第5話 合否
じっと人形を見つめ、何も言わないハルに、クラス中の視線が集まる。
「編入初日だから、力試しに丁度いいだろ」
催促する様に声をかけるドレットの声を、ハルはまるで聞こえていないかのように聞き流す。
「彼、どんな魔術を使うのかしら……」
「……」
心配そうに尋ねるテレサに、ティアナは沈黙を持って答える。
ただ黙ってハルを見つめるティアナの硬い表情を見て、テレサは更に思い煩う。
すると、ハルが一歩前に出た。
突然の動きに、ティアナの体はピクリと震える。
ハルの目は真っ直ぐ人形を見つめ、動くことはない。
ハルはポケットに入れたままの右手を取り出し、静かに左手を重ねた。
「何か、持っている……?」
クラス全体の視線を集める中、ハルは重ねた手を胸元まで持っていき、左足を垂直に上げた。
そしてそのまま、右腕を振り上げ、左足で思い切り踏み込んだ。
「なっ……!」
「あのフォームは……!?」
ハルは踏み込んだ勢いで手に握っているものを思い切り人形に投げつけた。
それは、ぶれることなく真っ直ぐに人形の心臓部にぶつかり、貫通した。
与えられた威力に耐え切れず、人形はその場に倒れこみ、砕け散る。
「今……」
「……え?」
魔力反応を一切感じられなかったハルの行動に、クラス中はどよめいた。
魔術試験において、魔術不使用というイレギュラーな事態に、どう反応したらいいのか戸惑い、また、魔術不使用が本当なのか判断仕切れない生徒達はドレットの采配を待つ。
「魔術、使ってないな」
「「「はあぁああぁぁああぁ!!????」」」
魔術講師が不使用であると断言した瞬間、生徒は初めて驚愕を口にした。
ハルを除くクラス全員による叫びは、学園中に響き渡るほどだった。
「どうして魔術を使わなかった?」
普段の力のない声に、少しだけ、2年2組の生徒でなければ分らない程度に力を込め、ドレットはハルに問いかける。
それを聞いたハルはドレットに視線をやり、わずかに口角を上げた。
「試験内容は、『的である人形を壊すこと』でそれに対する魔術は『呪術以外であれば、どんな魔術を使ってもよい』だろ? なら、俺が投げた小石でも問題はない」
足元に転がる小石を拾い上げながらハルは答える。
小石を弄ぶハルを見て、ドレットは目を細めた。
「つまり?」
「使う必要がなかった。それだけだ」
さらに口角を上げて不敵に笑いながら言ってのけたハルに、クラス中は唖然とする。
「な、なによそれ!」
ハルの行動にティアナは1人声を上げた。
(これは魔術の試験よ。それなのにこの男は、魔術を一切使わなかった上に、使う必要がないですって!? そんなのあり得るわけない!)
「こんなのルール違反です! 先生!」
「ティアナ、」
動揺から声を荒げるティアナに、ハルは哀れなものを見るような目で、罵倒した。
「ハッ。優等生気取りにはこんなこともわからないのか」
肩を竦め、首を振り、バカにしていることを隠しもしないハルの態度に、ティアナの怒りは降り積もる。
「なんですって!?」
「なぁ、先生?」
ハルの余裕を持った視線と怒りを孕んだティアナの視線を受け、ドレットは気怠げに口を開く。
「『的である人形を壊すこと。呪術以外であれば、どんな魔術を使ってもよい』」
まったく力を込める気のない声でドレットが紡いだのは、冒頭に説明した試験ルールと一文字たりとも違わぬものだった。
「な、なんですか? 違反じゃないって言いたいんですか?」
ドレットの言葉の真意に気付いたティアナは動揺を隠せず、揺れた声で尋ねる。
そんな彼女に、担任は、冷酷に告げた。
「そうだな。一度も、『魔術を使わなければならない』とは言ってないからな」
溜め息を吐きながらドレットは生徒名簿に目を落とす。
「ならば、先生?」
笑みを堪える気のないハルは、ティアナをバカにする嗤いを漏らしながら、担任に合否を問うた。
「合格だ」
「なっ!?」
ティアナは信じられないものを見るような目でドレットを見つめる。
ハルは当然、と不敵な笑みでティアナを眺める。
交わらない視線を、テレサは不安そうに見守る。
混乱する生徒達の耳に、試験終了を告げる鐘の音が届いた。
「んじゃ、ティアナ。この後ちゃんとハルに学園案内しろよー」
ようやく終わったと言わんばかりに、我先に園内へ戻るドレットに、ティアナは絶望の目を向ける。
「ティアナ……」
駆け寄るテレサは、それ以上かける言葉が見つからず、ティアナの肩に手を置くのみであった。
俯き、拳を作るティアナの手は、震えていた。