第30話 その男、危険につき
「怪我人はなし。大丈夫じゃあ、ないよなー」
控え室にて。
頭を掻きながら、ドレットは3人の様子を窺う。
俯いたままで口を開かない3人は試合開始前とは真逆の、暗いオーラを放っていた。
「先生、最初に脱落した子は、どうなりましたか?」
不安に眼を細め、力のない声でティアナはドレットに問いかける。
「あー……。その子なら、とりあえず命に支障はなし。だが、救護班の手当てを受けても全治一週間だそうだ」
ドレットの報告を聞き、ハルは机に拳を打ち付ける。
悔しそうに歯噛みする彼を見て、ティアナは顔を歪めた。
「まぁ、講師団としても、今後自爆は禁止だ。元々、やる奴がいなかったが……」
眼を逸らし、頬杖を突きながらドレットは呟く。
気まずい空気を換えようと、立ち上がりながらドレットは提案した。
「2時間後の決勝までの間、休憩もかねて茶でもしに行くか? 俺が奢ってやるから」
ドレット自ら、生徒を誘うという状況は、テレサが見れば卒倒しかける程にレアなものであった。
それでも頭を上げることの無い3人に、再度頭を掻きむしる。
と、その時、地震とともに格闘場から爆音が轟いた。
「な、何!?」
あまりの揺れに、机にしがみ付きながらティアナが困惑の声を上げる。
真っ先にハルが立ち上がり、格闘場へ走り出した。
それに続き、レイが飛び出す。
「ちょ、ちょっと!」
ティアナの制止も聞かず、走り去る彼らを見て、溜め息を1つ。
ドレットとティアナは顔を見合わせ、2人に続き格闘場へ急いだ。
東ゲートにたどり着いた4人の目の前には、ただただ土煙が舞っていた。
しかし、土煙が舞う中、立ち上がる1つの人影があった。
その体は、遠目から見ても鍛えられていることがわかるほど屈強なもので、黒く日焼けしており、右手には黒革のグローブをつけていた。
「あれは……」
レイがぽつりと言葉を漏らす。
フィールドには、その男1人。
チームメイトも、対戦相手も、彼以外の選手が全員倒れたまま動かないことは一目瞭然であった。
「3年1組、アルフ。講師団が眼を光らせ監視する問題児だ」
フィールドに立つ男について、ドレットが横から説明する。
オールバックの赤髪は乱れ、鬱陶しそうに掻き上げる仕草からも彼の性格が現れていた。
「しゅ、終了―!! アルフ選手圧倒!! 味方諸共敵を薙ぎ払いました!! 瞬殺です!! 桁違いの強さを見せつけ、決勝へ駒を進めました!!」
司会がアルフの勝利を告げる。
湧き上がる会場を、危険な雰囲気を纏うアルフを、ハル達は呆然と眺めていた。
その時、ギラリと光るアルフの2つの眼がハル達3人を捉えた。
動くことなく視線を送る3人を見てアルフは、ニヤリ、と口角を上げて嗤う。
「これが、私達の、決勝の相手……」
――格が違う。
アルフの姿を見て、ティアナはそう直感する。
アルフの纏う空気に圧倒され、一歩下がりかけたその時、ティアナはハルに背中を叩かれた。
「しっかりしろ。俺達はアイツを倒す。必ずな」
ハルはアルフを睨み返し、低い声でティアナに告げる。
ティアナはハルを見上げ、その真剣な眼差しに、鼓動を速める。
「必ず、倒します。そうでしょう?」
レイも続けて、ティアナに問いかけながらアルフを睨みつける。
レイに視線を送るティアナは、大きく深呼吸した後、しっかりと眼に力を込め、アルフを睨みつける。
「……そうね。必ず、倒す!」
3人の様子を見て、更に口角を上げたアルフは、フィールドから真っ直ぐ3人に向かって歩き出す。
迫りくるアルフの空気に、3人は圧倒されそうになりながらも踏みとどまり、アルフを睨みつけた。
3人の横を通り過ぎる時、アルフは嗤いながら、しかし視線は前を見たままで口を開いた。
「決勝が、楽しみだ」
底冷えする程恐ろしく、芯が通った低い声でそう言い残し、アルフは格闘場を立ち去る。
チラリ、と3人の様子を見たドレットは深い溜め息を吐く。
3人にはもう、先ほどの暗い雰囲気は微塵もなく、ただ闘志に燃えていた。
ハルは拳を強く握り、しっかりと正面を見、アルフへ言葉を返す。
「あぁ、楽しみにしてやがれ……!」
3人の顔には、決勝への期待に満ちた笑みが浮かんでいた。