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苦手な方はご注意ください。

ざまぁシリーズ

好きの反対は無関心とよく言ったもの

作者: 大小判

ありふれた令嬢&ざまぁものに挑戦してみました。疑問や感想、ご指摘などをお待ちしております。






「シャーロット・ハイベル! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 それはある日突然謁見の間に呼び出された日の出来事だった。

 王国の筆頭貴族、ハイベル公爵家の令嬢として生まれ育ったシャーロットは全てを持っていた。


 海のような蒼い瞳と豊かな金髪、王国の白百合とまで称される美貌と次期王太子妃としての見識と人望。そして何よりも、自分を厳しくも慈しんでくれた両親や幼少の頃から共に育った幼馴染に十全の信頼を寄せていた従者。

 公爵家の後継ぎとして研鑽を積む傍らで可愛がってくれた兄に素直で実直な弟。共に笑いあった友人たちや慕ってくれていた領民たち。次期王妃として期待を寄せてくれた国王夫妻に、共に支え合い国の為に尽くすと信じていた愛する婚約者。何の疑いも無い、愛する人たちと歩んでいく未来を、シャーロットは持っていたのだ。


 あの少女が現れるまでは。


 リリィ・コナーという平民の少女がハイベル公爵家に引き取られ、シャーロットが通う貴族院に編入してきたのはたった1年前のこと。王国に代々伝わる聖女と同じ、破邪の魔法を持って生まれたリリィを魔人族に対する抑止力として王族に近しい立ち位置に据えるのは王国としては正解だった。シャーロットも突然現れた義妹に戸惑いつつも受け入れ、周囲が自分にしてくれたようにリリィを慈しんだつもりだった。


 しかし、シャーロットの幸福はリリィ・コナーが・リリィ・ハイベルに改姓するのを機に陰を落としていく。

 学院に通い出したリリィは多くの貴族男性を魅了していった。それは有力貴族だけに留まらず、婚約者の居る男性……シャーロットの婚約者である王太子や書類上は兄弟であるはずの兄と弟、シャーロットの従者までもがだ。

 彼らはリリィの気を引くために競うように贈り物をし、突然貴族の世界に放り込まれた彼女に夜会のルールや貴族の作法を教えるという名目で遊びに連れまわした。

 

 未来の重役であり学院の生徒会執行部だった王太子とその側近たちはその役目を放棄し、教師たちはあからさまにリリィを贔屓し始めた。両親や兄弟、従者やメイドはシャーロットに見向きもしなくなり、リリィにばかり構うようになった。

 半年も経たずに王国の人気者になったリリィ。しかしそれは仮初の姿。実際のところは、リリィは誰もが認める優しく愛らしい少女などではなかった。人の心の機微に敏感で、その隙間を埋めるように入り込む天才。それがプラスにのみ働くかと言えば、答えは否。


 ただ我意あるのみ。誰にも憚れることなく、大勢の美青年に囲まれ、贅沢三昧したいだけという理由で国を狂わす悪女。醜い欲望を愛らしい外見で覆い隠した女……それがリリィの正体だった。そんな彼女にとってシャーロットの存在は邪魔でしかなかった。


 リリィに時間と富をつぎ込まれる事で生まれる問題の尻拭いをすべてこなすシャーロット。それだけならリリィも目障りに思わなかっただろう。だがシャーロットはリリィの一番のお気に入りである王太子の婚約者であり、自分よりも遥かに美しい容姿をしていたのだ。その上極めて聡明かつ優秀とくれば、認められない嫉妬心が溢れ出るのは当然と言えば当然の事。


 だからこそリリィはシャーロットを孤立させたのだ。全てはシャーロットを貶めるために。


 リリィへの貢ぎ物や無計画な炊き出しによって食いつぶされる国税を財務大臣に相談し、山のように積まれた書類に忙殺され、増税に苦しむ国民や溢れかえる失業者達に仕事を紹介したり、婚約者たちのリリィとの浮気に傷ついた令嬢たちのフォローをしたりと、立ち行かなくなりつつある国の為にシャーロットが奔走する中、リリィは悪意を国にばら撒いていた。


 ある日、リリィが階段から転落した。

 軽傷ではあったものの、一体どうしたのかと慌てて問い質す王太子や公爵一家の前で、リリィは我慢できないとばかりに大きな瞳から涙を零して、シャーロットに酷い苛めを受けていると告白する。


 曰く、教科書を破かれた、王太子と親しくするリリィに耳も塞ぎたくなるような罵詈雑言を並べた、両親や国王夫婦の関心を買うリリィに嫉妬して頬を強く打擲(ちょうちゃく)した、全身に水を掛けられた、パーティーでわざとドレスにワインを掛けられた、終いには今回の転落騒ぎ。その上、人間族と敵対関係にある魔人族と繋がりがあるという、根も葉もない容疑まで掛けられることとなった。

 冷静に事実確認をすれば、仕事に忙殺され、その証人も多く居るシャーロットがリリィを苛める時間などあるはずもないのだが、彼女によって腑抜けにされた、シャーロットよりも身分の高い者たちはあっさりとリリィの言葉を信じてしまった。


 そして、シャーロットは愛する王太子から婚約破棄を言い渡される。


 身に覚えのない苛めに自分がやったという証拠を求めても全て「リリィがそう言った」という証拠にならない被害者証言を押し付けられ、終いにはリリィがどれだけ素晴らしい女性で、シャーロットがどれだけ卑しい女であるかを聞いてもいないのに、よりにもよって愛する人たちの口から聞かされた。


『君のような聡明で美しい婚約者がいて、私は幸せだよ』

『流石はシャーロットだな。お前のような妹がいて、兄は鼻が高い』


「お前のような男を立てることも知らずに有能さをひけらかす女が傍にいては、私の心は休まることは無い!」

「いつもいつも妹と比べられ、追い立てられる兄の気持ちはお前にはわかるまい。消えてくれて清々するよ」


 愛していた。一途に国と民を想う兄と王太子を、妹として、伴侶として愛していたのに、今では嫉妬と侮蔑に塗れた視線と言葉を投げかけてくる。

  

『見ていてください、姉上! ボクはいつか、兄上や姉上を守れる騎士になって見せます!』

『身寄りを無くし死を覚悟した私を、シャーロット様が救ってくれました。このご恩は、一生を掛けて報いて見せます』


「姉上がそのような卑劣な行いをするとは思っていなかった! 二度と顔も見たくない!」

「貴女のような人に仕えていたことは、私の人生の汚点です。せめて苦しみながら死んでくださいね」


 透き通った瞳で慕ってくれた弟と、かつて命を救った従者からはまるで汚物を見るような目を向けられた。


『あぁ、私の可愛いシャーロット。私の元に生まれてきてくれてありがとう』

『こんなに出来た娘に育ってくれて……シャーロット、お前は私たちの誇りだ』


「うぅ……! どうしてこんなに娘に育ってしまったの……!? リリィはあんなに良い娘なのに……!」

「お前はもう私たちの娘でも何でもない! 二度と家名を名乗るなっ!」


 いつだって優しく、時に厳しく、無償の愛情を注いでくれた両親からは勘当を言い渡された。


『シャーロット様、今度我が家でお茶会が催されるのですが、シャーロット様も如何ですか?』

『シャーロット様! 貴女がお国に掛け合ってくれたおかげで、俺たちは安心して水が飲めます!』

『他の令嬢と比べても、やっぱりシャーロット様は違うなぁ。何より優しいし』


「この性悪女めっ! よくも俺たちを騙しやがったな!!」

「国から出ていけっ! この淫売っ!」

「二度と国の土を踏むんじゃねぇ! 糞アマが!!」

「そんな女さっさと殺しちまえばいいんだ!!」


 誰一人として味方の居ない法廷で王が、家族が、婚約者が、学友が、民が、愛した人たちが過去などなかったかのように罵声を浴びせる。一瞬、まるで知らない人々に囲まれたかのような錯覚さえ覚えるほどだ。

 それでも、この時まではシャーロットはまだ彼らの事を信じていた。私は本当に何もやっていない、真摯に話し合えばきっと分かってくれるはず。シャーロットは海のように深い色の瞳から大粒の涙を零しながら訴えた。


「わ、私は本当に何も罪を犯してはおりません……お願いします、皆様……どうか私を信じてください。そして冷静さを取り戻し、今一度此度の件を調べなおしてください……お願いします……っ……お願い……信じて……っ!」

「まだ言うか! そのような言い訳聞きたくもないっ! 衛兵! この悪女を牢へ放り込め!!」


 しかしその必死の訴えは誰の心にも届くことは無かった。噓泣きをしながら王太子の胸に顔を埋め、シャーロット以外の誰にもばれないように口を三日月状に象るリリィが、この世のものとは思えないほど醜く思えた。

 煌びやかなドレスから囚人が着る襤褸に無理矢理着替えさせられ、地下牢で鞭に打たれる度、シャーロットは悲鳴を上げ、拷問係はそれを楽しむかのようにペースを上げる。貴族令嬢として大切に育てられてきたシャーロットには想像もできない日々の中で艶やかな髪は輝きを無くし、誰もが羨んだ白い肌には一生消えることのない裂傷が刻まれた。




 やがて涙も枯れ、鞭で打っても反応しなくなったシャーロットに拷問係が飽きてきた頃、シャーロットは国外追放の刑に処され、牢から出されてボロボロのまま国境の外の森、人外魔境と呼ばれる魔人族の領土へと投げ捨てられた。


(どうして……どうしてこんなことに……お父様……お母さま……殿下……)


 両手両足の爪を剥がされ、激しい拷問の末に起き上がる事も出来なくなったシャーロットは白ずむ意識の中でかつて愛していた……今はただ憎悪の対象でしかなくなった人々を思う。牢獄に居た時も、きっといつか誤解が解けると心の何処かで考え、それを拠り所にして必死に命を繋いできたが、それすらもあっさりと裏切られた。


「う……ぅぅぅ……ぁぁぁぁ、ぁああああ……!」


 穏やかで優しく、慈悲深かったシャーロットは死んだ。

 復讐がしたい。自分を裏切った者や貶めた者に目にものを見せてやりたい。しかし現実は残酷なもので、思い一つでは体を動かせないほどシャーロットは疲弊しており、貴族ではなくなったが故に何の力も無いことを彼女自身が一番理解していた。

 そして何より、彼女は疲れ切ってきた。襲い来る微睡が死に直結するものだと知っていても、それに抗う術がない。ゆっくりと瞼が下りようとしたその時、ズシンズシンと大きな足音が近づき、大きな影がシャーロットを覆う。


「何だぁ? 女かぁ?」


 2メートルを優に超える緑色の巨体と漆黒の双角。とても人間では持ち上げることが叶わない巨大な金砕棒を軽々と持ち上げる人間族とは別の人類。


(魔人族……それもオーガが……)


 一種族だけで構成される人間族と違い、魔人族は多種多様な種族で構成された混成コミュニティだ。その中でもオーガは絶大な戦闘能力と好色さで恐れられる野蛮な種族とされ、女性がオーガの前に立てばありとあらゆる意味で人生が終わると言う。しかしかつてのシャーロットならともかく、今の彼女は拷問の末に見るに堪えない姿だ。こんな姿では見逃されるか、徒に殺されるか、もうどっちでもいいと投げやりなシャーロットだったが、オーガの反応は予想外のものだった。


「よく見りゃ上玉じゃねぇか。気に入った、俺の子袋にしてやるよ」


 思わず絶句した。声が出せないほど疲弊していたが、それでも絶句した。オーガはまず外見で区別するのではなく、性別で区別して犯すか殺すかを決めるのだとシャーロットは思いこんだ。

 まるで荷物を持つかのように胴体を鷲掴みにされ、森の開拓村であるオーガの住処に運ばれると、物でも洗うかのように身綺麗にされ、怪我の治療を受けると、彼女の純潔は無残に散らされた。

 体のサイズの違いからくる暴力のような性交に抵抗することも叶わず、これまで誰にも見せたことのないあられの無い姿を晒しながらオーガの精を受け止めることしかできない。


「ぎゃはははは! 俺の目に狂いはなかったな。良い具合だったぜ! 明日もヤってやるから今日は寝てな」


 秘部から破瓜の血と汚濁を垂れ流しながら寝具に横たわるシャーロットは絶望していた。復讐することも叶わず、ただこのまま死ぬまでオーガの慰み者になるしかない境遇に、枯れたと思っていた涙が零れ落ちる。栄えある貴族からどん底まで堕ちてまで生にしがみ付くのは、胸を焦がす憎悪がそうさせるのだと、この時のシャーロットは思っていた。 


 宣告通り、毎日のようにオーガに犯されるシャーロットだったが、それが1週間も続けば周りを見る余裕が出てきた。どうやらシャーロットを拾ったオーガは一族の中でも最高位に就く族長と呼ばれる立場らしい。巨体揃いのオーガの中でも一際屈強で、粗暴で粗忽な乱暴者といった雰囲気だが不思議と皆に慕われるようだ。


 そして何より意外だったのは、この集落には女性や子供の数も多く、彼女たちは皆生き生きとした表情で狩りや抗争に出かけたオーガたちの送り迎えをしている。それは何処にでもある村のような風景だ。


 意外にも長閑な集落、その中でも一際大きな族長の家の寝室からシャーロットは動けずにいた。拘束されているわけではない。部屋には鍵など掛かってはいないし、体力も十全。窓は開きっぱなしだ。ただ動く気力が無いだけ。


「おら、なーにブスッとしてんだ。これ食え、美味いぞぉ」


 そんな彼女を族長は飽きもせずに相手をしていた。巨大な猪の肉を持ってきては強引にでも食べさせようとして、抵抗になっていない抵抗を繰り返すシャーロット。尊厳という尊厳を傷だらけにされた上に、玩具のように扱われるのは我慢ならなかったのだ。その反応を楽しむかのような族長の頭を若々しい人間の女性が引っ叩いた。


「何やってんだい! こんな線の細い子にデカい肉なんて持ってきて! もっと食いやすいものを持ってきな!」

「お袋……いや、だって反応が楽しくてよ」

「好きな娘苛める子供かあんたは! いいからさっさと果物でも持って来い!」

 

 バツの悪そうな表情で逃げるように部屋から出ていく族長。

 シャーロットは瞠目する。魔人族の成長については詳しくないが、少なくとも成人している息子がいるにしては若々しい上に、人間がオーガの母になれるものなのかと。族長の母はそんな視線に気づいたのか、苦笑しつつも気にした様子も無く疑問に答えた。


「オーガは男しかいない種族だからねぇ、他の種族の女と結婚する風習があるんだ。あたしも昔はただの村娘だったんだけど、村を侵略しに来た夫に見初められて、そのまま結婚。気が付いたら堕天してたよ。もう50は過ぎたおばさんだってのに、見た目もその頃から変わらなくなっちまってねぇ」


 堕天とは人間族が広く信仰する聖教の用語で、魔法薬や儀式で人間族や天使族が魔人族と化すことを指す。この世で不老の種族は魔人族と天使族のみ。つまり彼女は本当に族長の実母なのだろう。


「ここに来てからずっとあの子にがっつかれて疲れただろう? まったく、あの子はウチの人に似てデリカシーってのが無いんだから」

「いえ、そのようなことは」

「あーいいのいいの、気を使わなくても」


 族長という立場にいるオーガにこの物言い。思い返してみると、以前オーガの戦士がフライパンを持った女性に追い掛け回されていたこともあった。この集落……というよりも、魔人族は人間を敵として見ているのではないのかと疑問に感じ、それを族長の母に聞いてみる。


「あたしも最初はそう思ったさ。人間族や天使族は魔人族を野蛮な種族としているしね。でも実際に嫁いだ身から言わせてもらえば、人間族も魔人族も大差ない。しょーも無いことで喧嘩したり、酒飲んで笑ったり、大切な人が逝っちまえば泣くし、友達が喜べば嬉しくもなる。どうだい、人間族だってそうだろ? その上魔人族は縁者や経歴を気にせずに個人を見る主義だ。稀代の犯罪者の息子が喝采を浴びる大英雄になったことだってあるんだよ。あんたも悪い子じゃないってわかるし、種族がどうのこうの気にする魔人族は稀だねぇ」


 カラカラと笑う族長の母。それは濡れ衣を着せられ、国を追われたシャーロットの心に沁みるものがあった。


「あの子はここに来てからずっと元気のないあんたを元気づけようと必死なのさ。まぁ、やり方は雑だけどね」

「どうしてあの人は会って間もない私にそこまで……?」

「ただの一目惚れってやつさ。その上強引だから始末が悪い。でもオーガは直感で動くけど、一度懐に入れた相手はとことん大事にする。あんたはもう、あの子の懐に入っちまってんだよ」


 豪快過ぎる。真っ先にそうそう思ったのは、常に腹の探り合いを求められる貴族として生まれ育ったシャーロットだからこそだ。だが族長の母の言う通りだと思うと、冷えた心に温かいものがこみ上げてきた。強姦されたことを許す気はないが、それでも根っからの悪い人ではない。不愛想を貫いていたシャーロットに不機嫌な様子を見せなかったのはそういう事なのだろう。


「あたしからもあの子によく言っておくからさ、あんたもただ黙ってるだけじゃなくて、言いたいことをズバズバ言ってやりな。その方があの子も喜ぶし、あんたも気が楽になるだろ。せっかく可愛い顔してるのに、何時までも膨れっ面じゃ台無しだよ?」


 それからというもの、シャーロットは族長の見方を少し変えてみた。

 強引な押しは相変わらずだが、シャーロットが本気で拒否すれば子犬のような表情を浮かべて引き下がる。どこか寂しげで、どこか嬉しそうな顔だ。逆に憮然と受け入れれば子供のような笑顔を見せた。喜怒哀楽がはっきりとした、族長は裏表のない人だと、シャーロットは初めて知ったのだ。


 宴会の席にも積極的に誘ってきた。族長はいつもシャーロットを傍らに置き、見るも絶えない下品な踊りや、水でも飲むかのように酒を呷る姿に初めは顔を顰めたが、その騒がしく明るい雰囲気につられて、気が付いたら声を出して笑っていた。


 何時も部屋に引き籠りがちのシャーロットを、族長は森一番の絶景が見える場所へと連れて行ってくれた。どうやら族長の母のアドバイスをそのまま実行したらしい。渓谷に溶け込むかのように落ちる夕陽と、朱く照らされた森に見とれていると、族長は「どうだ! また来たくなっただろ!」とどこか自慢げに胸を張る。気が付くと、シャーロットは族長の事を認めていた。


 粗野で粗暴な性格だが、どこか憎めない豪快な族長が一途に向けてくる愛情にシャーロットが絆されたのはある意味必然だったのかもしれない。貴族として常に紳士的な美青年の多い環境で過ごし、彼らが手のひらを返した時の醜さは今でも彼女の記憶に刻まられている。

 それに比べて、姿や肌の色が違っても裏表もなく、豪快で逞しいオーガはシャーロットには新鮮に見えた。自覚のないまま、貴族生活に疲れていたのかもしれない。王国に比べて、魔人族と過ごす日々がシャーロットにとって居心地の良いものになっていた。


「子を身籠りました」


 集落に来て3ヵ月が経ち、族長の母を含め多くの者と親交を築いていたシャーロットは、懐妊したことを族長に告げた。

 正直に言えば、シャーロットは怖かった。集落の女衆に混じって仕事をし始めたものの、令嬢として育った彼女の仕事効率ははっきり言って悪い。毎日のように族長に抱かれることで何とか立場を保っているように思っていたので、長期に渡って抱く事が出来ないと分かればまた捨てられるかもしれない。温もりに触れても、裏切りの傷は未だ癒えてはいなかったのだ。


「良くやった!! お前ら! 宴の準備だぁ!! 俺の家内が俺の子を身籠ったぞ!!」


 そんなシャーロットの不安を族長は豪快に吹き飛ばす。

 全ては彼女の杞憂だった。かつて失ってしまった未来とは少し違うが、今のシャーロットには全てを受け入れてくれる人たちとの幸せを手に入れたのだ。それに気づいた時、シャーロットは泣いた。悲しみの涙ではなく喜びの涙を、族長の腕の中で流し続けた。




 一方、シャーロットが国外追放されてからというもの、王国は荒れに荒れていた。

 シャーロットによってギリギリのところで保たれていた財政を遂に破綻し、王太子のリリィへの貢ぎ物で食い潰される国庫をみて、共倒れを恐れた財務大臣は夜逃げ。値上がりする税に民は飢え、栄えていた王都に難民が溢れかえってようやく原因がリリィと、王太子を筆頭にした取り巻きが原因であると気付いた時、彼らは失ってしまったものに気が付いた。


「シャーロット様は何処に行っちゃったの?」


 ボロボロのぬいぐるみを抱いた痩せこけた少女を、ハイベル公爵は見覚えがあった。そして唐突に思い出す。絶縁した娘が支援していた孤児院に住み、娘は少女が造った不格好な花冠を頭に被せて穏やかな笑顔を浮かべていたことを。


 ――――シャーロットは本当に罪を犯したのか? 


 公爵家の財産のみならず、国庫すら食い潰す義娘は家を見放し、王宮に入り浸っては民のことなど考えずに毎晩のように夜会を催している。追放から3年、曇りのない瞳から涙を零すかつての娘の姿が頭から離れず、気になって一連の事件を調べ直した。


 するとあっさりとシャーロットの無実を示す証拠や証言の数々が公爵の元へ集められた。リリィが危害を加えられた日時と、シャーロットが山ほど抱えていた書類の作成日時の齟齬に始まり、3年前王族や高位貴族の圧力を恐れた身分の低い者たちから涙ながらに謝罪とアリバイ証言を受け取った時、ハイベル公爵は思わず脱力した。こんな簡単な事実確認すらせずに何一つ非の無い実の娘を寄って集って断罪したのかと。


 魔人族との繋がりにしてもそう。宰相として王城に勤めるハイベル公爵は王都に家族全員で暮らしている。王都は国のほぼ中心、敵国である魔人族領との手紙や人の出入りは徹底的に監視し、記録される。そして少なくとも過去10年以内、シャーロットが国外へ手紙を送ったり、国から出た形跡は一切なかったのだ。


 シャーロットの無実を知り、全てリリィに踊らされていたと分かった時、ハイベル公爵はこの事実を家族に伝えた。


 妻はショックで寝込み、毎日のように絶縁した娘の名前を呼びながら泣いた。かつて妹に嫉妬していた長男は仕事に手が付かなくなり、真っ直ぐな気性の次男は秘密裏に魔人族領を探索するようになった。かつてシャーロットに命を救われた従者は誰も使われることのなくなった空き部屋を掃除するようになり、彼女を慕っていた者たちは悔恨に呑まれた。

 

 嘘が見破られたリリィは逃げ足だけは速かった。まるで煙のように王国から消えた彼女を捜索したがそれも空しく、リリィが自ら化けの皮を剥がした事で、王太子もようやく目が覚めた。そして国の現状を知り、婚約者を拷問の末に魔人族がいる魔境に放り出してしまったことを思うと、王太子の心にいっそのこと狂ってしまいたい程の空白と後悔が去来する。


 確かにシャーロットは王太子よりも有能で、それに気後れしていた。それでも彼女が婚約者であることに不満などなく、むしろ誇らしく思っていたのに。そこには確かに、男女としての愛があったはずだったのに。

 無償にシャーロットの笑顔が恋しくなった。恋は盲目とはよく言ったものだ。ぽっと出の娘に誘惑され、あろうことか本当に愛する女性を捨ててしまうなんて。

 

 どうしてシャーロットを信じて上げなかったのか。そんな後悔だけが胸を過る。

 自分たちが3年前、彼女が向けてくれた愛や信頼、持っていた希望や未来、尊厳も何もかも踏み躙り、負の感情だけを向けてズタボロになった彼女を野蛮な魔人族が住む地に投げ捨てた。この荒れる国の現状は、自分たちに対する罰なのか。




 そんな時、シャーロットは王国に帰ってきた。

 否……王国を侵略しに来た。

 族長の戦友であり、魔人族の盟主である魔王が元は敵対国の公爵家であり内情にも明るいシャーロットに目を付け、自軍の消耗を抑えつつ交渉を以てして屈服できないかと話を持ち掛けてきたのだ。

 その話を受けた族長と王国の地形を知り尽くしているシャーロットは、屈強なオーガの軍勢を率いて王都を攻める。王国軍が必死に抵抗するも、国の疲弊は軍隊にまで及び、なす術もなく瞬く間に城は落とされ王都は占拠された。


 こんな時こそ破邪魔法だと期待の大部分が寄せられていたリリィは逃げ出し、民の怒りは爆発した。こんな時の為に王族と同じような扱いを受けたのではないのか、俺たちの税金を返せ。そんな罵倒が民衆から上がる中、シャーロットは大人しく恭順を示せば命と財産、尊厳の保証をすると公言する。その他にも税金の値下げや職の斡旋などの勧誘文句を広めると、王国民は一斉に王族や貴族を見捨て魔人族に平伏した。


「御機嫌よう、国王陛下。並びに王妃殿下、王太子殿下。ご無沙汰しております」


 住民に見放され、守護者である兵や騎士は悉く倒された王族やハイベル公爵家を筆頭とした有力貴族は捕らえられ、王城の謁見の間に集められていた。屈強で獰猛な笑みを浮かべながら彼らを囲むオーガたちの間から現れたシャーロットに、王太子やハイベル公爵たちは眼を剝いた。


「シャ、シャーロット……!? い、生きていたのか……!」


 3年ぶりに見る婚約者は、愛らしい少女から美しい女性へと成長を遂げていた。顔に刻まれた拷問の痕すら彼女の美貌を彩る装飾と化し、淑女の鏡と称された作法は今も健在だ。


「姐さん、こいつらどうするんです?」

「敵の首魁の首を取ってこそ勝鬨が上がるってもんですぜ」

「そうですね……どうしましょうか」


 だが今目の前でオーガに信頼と友愛の目を、人間には無機質な眼を向けるシャーロットを見て、彼らは知ってしまった。もう昔の、慈しむような眼を向けられることは無いのだと。


「あ、姉上……! どうして、どうして貴女が魔人族と……!?」

「どうして? 可笑しなことを聞くのですね。私は3年以上前から魔人族との繋がりがあったのでしょう?」

「そ、それは冤罪で」

「はい、冤罪でしたね。少なくとも3年前までは。でも今は違います。私は堕天し、栄えある魔人族の一員として活動しています」


 一切の感情の起伏の無い声色で告げられた事実は、王太子や公爵家の心を引き裂いた。自分たちの浅はかさがシャーロットを堕天させたのだと、改めて認識させられたのだ。


「シャーロット様! お気を確かに! 魔人族など、信頼してはなりません!」

「少なくとも、貴方よりかは信頼できると思いますが?」


 従者だった男は押し黙った。色香に惑わされ、身命を賭して恩に報いると誓った主を手酷く裏切ったのは自分なのだから。 


「シャーロット! 俺たちは家族として……!」

「家族? 私の家族は旦那様とお義父様、お義母様。そして子供たちです。貴方たちとの縁は全て断たれたはずですが? 絶縁するというのは私の聞き間違いでしょうか?」


 興味が無いとばかりに淡々と答えるシャーロットの言葉にギョッ! と目を剥いたのは王太子だった。生きているのなら、どんな手を使ってでもこの腕の中に取り戻したいと願っていた愛しい婚約者が、この3年で結婚し、子供まで居るというのだ。グラリと、床が崩れる感覚に襲われていると、一際屈強なオーガ、族長が現れ、シャーロットの肩に腕を回すと、人間族の数倍はある巨大な舌で麗しい顔を舐めずり回した。


「おいおい、シャーロット。この兄ちゃんがお前の元婚約者だって? ぎゃははははは! 今になって俺の子袋を物欲しそうに見やがって、嫉妬しちまうじゃねぇか、えぇ?」

「き、貴様! シャーロットから離れろ!」


 愛しい女性が醜悪なオーガに穢されていると思ったのか、王太子はいきり立つように怒鳴り声を上げた。


「やん。駄目ですよ、旦那様。今はお仕事中なのですから、そういうことは今夜ひっそりと」

「ぎゃははははは! 相変わらず釣れねぇ奴だ! 抱いてやってる時はあんなに素直なのによぉ!」

「もう、旦那様ったら。この子は女の子かもしれないのですから、もっとデリカシーを覚えていただかないと」


 窘めるも嫌がる訳でもなく、むしろ心底嬉しそうな表情で族長の愛撫を受けるシャーロット。先ほどの怜悧な視線はどこへやら、熱に浮かされたかのように蕩けた視線をオーガに向け、僅かに膨れた腹を優しく撫でる姿を見て、王太子は愕然とする。


(な、なんだあの表情は? あんな顔、今まで一度も……!)


 何時も淑やかな微笑みで暖かな視線を向けてくれていたが、本気で恋する少女のような目を向けられたことは無い。いや、それは貴族の仮面に隠されていた熱視線を王太子が気付かなかっただけ。かつての彼はその視線を見下されていたものと信じ込み、確かに向けられていた愛情ごと踏み躙り、消したのだ。


「さて、少々無駄話が過ぎてしまいましたが、本題の前にこちらを」

「ひっ!? そ、それはリリィっ!?」


 一人のオーガがハイベル公爵の前に持ってきたのは、塩漬けにされたリリィの首だった。その両目は抉り取られ、死してなお苦悶の表情を浮かべている。


「恐れ多くも魔王様を誘惑し、国庫で私腹を満たそうとしたとして、お怒りになられた魔王様がその場で処刑なさいました。ご息女の事はお悔やみ申し上げますが、それも王を貶めようとしたが故だとご理解ください」

 

 まるで他人事……事実そうなのだが……のように義妹の無残な遺体を親の前に差し出すシャーロット。


「遺体がそれだけしか残されていませんでしたが、遺族へ返還します。言い訳にはなりませんが、それほどまでに魔王様のお怒りはすさまじかったのです。魔人族は一夫一妻主義で、伴侶は唯一無二の宝物であるという思想が根強い。魔王様もその例に漏れず、愛する魔王妃様を裏切れと唆したリリィ様をお許しにならなかったのでしょう。………だからあれほど、伴侶や婚約者の居る男性とは距離を保つよう忠告しましたのに」


 然程困った様子もなく頬に手を当てる。シャーロットはまるでこちらに関心のない、とびっきりの営業スマイルで告げた。


「これよりこの国は魔人族領土となる事が決定しました。魔王様は慈悲深くも、恭順を示すならあなた方の財産と命、尊厳を保証なさいますが、王国法は全て撤廃、魔人族の法と治世のもとで暮らしていただきます。王族としての権限を剝奪、一貴族として魔人族の為に貢献してください。尚、反逆には一切容赦しないとのことですので、悪しからず。そして国内にある聖教所縁の施設は全て取り壊し、聖職者も国外へ追放しますので」


 それは事実上、魔人族の言いなりとなって民を纏める一領主となれと言うこと。殺さなかったのは、魔人族を悪とする聖教に対して信心深い人間族を纏めるには、魔人族よりも失墜した王族の方が今はまだマシだからだろう。


「ま、待ってくれ! シャーロット!」


 報告だけ済ませて撤収しようとしたシャーロットを王太子は呼び止める。

 

「君にしてしまったことを自覚した時から、ずっと後悔していた。私はまだ、君の事を愛しているんだ! 頼む、もう一度私の元へ戻ってきてくれ!」


 熱の籠った愛の告白。それも美貌の王子からのものとなれば、万人の乙女が頬を染め振り返るだろう。だがシャーロットはスッと営業スマイルを消し、感情の籠ってない表情で王太子と向き合った。


「王太子殿下……いえ、元王太子ですね。貴方の戯言はともかく、これだけは言わせていただきます。未婚の男性が気安く女性を……それも既婚者を呼び捨てにするなどはしたないですよ?」


 遠回しに「貴方にはもう微塵も興味がありませんよ」と告げられた王太子は、ショックのあまり顔を床に突っ伏すこととなった。




 こうして王国は滅んだ。今は魔人族主導の元、平和な領地へと様変わりし、立役者である元令嬢はオーガの集落で夫と子供たちに囲まれて、末永く幸せに過ごしたという。ちなみに、元王太子によって幾度か誘拐騒ぎに巻き込まれては夫に救われ惚れ直したりするのだが、それはまた別のお話。



どうしてレイパーが良い人みたいになっているんでしょう……? 


ちなみにオーガと別種族の女性の子供は、オーガか母親の種族(魔人族として)の男女が生まれます。ちなみに性欲旺盛、年に1回くらいの頻度で子供を産ませたいらしい。


以下、簡単な人物紹介&出なかった設定。


・シャーロット・ハイベル

宰相を務める公爵家令嬢で王太子の婚約者だったけど、冤罪からの拷問、国外追放の後にワイルドで豪快、裏表のないオーガがストライクゾーンになった人(以前は普通に紳士的な美青年が好みだった)。後に子沢山。


・族長

エロ同人誌に出てきてもおかしくないオーガ。最初はオークにする予定だったけど、オーガの方が逞しそう(色んな意味で)だったので、そちらに変更。


・族長の母

肝っ玉お母さん。見た目は20代前半。子沢山。


・王太子

リリィに誘惑されて落ちぶれた人。無自覚に自意識過剰でご都合思考の持ち主。シャーロットが泣く泣く族長の妻をやっていると思い込んで何度も誘拐を企てる。


・リリィ

諸悪の根源。実は破邪魔法は単なる光の魔法というだけで魔人族に対する特攻は無い。他にも感情を増幅させる魔法(好印象を熱愛に、劣等感を憎悪にといった感じに)の使い手で、シャーロットを貶める。魔法でもどうにもならない状況に追い込まれた後、魔王の寵愛を求めて同じような手口を使うが、あっさりと見破られて殺された。





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― 新着の感想 ―
[一言] ざまあが弱すぎてすっきりしないな
[気になる点] クソみたいな胸糞描写に対してざまぁが弱い
[気になる点] 何度も誘拐騒ぎを←全然恭順してないのにその度許されてるのでしょうか? ただのストックホルム症候群の例題をファンタジー世界に持ち込んだだけ? [一言] 色々似たような作品たくさん書いてる…
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