第55話 紅茶
「どうだ?」
「大丈夫です」
アルフは、レイの入っている試着室の前で腕を組みながら、中の様子を窺う。
あの後、アルフは真っ直ぐに女性もののアパレルショップへ入り、レイに似合うものを適当に見繕った後、試着室へレイと洋服を放り込んでいた。
「着替えたか?」
「……はい」
返事だけ返ってくる試着室を見つめ、アルフは首を傾げ、カーテンに手をかける。
「着替えたならあけるぞ」
「自分で出ますから!」
レイは慌ててはアルフを止め、ゆっくりとカーテンを開けた。
藤色の生地に白く桜の刺繍がちりばめられたノースリーブのワンピースを纏ったレイの姿に、アルフは眼を丸くする。
「……あの」
恥ずかしそうに視線を逸らすレイに、我に返ったアルフは、口角を上げて笑う。
「いや、自分で選んでなんだが、似合ってる」
「……そうですか」
顔を赤く染め、俯いたまま返事をするレイの頭を、アルフは優しく撫でる。
会計を済ませ、店を出た2人は、レイの希望で100メートル程先にあった喫茶店に入った。
「あの、お金……」
「あ? いらねぇよ」
注文を済ませ席に着いた後、ワンピースの端をつまんで言うレイに、当然のように切り返すアルフは、コーヒーカップを傾ける。
(また、助けられてしまった……)
レイは、マカロンを1つ口に運びながら、アルフに視線を送る。
コーヒー以外に何も頼まなかった彼は、頬杖を突きながら店の外を眺めていた。
「ありがとう、ございます……」
ポツリ、と小さく呟かれたことばに、アルフはレイへと視線を移動させ、優しく笑う。
「気にすんな」
レイの頭を乱暴に撫でながら、アルフは笑う。
その笑顔に、レイの胸は高鳴り、視線を逸らす。
「そういう訳にもいかないんです」
平静を取り繕いながら言葉を投げるレイを、アルフは面白そうに笑いながら、1つ提案をする。
「じゃあ、これでもつけてろ」
そういってアルフは、1本のリボンを取り出した。
細めのそれは、綺麗な赤色で、レイの白い肌と対照的であった。
「これ……!」
「きっと似合う」
眼を見開いて驚くレイの髪を手に取り、赤いリボンでゆるく結ぶ。
眼を細め笑うアルフに、レイは顔を赤らめて抗議する。
「なんで赤なんですか……!」
自分の髪の色でも、瞳の色でもなく、アルフの印象的な赤髪と同じ色に、レイは頬を膨らませる。
「俺の物だって、分かるように」
そう言ってリボンの結び目を優しく撫でるアルフから、レイは顔を背け、紅茶を一口飲み込む。
「そういえば、なんで紅茶飲まないんですか?」
昨日の放課後、適当に誤魔化したはずの事柄を蒸し返され、アルフは眉間に皺を寄せる。
「紅茶の何がいいんだよ」
答えにならない答えを返し、アルフは自分のコーヒーカップを口に運ぶ。
いつもの威勢のないアルフに、レイは首を傾げ、自分のティーカップを差し出す。
「……!?」
「風味も苦味も大人しめで、初心者でも飲みやすい味ですよ」
飲んでみろ、と差し出されたティーカップを見つめ、アルフは顔を引きつらせる。
なかなか受け取らないアルフの手に、レイは無理やりカップを持たせる。
逃げ場を塞がれたアルフは、大きく溜め息を吐きながら、紅茶を一口、喉へ流し込む。
「……苦手なんだよ」
ティーカップをレイへ乱暴に返すアルフを見て、レイはクスリ、と笑う。
「なら、今から紅茶を選びに行きましょう?」
「はぁ?」
苦手だと打ち明けたばかりのアルフに返されたレイの言葉に、アルフは盛大に顔を顰める。
「私が、行きたいんです」
悪戯っぽく笑うレイに、アルフは頭を掻き、溜め息を吐く。
そして、自分のコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。
「しゃーねぇな」
先に店を出たアルフを追いかけながら、レイは楽しそうに笑う。
そんなレイを見て、アルフもまた口角を上げた。
「言っとくが、間接キス迫ったのはお前だからな」
「!?」




