第98話 チームメイトの激励
本日三話目の投稿です
「さあ!! 始まります魔術格闘祭個人トーナメント本戦!! 先日行われたチーム戦決勝戦に続き、本選も大いに盛り上がることが予想されます!!」
会場を湧き上がらせる司会の声を聴きながら、ハルは控え室で静かに闘志を燃やしていた。
「お兄様」
1人で固まっているハルに、レイは静かに声をかける。
動くことなく、答えることの無い兄の隣に、レイは静かに腰を下ろした。
「準備はできておりますか?」
「できてるように見えるか?」
顔を動かすことなく、視線さえもよこさずに質問に質問を返すハルに、レイは笑顔で答える。
「はい」
「お前なぁ……」
呆れたように言葉を吐き、体を起こしたハルに、レイは微笑み続けた。
ようやく向けた視線の先にある妹の笑顔に、ハルは溜め息を吐く。
「……母親は?」
「ドレット先生と共に観賞するようです」
悩みの種であるフィーネについての話題に、レイは動揺することなく返して見せる。
数日で随分成長した妹の頭を、ハルは優しくゆっくり撫でる。
「お兄様?」
「気張んなよ」
肩に力が入っているレイに、ハルはポツリ、と呟く。
兄の手から感じる温かさに身を委ねるレイは、眼を閉じ、自然と全身の力を抜き始めた。
2人が互いに緊張をほぐし合っている時、扉が勢い良く開き、ティアナが入ってきた。
「ハル! レイ!」
上機嫌なティアナは、チーム戦決勝戦の時と同じ場所に座る2人を見て、更に雰囲気を明るくする。
「そろそろゲートに移動するわよ」
「あー……」
ティアナが2人の後ろに回りながら発した言葉に、ハルは曖昧な言葉を返す。
不思議に思ったティアナは2人の空気が僅かに重い物だと気付く。
「やっぱり、気になるの?」
「いや、そういうんじゃねぇけど」
フィーネについて、躊躇うことなく踏み込んでくるティアナに、ハルは背を向けたまま否定する。
はっきりと断言しない2人を、ティアナは後ろから抱きしめた。
「は!?」
「な、なにを!?」
同時に抱き付かれた2人は慌ててティアナを見た。
2人の視線の先にあった彼女のその表情は、穏やかで優しいものだった。
「大丈夫よ。2人の強さは私が補償するわ」
ティアナは笑顔で兄妹を肯定する。
2人を開放し肩に手を置くティアナに、ハルは視線を逸らし、レイは俯く。
「そうじゃねぇって」
「なんたって、私のチームメイトだもの!」
2人の顔を上げさせ、微笑んで見せるティアナの笑顔は、普段より数段輝いて見えた。
その表情に眼を奪われた2人は、ティアナの導くまま立ち上がり、ゲートへと向かう。
「大丈夫。お母様だって認めてくれるわ」
2人と手を繋ぎ、東ゲートで待機するティアナは、再度2人の背中を押す。
レイは照れるように視線を逸らし、ハルはティアナを見下ろす。
「バカめ。それくらいわかってる」
「そう?」
舌を出し、自分をバカにするハルを、ティアナは笑って受け流す。
普段の反応ではないティアナに、ハルは微笑んだ後手を離し、彼女の背中を叩く。
「わっ!?」
「お前も、気張んなくていいんだよ」
驚いたように見上げてくるティアナの頭を、ハルは乱暴に撫でまわす。
「あ、あんたねぇ!」
「バーカ」
髪を整えながら掴みかかってくるティアナを、ハルはもう一度罵倒する。
しかしその顔はとびきりの笑顔で。
ハルの表情にティアナは眼を見開き、前を向いた。
「さあ!! Aブロック一回戦対戦者は、ハル選手対シーク選手だ!!! 両者とも、チーム戦決勝ではサポートに回っていましたが、個人戦ではどのような戦いを見せるのでしょうか!!??」
司会に煽られた客席からの歓声に包まれた会場を見て、ハルは拳を強く握る。
ティアナとレイは、ハルの背中を押し、一歩踏み出させる。
そのまま止まらず、ハルは振り返らずにフィールドへ足を踏み入れた。
「行ってくる」
「「いってらっしゃい」」
力強く踏み出したハルは、フィールド上にてシークと対峙する。
片手にランプを持ったシークに、ハルは嗤って見せた。
「こんにちは、先輩。お手柔らかに」
「おはよう、後輩。本気で行こうぜ」
嗤い合う2人の表情は晴れやかで、一切の遠慮が感じられない。
2人の間に冷たい風が吹き、ゲートからそれぞれ元チームメイトが見守る。
神経を研ぎ澄まし、相手を観察し続ける2人の耳に、待ちわびた言葉が届いた。
「両者、気合十分!! Aブロック1回戦、スタートです!!!」