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リベネとシャロン 〜冷徹少女と炎の剣〜  作者: らいらく
第1章 初心者少女と喋る剣
3/18

初心者プレイヤー・リベネ 2


「だるいなあ」


 リベネはぼそっと思わずつぶやいていた。

「今からばっくれたいな…」

 えっ、とぽかんとしたクナイの顔を見て、リベネは自らの失態に気がついた。


 あー、つい本音が。


「……という冗談で緊張を和らげようと思っただけです」

 苦しい言い訳で取り繕う。ついでに軽く手を振った。

「そんな顔しないでください」

「す、すいません。本気で言っているのかと思って」


 うん、うん、だいたい本気だけど。


 二人がやるべき内容は簡単だった。突撃して、アルターヌベアに殺されること。ベテラン三人が奇襲攻撃を成功させるために、ミジンコの二人はぷちっと殺され、おめでたくデスペナルティと死の痛み―—それも多分強烈な―—を食らうという寸法だ。

 やっぱ断ればよかったなー、とリベネは巨大なクマを見ながら思う。


 あれだ。

 今からなんか色々と理由つけて断ろうかな

 自分、生理中なんで無理です、すいません。とか?


 意外と名案かも――などと考えるリベネの心境も知らず、唐突に隣のクナイがしみじみとつぶやいた。


「僕たち、ラッキーですよね」


「ぇえっ?」

 腹の底から変な声がでた。

「ほら、ゲーム開始初っ端からランク2やランク3の人たちのパーティーに一時でも入れてもらえるなんて、すごく幸運だと思いません?」

「ま、まあたしかに」と、リベネは肩をすくめて同意するふりをしておいた。


 リベネがパーティーを組むことを承諾したのは、向こうからの勧誘がとにかくしつこかったこと、そしてランク1のひよっこ戦士には特別な措置があることが理由だった。

 死んでもパーティーに所属していれば、経験値分配をある程度受け取ることが可能なのだ。高ランク剣士3人とクナイとリベネ、計5人に経験値が分配されたとしても、相手はあのアルターヌベアだ。かなりの経験値がもらえるにちがいない。


 それ以外の感慨―—このパーティーに誘われた名誉感とか喜びとか、そういったものは持ち合わせていなかった。むしろ、クナイの純粋な喜び方には少し辟易する思いだった。


「ところで、クナイさん」

 アルターヌベアが寝転がるのを待つなかで、リベネは口を開いた。

「はい」

「死んだこと、あります?」

 彼は乾いた唇を軽くなめてから、困ったような微笑みをした。

「まだ一度もないです。神殿で蘇るってどういう感じなんでしょうか?」

「さあ。私もまだ死んだことなくて」


 リベネとしてこの世界に降り立ってから、ゲームの中では1日経ったが、現実世界では3時間程しか過ぎていないはずだった。まだ時間経過は確かめていないので、正確にはわからない。だが、死んだら、一度ゲームとの接続が切れ、リベネは現実世界のゲームセンターに設置されたVR専用ルームの中で目を覚ますので、そのとき時間を確認すればいいだろう、とリベネは思っていた。


「俺、チャパタウサギの突進ですら、痛いなあって思いましたもん。あのクマの攻撃なんか……」

「考えるだけでぞっとしますね」


 クナイがちらりと茂みの向こうへ目を向ける。

 その瞬間、彼の肩がこわばり、緊張が走ったのが見て取れた。


「痛いって思った瞬間、ささっとゲーム離脱になることを願いましょう」

「はい」


 リベネも茂みの向こう側をのぞくと、いつの間にかアルターヌベアが寝転がっていた。二人は目をあわせ、うなずきあった。

 リベネがクリスタルを振って「パーティーリーダー・マディス」と呟くと、紫の光が中心から溢れだす。脳裏に精悍な顔に髭を生やしたリーダーの顔を思い浮かべていると、やがて、向こうの茂みに隠れているランク3のマディスのクリスタルとつながった。


「リベネです」

『ああ』

「始めてもいいでしょうか」

『よし、今から10秒数えて行け』


 声を聞いたクナイは緊張と不安で青ざめた顔をしたが、気合いを入れるようにうなずき、広げた両手の指を折ってカウントダウンをはじめた。

「……なんかさぁ」

 指が四本折られたあたりで、リベネはふと口を開いた。

「リーダーって、あのひげ、自分でカッコいいとか思ってるんですかね」

「リ、リベネさん、まだ、通信っ」

「……あっ」


 紫の光がまだついていた。向こうに聞こえてたかもと思いつつ、連絡を切るためにクリスタルを揺すっていると、無性におかしさがこみあげてきた。思わずにやりとしてしまう。クナイもつられて破顔した。肩の力はもう抜けたようだった。カウントダウンが終わると、二人は右手の剣を握りしめ、茂みからひそやかにはいだした。


 仰向けに寝転がるクマとの距離を詰めると、茶色の剛毛におおわれたクマが眠っているのがわかった。

 リベネは頭上に剣をかかげ、全体重をかけて脚部へ剣を突き刺した。瞬間、アルターヌベアがかっと目を見開き、身をよじって咆哮した。

 剣を抜いてリベネは後ずさる。

 その時、隣でクナイが何かを言っているのが目で見てわかった。だが、クマの怒りに満ちた轟きがリベネの鼓膜を支配していた。


「―—聞こえません!」


 びぃぃん、痺れる耳が徐々に聴覚を取り戻していく。

 リベネは転がって、両腕を振りかざすクマの脇へ移動し、片膝をついてランク1の(もろい)剣を構えた。瞬間、クナイの悲鳴のような声が鋭く空間を切り裂いた。


「リベネさんっ、リベネさんっ!」

「なんですか!?」

「パーティーが、解除されてッ―—」


 悲痛な叫びは、アルターヌベアの長い爪がクナイを服ごと切り裂くと同時に止んだ。一撃、二撃と容赦なくクマの手が襲いかかる様子がスローモーションのように眼に映る。土の上にクナイがどっと倒れ込んでも、リベネは何が起こってるのかわからなかった。

 立ち尽くすリベネの前で、ずたずたになったクナイの傷口から白い火が噴きあがる。底をついた彼のHPが、アバターを光の欠片へと変え、その魂を現実世界へ強制送還しているのだ。


 アルターヌベアが獰猛な眼差しでこちらを見つめる。

 だが、リベネはその殺気に気がついてもなお、錆ついた釘が足にうちこまれたかのように、その場から動けずにいた。


「……え?」


 自分を敵認定したクマの存在などお構いなしに、確認の動作をふるった。間違いであれ、と祈りを込め、握りしめた左手で大きく十字を描く。


『あなたは現在パーティーに所属していません』


 断罪の宣告のように、電子音が頭蓋の奥で響いた。


「―—あいつらッ!」


 最初からこうするつもりだったのか。利用だけして、経験値は全く分け与えないつもりだったのか。

 ああ、くそッ、ちくしょう。あいつらが今どんな顔をしているか、考えるだけで激しい怒りがわいてきた。それだけでなく、こんなずるいやり方をする人がいること、しかもよりによって初心者プレイヤーを騙す奴がいる、ということに対し、言葉にできないほどのショックがこみあげてきた。


 アルターヌベアの背後へ、つい先ほどまでリベネが所属していたパーティー集団が近づいていた。

 いかにも頑丈そうな鉄の鎧が、木漏れ日を鈍く反射してリベネの視界を灼いた。その色は、排気ガスで汚れた雪にちょっと似ていた。


 パーティーの姿に気をとられたその瞬間、熊の棍棒のような右腕が地面と垂直になぎ払われた。よける間もなく、がつん!という衝撃が体の中心をまっすぐに貫く。小柄なリベネのアバターはまばらに立つ木の間をふっ飛んでいって、どこかの大木の幹に叩きつけられた。

 視界が暗転した。




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