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第2話 御伽噺

 ドレットの声に、現実に引き戻された生徒達は、それでもまだハルから眼を離せないでいた。

 一方ハルは、教壇から降り、ふと、ティアナに目をやる。

 すると驚いたように眼を見開き、動きを止めた。

 ティアナの方もハルの視線に気づき眼を合わせるが、彼の行動に心当たりは1つもない。


「……何か?」


 少し首を傾げながらティアナは手短に尋ねる。

 ティアナの声に我に返ったハルは、咳払いを1つしてから、彼女に向けてこう語った。


「いや、失礼。ブスがいるな、と思っただけだ」

「……は?」


 思わず、ティアナは間抜けな声を漏らした

 ハルは確かにブスと言った。

 しかしティアナは、初めて自分に向けられた言葉を、呑み込めず、その場に固まった。


「分からねぇのか? ブッサイクだなって言ってんだよ」


 もう一度発せられたその言葉に、今度こそティアナは状況を呑み込んだ。

 その優秀な頭で理解した。

 初対面のこの男が自分に投げてよこした言葉は、罵倒であったことを。


「は、はああぁぁああ!!???」

 

 ティアナは立ち上がりながら叫ぶ。

 周りに生徒がいることも気にせずに叫んだ。


 (こ、この男、私に対してブスって言ったの!? あり得ない! この私が、ブスだなんて、王族であるこの私に! 生まれてから一度も言われてこと無いのに!)


「あ、あんた失礼じゃない!?」


 状況を呑み込みはしたが、未だ混乱したままであるティアナは、1番に思いついた言葉をハルに投げかけた。


「失礼? あぁ、この俺がお前みたいなブスに話しかけたことか。こりゃ失礼。格が違うわな」


 しかし、返ってきたのは更なる罵倒。

 ティアナのプライドを傷つけるには、こんな簡単な言葉で十分だった。

 華奢な肩には力が入り、握った手はわなわなと震える。

 ティアナは涙目になりながら彼を睨みつけるが、そこにはいつもの凛とした雰囲気は伴っていない。

 今にも喧嘩に発展しそうな2人に、だが誰も止めには入らなかった。

 

 なぜなら、クラスメイト達は皆、彼らの『声色』に聞き入っているから。


「あぁ、ティアナ様やっぱり素敵だわ」

「あの編入生の声、すっごく惚れ惚れする……」

「2人が奏でる音色、ずっと聞いていたい……」

「こんな素敵な声なんですもの、きっと想像もできない素敵なお話をしているに違いないわ」


 とまあ、こんな風に。

 彼らは2人の声色にのみ聞き入っており、会話は一切聞いてはいない。

 それ故に、2人が言い争いをしているなどと、誰も考えてはいないのだ。

 親友と教師を除いては。


「ティアナ、落ち着きましょう?」


 今にも爆発してしまいそうなティアナを慰めようとテレサは声をかける。

 しかし、彼女もまた状況についていけず、動揺を隠しきれていない。

 ティアナもテレサの声が届いていないようで、落ち着こうとする素振りはない。

 そんなクラスに打ち止めを告げるのは、現実を見ているもう1人、


「お前らうるさい。ティアナ、お前は罰としてこいつに学校案内しろよー」


 ドレットである。

 彼には2人の魅了が全く効いておらず、むしろ会話も聞いていない。

 ただ煩い、それだけ。

 それ故にドレットはこんな非情なこともする。


「なっ、先生!」

「ティアナ、サボったらお前の単位帳消しにするからなー」

「え、え!? ドレット先生!」


 学級名簿を振りながら教室を去る彼にティアナの悲鳴は届かず、残された生徒達の間には予鈴だけが轟いた。


    ***


 静かな教室には、黒板に文字を書き込む規則正しい音とドレットの力なくも落ち着いた声が響く。

 そんな空間に溶け込む1つの吐息。

 ハルの寝息は静かに、それでいて誰もを虜にする鮮やかな音色を醸し出す。

 彼の席は、最前列から3段上の窓際。

 彼より後方に座るものは、背中を丸めた彼の可愛らしい姿に見惚れ、前方に座るものは、自分がその席を選んだことを心の底から恨んだ。


 ハルが居眠りを始めたのは今から3時間程前。

 1講義目から寝通しの彼は、窓際の居眠り王子としてマスコット化していた。


「……彼、まだ寝てるのね」

「あんな奴、ほっとけばいいでしょ」


 生まれて初めて浴びせられた罵声によるティアナの心の傷は未だ癒えず。

 テレサにどんな慰めをされようとも、ご機嫌は斜めになったままである。

 3時間の間ずっと。

 困り顔のテレサにむくれ顔のティアナ。

 それでもクラスメイトには、彼女らもまた、美しい彫刻のように見えるのであった。


「ティアナ、ここの一節読めー」

「……はい」


 ドレットが唐突にティアナを指名する。

 教科書の一節。

 それは、誰もが知っているであろうこの国のお伽噺。


「『今よりも何百年も昔。この国の国土は2つの王国のものでした。2つの国は争い、対立が絶えることはありませんでした。しかし、ある時、片方の国の王様がもう片方の国へ単身で乗り込んでいきました。それがこのアインフォード王国の初代国王です。彼は直訴します。和平を結び、共に歩もう、と。そんな王様の勇敢さに心を打たれた相手国の王様は、和平を受け入れ、宴を開き、このアインフォード王国を2つの国で協力して作り上げたのです』」


 不貞腐れながらも、読み上げた御伽噺。

 誰もが聞き飽きているであろうこの話。

 ティアナが口に出して読むだけで、まるでオペラを聞いているかのような居心地になり、クラスの生徒は講義の退屈さも忘れて彼女に夢中になってしまう。


「えー、今ティアナが読んだこの話。この国に対立国があった証拠もなければ、和平が結ばれた形跡もない。よって、国の安寧を祈る為に作られた話とされている」


 ドレットは教科書片手に、誰に話すでもなく、お伽噺に補足していく。

 作り話であると断言されたことに、少し機嫌の悪くなる者もいれば、当然だとうなずく者もいた。


「作り話……」


 呟かれた彼の言葉は、誰の耳に届くこともなく、風に流され春の陽気に溶け込んだ。




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