第10話 規格外
どんな魔術を使うのか、不謹慎ながらも期待に胸をはせていたティアナは、またもや裏切りを食らう。
魔術を扱う教育機関は、どんな学園でも魔術の基礎から応用までを学ぶことができる。
それ故に基礎の、超基礎の簡単な魔術を最初に数個、教え込まれる、はずだ。
それなのに、ハルは詠唱ですらない言葉を叫んだ。
「な、なによそれぇ!!」
「あ? なんか文句あんの?」
「だって、だって、あんなの、魔術詠唱でもなんでもないじゃないの!!」
(どう考えてもおかしい。あんな詠唱、聞いたこともない。いったいどういうつもりなのよ。下手したら2人とも死んじゃうかもしれないこの状況で!)
「あ?だって詠唱覚えるのとか、めんどいじゃん?」
「はぁ!? 何それ! 第一、発動してすら……」
ティアナが言葉を言い切ろうとしたその時、地響きとともに凄まじい揺れが3人を襲う。
その揺れに、ティアナはハルを見上げ。
ハルは、ニヤリと口角を上げた。
床には亀裂が走り、できた割れ目から大量の蔦が生じた。
そして、その蔦は真っ直ぐとブレアの方へ飛んでいく。
「何だ!?」
「なによこれ!?」
(あんな適当な詠唱でこんな、こんな……! あり得ない! どうして? それに、なんであの蔦は統制がとれているの!? あんなに真っ直ぐとアイツに飛んでいくなんて。やっぱり、何か絡繰りが……?)
ハルの叫びによって発生した蔦は、ブレアに絡みつきその体を縛り上げた。
大漁の蔦からはブレアがいくら抵抗しても抜け出せず、足掻けば足掻くほどにきつく、強く締め上げる。
「あ、ぐあ……」
なんとか抜け出そうと足掻いたせいでブレアは強く締め上げられ、魔術を発動しようとしても蔦に魔力を吸われ、さらに成長した蔦に動くこともままならなくなる。
その様子を見ていたハルは当然と不敵に笑い、ティアナは呆然と立ち尽くす。
ブレアの無様さに満足したのか、ハルは不意に振り向いてティアナを抱き上げる。
「なにするのよ!?」
「今のうちに、逃げるんだよ!」
ティアナを抱えて窓へ真っ直ぐに走るハル。
窓から飛び降りるのだと察したティアナは、自分に付けられていた魔術を思い出し、青ざめる。
「ま、待って! 私……」
「掴まれぇ!」
ティアナの制止も聞かず、ハルは窓を蹴り破り外へ飛び出した。
「きゃあぁぁああぁ!!」
「……っん蔦ぁ!!!」
3階という高さから飛び降りた2人は、ハルの詠唱によって地面より発生した蔦に受け止められ、そのまま静かに着地した。
平然と立ち上がるハルと違い、あまりの出来事にティアナはその場に座り込む。
「あー、もっと高いとこから飛び降りりゃよかった」
「……」
「大丈夫か?」
ティアナの様子に気づき、ハルは彼女の顔を覗き込む。
呑気なハルに、ついに怒りが頂点に達したティアナが立ち上がり彼に詰め寄った。
「あ、あんたねぇ! なんでこんな無茶な!」
ハルに近づいたティアナが言葉を言い終わる前に、彼女の服が光を放ち、突如として砕け散った。
……ただ1つ、ニーハイを残して。
そのために、ハルに自分の裸を見せつける形になってしまったことに、ティアナは恥辱と羞恥に顔を真っ赤にして震えわななく。
「なっ、なっ……!」
(……確かにあいつは言ったわ。服が破け散るって。それが本当で、しかもワンテンポ遅れて発動するなんて! こんなの、ただの痴女みたいじゃない!)
ティアナは急いで両の腕で自身の体を覆い隠す。
一方ハルは、そんなティアナを表情も変えずに、むしろその肌を、体を、見定めるかのように観察する。
「なによ! 見ないでよぉ!」
「……お前」
涙目になりながらティアナは叫ぶ。
ハルはいつものふざけた様子ではなく、声に重さを加えて言葉を紡ぐ。
その声に、ティアナは聞き入るようにハルを見つめた。
「……なによ」
「お前、やっぱり……、貧相な体してんなぁ」
そしてティアナは、本日四度目の裏切りを受ける。
「……は?」
(……え? 今、コイツ、なんて言ったの? 貧相? この私が? どこが? この私のどこが? もしかして、私の美貌にようやく気付いて、今更口に出すのは恥ずかしいからわざとそのような言葉で? ……そうよ、そうしかありえな、)
「いや~、俺、巨乳の方が好みなんだわ。こう、お前の隣にいた女子みたいにボインとしてる方が。それに比べてお前は……。フッ」
ティアナの混乱をよそに、期待を華麗に裏切ったハルは、ティアナの体、特に胸を凝視した後、鼻で笑った。
あまりにも不敬極まりないハルの言葉に、ティアナは怒りに震える。
「あ、あんたねぇ!」
「あ、ついでに言うけど、俺の魔術は一度に一か所でしか発動できねぇんだわ。だから、上の変質者、解放されてるぜ」
「……へ?」
右手の指で3階を指し、どうでもいいことを告げるように、ハルは言った。
と、同時に上から怒号と魔術が2人に降りかかる。
「てめぇ! よくもやってくれたなぁ!」
蔦から解放されたブレアによる攻撃を見た瞬間に、ハルは一目散に逃げ出した。
「ちょ、あんたどうすんのよこれぇ!」
「あ? んなもんお前がやれ!」
「な、せめてこれ外しなさいよぉ!」
ティアナは腕を前に突出し、手にまかれている縄を見せつける。
その言葉にも立ち止まることなくハルは走り続ける。
「んなもん、どうにでもできんだろ!」
止まるどころか手を振って見せるハル。
自分が逃げることしか考えていないハルの行動に、ティアナはあるだけの力を注ぎこんで叫んだ。
「あんたなんて、大っ嫌い!!」
「愛してるぜ、王女様!」
「最っ低!!!」
そういって走り去るハルを止めるすべもなく。
ティアナが自分でどうにかしなければならない事実が現実味を帯び始めた時、聞きなれない1つの声が響く。
「……流鏑馬」
「え?」
突如、砂埃が巻き上がり、ブレアの姿が見えなくなった。
割って入ったその声にハルは足を止め、振り返り、状況を理解する。
「何が起こったの……?」
ティアナが声のした方向へ視線をやると、刀を片手に持つ1人の少女が優雅に歩いていた。
腰まで長く綺麗な銀髪。
紫がかったサクラの髪飾りをしており、瞳の紫と伴い、夜桜を体現したかのような妖艶な姿であった。
「貴女……」
ティアナにはその姿に見覚えがあった。
今日の昼休憩の時、視界の端に映った少女が、そこにいた。
謎の美少女はティアナから一歩下がった場所で足を止めた。
そしてハルを真っ直ぐと見つめ、鈴のような声で呟いた。
「……お兄様」