第54話 ティア
「ったく……。ウェダーくらい自分で買えって……」
ドレットに言い渡されたウェダー30個を調達したハルとティアナは目的もなく商店街を歩いていた。
(またハルに助けられた……。お礼、言わなきゃいけないんだけど、分かってるんだけど……。どうしても、言えない……)
ティアナは俯きながら、両手を重ねて、ハルの手の感触を思い出していた。
「ティアナ?」
ハルは、俯いたままのティアナを見て、顔を覗き込むように声をかける。
「きゃぁ!?」
「うお!?」
突然現れたハルの顔に、ティアナはビクリ、と肩を震わせ悲鳴を上げる。
ティアナの悲鳴に驚いたハルは後ずさった。
「あ、あんたまたキスしようと……!?」
自分を指さして抗議するティアナに、ハルは唖然とし、すぐに馬鹿にしたような声で返す。
「こんな所でするわけねぇだろ?」
「あ、う……」
当然のようにハルに正論で返されたティアナは、そのまま口を閉じる。
普段のような威勢の無いティアナを見て、ハルは溜め息を吐く。
「どうしたお前?」
やはり返事はなく、また俯いたティアナを見て、ハルは困り果てる。
ティアナの気分を変える何かがないかと、ハルは辺りを見回した。
「おっ」
「ハ、ハル!?」
自分達より数メートル先にあるアクセサリー屋を見つけたハルは、思いついたように声を上げ、ティアナの手を掴み、歩き始めた。
ハルの行動に驚いたティアナは立ち止まろうとするが、力強く引っ張られ、歩くことを余儀なくされる。
「これなんかどうだ?」
躊躇うことなく店内に入ったハルは、1つの髪飾りを手に取る。
それは、国民が目にしたことの無いティアラを模した髪飾りだった。
「……? 何それ?」
「ティアラだろ?」
王族であり、幾度となく本物を見てきたティアナは首を傾げ、その反応にハルもまた首を傾げる。
「ティアラ……? これが?」
「見たことの無い形を想像で作ったんだろ」
納得のいかないティアナに説明をしながら、ハルは手早く会計を済ませる。
ティアナを連れて店を出た後、彼女の方を振り向き、優しく髪飾りをその綺麗な金髪につける。
「あんたなんで勝手に……!?」
自分の髪につけられた髪飾りに触れながら、ティアナは顔を赤く染め、ハルを見上げる。
「ティアナとティアラ、似てるだろ?」
悪戯っぽく笑うハルに、ティアナの鼓動は再び加速する。
(私の気も知らないで……! お礼、言いたいのに。言わなきゃいけないことがどんどん増えていく……)
「ほら、お嬢様。俺の知らない街を案内してくれよ」
自分の手を引き、口角を上げて楽しそうに笑うハルに、ティアナの眼は奪われる。
(もしかして、私が、下を向いてたから……?)
ティアナが歩き出すまで待っているハルを見上げ、ティアナは切なそうに笑う。
「ほんとバカ」
溜め息を一つ吐き、ティアナは歩き出す。
その様子を見て、ハルは安心したように微笑んだ。
「あそこのタルトが美味しいのよ!」
今度はティアナがハルを引っ張り、数十メートル先のカフェを目指して走り出した。




