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第1話 転校生

 アインフォード国立魔術学園。

 ここは、アインフォード王国郊外に位置する世界有数の魔術学園。

 魔術を志す者は必ず入学を夢見る学園である。

 そこに通う生徒達は、日々鍛錬を怠らず、体術、学術、魔術、全てにおいて嘘偽りのない努力だけで成果を出し続ける。

 ――その中に1人、イレギュラーな存在が溶け込むまでは。


    ***


 春。

 彼女にとって、高等部2年目の春が訪れた。

 気候は平均並みで穏やか。

 今年もサクラの花が満開に咲き誇り、街中を綺麗なピンクパールの色で染め上げる。

 暖かい日差しに照らされ、春の息吹を十分に感じ取れる今日この日が、アインフォード国立魔術学園の初日登校日である。

 何千何万の人々が憧れ、尊敬、畏敬の眼差しで見つめるこの学園に、1人、また1人と足を踏み入れる。


 その中に、彼女がいる。

 彼女の名は、ティアナ・アインフォード。

 この学園の一生徒であり、アインフォード王国の第三皇女。

 天姿国色、詠雪之才。

 美しい金髪を優雅に靡かせ、凛とした赤い瞳を持つ彼女は、まさしく国の象徴であるに相応しい姿であった。

 また、彼女が誇るべきは容姿だけではない。

 成績は常に学年トップ。

 文学に精通しており、学園の保有する数億冊の文学書を全て読破するほどの努力家でもある。


 そんな彼女にとっての最大の秘密。

 それは、『自分が王族であること』。


 彼女が秘密を抱えているのは、王族が古くから護り続けている掟、『成人まで自分が王族であると知られてはならない』というものを実行するためである。

 この国では、自分の名字を結婚相手以外には教えないルールがある。

 ひとえに結婚相手といえども、婚姻を結び、籍を入れた後に初めて自分の名字を相手に伝えるのだ。

 それゆえに、彼女が王族であることが世間に露見することはない。


 何の為にこのような掟があるのかは知らされることがなくとも、彼女はそれを律儀に守り続け、今日も自分は貴族であるかのように振る舞う。


「おはよう、ティアナ!」


 クラスメイトが話しかけてくれば、彼女はその美貌を最大限発揮し、笑顔で返す。


「おはようテレサ、久しぶり!」


 まるで小鳥が唄っているかのような可愛らしくも、芯のある声に、クラスメイトは心からの癒しを感じ、彼女の笑顔に夢中になる。

 誰もが惚れ入ってしまいそうになるその笑顔は、まだ知らない。

 自分の笑顔を、美貌を、否定する輩が現れようとは。


「座れ~。出席とんぞ~」


 ティアナが在籍する2年2組は比較的優秀な生徒が集まったクラスである。

 このクラスは、去年の学園行事の半分でトップの成績を叩きだし、学園の名をほしいままにしている最優秀者のみが集まった一組に唯一対抗できるクラスとして名を馳せている。


 そんな2年2組の担任をするのは、ドレット。

 この学園の卒業生であり、魔術講師として活躍する者、のハズである。

 ダークブラウンの髪は、中途半端に伸びており、毛先は自由に跳ねていた。

 髭は剃るのを忘れたか、それともわざとなのか、五ミリ程伸びたままになっている。

 顔はこけ気味、目にはクマがあり、顔色は青白くも、土気色にも見える。

 大きな白衣を適当に着流し、はた目からは教師だと、まして、あのアインフォード国立魔術学園の講師だとは到底思えない見た目をしていた。


「ドレット先生、相変わらずね」


 ティアナに話しかけたのは、隣の席に座るテレサ。

 今朝、ティアナに話しかけに来たのは彼女である。

 ティアナにとって1年次からの友人であり、親友とも呼べる存在だ。

 そして彼女もまた、整った顔立ちをしており、紫色を帯びた長めの髪はキキョウを思わせる。

 成績も優秀で、クラスで二番目の魔術技能を持ち合わせていた。

 そんな彼女が唯一ティアナより勝っているもの、それは、豊かな胸部である。

 控えめなティアナの胸部と並べると尚際立つその胸は、学園の男子を虜にするのは容易いものであった。


「そうね……。春休みで少しはまともになると思ったんだけど……」


 去年から変わらない、顔色だけは毎月酷くなっていくドレットに、溜め息を吐くクラス一同。

 今年はもしかして……、と期待した生徒も何人かいたが、期待を裏切ることなく顔色のみ割増しで酷くなった教師を憐れんだ目で見つめた。


「えー、みんなとっても嬉しいだろうが、今年も俺が担任だ。喜べー」


 全くと言ってもいい程に力の入っていない間延びした低い声に、生徒達のテンションは尚下がる。

 特に、最前列に座っているティアナとテレサは酷いものだった。


「……せめて、眼に力があれば」

「眼だけギラギラしてても、怖いだけじゃ……」


 どうしたらまともな容姿になるか、考えても無駄に終わる考察に、2人は大きく溜め息を吐く。

 顔色を直そうにも、授業以外に姿を見たことがある生徒が誰もないので、打つ手がなかった。

 ……そう、誰も。

 たとえ、ドレットが教室から出て扉を閉めた瞬間に、また扉を開けたとしても、すでに彼の姿はどこにもない。

 ただ扉を開けた風圧で風が髪を靡かせるだけだった。


「んじゃ、とくになんも無いから……」


 彼がこの言葉をいう時は、大抵が終了の合図だった。

 稀に、ごく稀に、ドレットが重要事項をスルーして後に大変な事態になることがあった。

 逆にスルーすることなく、口にしたがために大変な事件になることもある。


「……これ、嫌な予感がする」

「……これ、嫌な気がするわ」


 それ以上語らず、ただ静かに目配せをする2人。

 ティアナとテレサ、二人同時に呟いた言葉の真意は、はたして。


「……あ、編入生紹介する」


 ――いや、あるんかい!! 

 クラス中が心の中で突っ込んだであろうこの瞬間、2人の予感は的中する。


「入ってー」


 力なく間延びした声に呼ばれ、扉を静かに開け教室に入ってきたのは黒髪の男。

 制服を完璧に着こなしたその男、眉目秀麗なその姿に、クラス中が息をのむ。

 スラリとした手足に程よく高い身長。

 髪は整い綺麗な黒は夜を連想させるほど。

 凛々しい眼には月夜が宿り、見つめられればたちまち虜になってしまいそうなその瞳で、あたりを見つめる。

 ドレットの隣にいるせいか、尚のこと引き立つその姿に、誰もが言葉を失った。


「……」

「えー、自己紹介して」


 ドレットは他人の容姿にあまり興味がないのか、すぐに素に戻った。

 担任に振られ、その男は声を発する。


「隣国からやってきました。ハルです」

 

 なんということだろうか。

 その見た目からの想像をまったく裏切らない美しい声。

 容姿と同じく凛々しさがあり、芯が通った重すぎない声。

 星夜の風であるかの如く、誰もがその声に聞き入る。


「親の都合での編入、と。成績も悪くないらしい」

「はは、お恥ずかしい」


 ドレットの言葉に、初めて見せるその笑顔。

 満月であるかのような笑顔の優しさに、女子生徒からは溜め息が零れた。


「席はどこでもいいから。はい、解散ー」




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