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リベネとシャロン 〜冷徹少女と炎の剣〜  作者: らいらく
第1章 初心者少女と喋る剣
16/18

そして剣の元へ 1

 チャパタ市の地下の奥の奥の奥深く、粗悪な環境を好む醜悪なゴブリンが音もなく徘徊する、静かな世界。

 手にとって掴むことの出来そうな、どろりとした濃い闇の中に、それ(・・)は我が身を浸していた。一体いつからこの場所にいたのか、一体何故この場所にいるのか、忘れてしまいそうになるほどの長い時を、沈黙と共に過ごしてきた。


 地面に垂直に突き立てられた、銀色のロングソード。


 その剣に宿る魂は、冷えきった刀身の中で半ば眠りながら光の夢を見る。


 いつか、遠い昔に見た輝かしい光景。

 分厚い雲がちぎれ、霞みになって広がり、姿を見せる夜明けの空。

 雲の切れ目から差し込み、やがて大地へ降り注ぐ光の飛沫。

 目覚めを迎えた虫の産声、生を叫び交わす魔物の咆哮。

 間もなくして、どこか遠い場所へと姿を隠す闇色の霧。


 幾度となく繰り返した夢――これからも永劫に繰り返すかと思われた夢――しかし、煤けた洞窟に来訪した者の気配を感じ取った時、それ(・・)はようやく幻想的な光景から目を覚ます。


 とうの昔に腐り果てたはずの魂が蘇り、具現化し、刀身の上に赤い影を形作る。鮮やかな赤い光が刹那的に蘇り、洞窟の壁に濃い影が踊る。


 洗礼の時がきた。


 この身を掴め。炎の使い手となれ。


 望むのは、自らにふさわしい使い手。


 今度こそ、今度こそ。



 *



 長く暗いトンネルを抜けたリベネは、肩から地面に着地した。体全体がしびれるような激痛が走り、リベネは突っ伏したままうめき声をあげた。


『チャパタの地下洞窟』


 脳で響く案内音声に被るように、心臓がどきどきと激しく鳴っている。深呼吸を重ねて、気持ちを落ち着かせる。

 ちくしょう、とリベネはNPCの神官を恨んだ。こんなの、不意打ちにもほどがある。あたしはまだ行くつもりじゃなかったのに、石像が動きだして入り口になるなんて、誰が予想出来ただろうか?


 しかめ面で肩をおさえながら半身だけ起きあがり、周りを見渡そうとした。その時、リベネは何も見えないことに気がついた。


 降り立った洞窟は、自分の手先すら見えない程の深い暗黒に包まれていた。どれくらいの広さの場所になのか、周りに何がいるのかもわからない。ただ、ひんやりとした空気の中で、ごうんごうんと不気味な音が響くのが聞こえるだけだ。怪物のうなり声にも、巨人が地面を闊歩している音のようにも聞こえる。

 その時すぐ後ろで、とすっ、という音がした。

 リベネは反射的に振り返った。何も見えない。けれども何者かが動く音だけは聞こえた。こちらに近づいている?なにかを探っている?リベネの存在には気がついている?


 駄目だ。何もわからない。


 リベネは唇を引き結んで剣をいつでも引き抜けるよう柄に手をかけた。耳元で血流がどくんどくんと大きな音を立て、手は恐怖でこわばっている。

 固唾を飲んでじっとしていると、憎たらしいほど落ち着いた渋い声がした。


「やれやれ。面白いギミックだな」


 リベネは剣の柄から手を離してため息をついた。


「モロクさん、だよね?」

「ああ、そうだ。少し待て。明かりをつける」


 程なくして、まぶしい光が前方で灯った。ランタンの中に入った赤クリスタルが煌々と明かりを発している。そういうアイテムがあるのだろう。

 目が光に慣れてから、改めて当たりを見渡すと、洞窟の中の長い通路のような場所にいるとわかった。天井はモロクなら手の届きそうな高さで、左右に続く道の向こうは、闇の中に沈んでいた。

 すぐ近くの乾いた岩の壁には、一カ所だけつるりとした人工的な丸い穴が開いている。モロクとリベネが通ってきたトンネルの出口だ。リベネは頭を突っ込んでしげしげとトンネルの中を観察した。暗くてよく見えなかったが、地上の出口はかなり遠く、ここから戻るのは難しそうだった。


「おい、魔物がきたぞ」


 慌ててリベネはトンネルから頭を出し、剣に手をかけて左右を見渡した。しかし、相変わらずモロクがいるだけで、他に動く物は何も見つからない。

「ど、どこに?」

「なかなかいい反応速度だったな。さっきのは冗談だ」


 なんていう冗談を言うんだ。

 リベネは目の前の男を鋭く睨みつけたが、モロクは少女の視線を気にする様子もなく、鞄の中から黒クリスタルを取り出しながら言った。


「そんな怒った顔をするな。さっきの格好は相当間抜けだったから言ってやっただけだ。こういう特殊ダンジョンの中で警戒心ゼロの格好にはならない方がいい。お前も死にたくはないだろう?」

 確かに、考え無しにトンネルに頭を突っ込んだのは馬鹿だったかもしれない。しかしリベネはそっぽを向いてつぶやいた。

「別に。死ぬのは怖くない」

「それは嘘だな」

「嘘なんてついてない」

「いいや、お前は恐がりの人間だろう。ま、否定するのは構わんが」


 顔を真っ赤にして言葉を返そうとしたリベネだったが、躍起になって否定するのも馬鹿に見えると思い直し、なんとか声を飲み込んだ。

 モロクは少女の方には目も向けず、地面に座り込んで手に持った黒クリスタルからアイテムを出して床に並べ始めた。色とりどりのクリスタルやマント、防具などだ。眉をよせながら、クリスタルにしまったり取り出したりしている。


「っていうか、なんでモロクさんまでここにいるの」


 モロクはアイテムを仕分ける手を一度止めて、こんこんと手首のバングルを指先で叩いた。

「パーティーを組んでいたからだ。あの神官について行くか行かないか問われた」

「それで行くって答えたんだ。どうして?」

「こういう隠しステージは滅多に入ることができないし、経験値も報酬も良いものだと相場が決まっているからな」

「そっか。ここ、隠しステージなんだ……」


 隠しステージ、とはなんともワクワクする響きだった。おそらく特殊技能『炎の祝福』を得たからこそ入れたのだろう。しかし……。


「あたしが勝てる魔物なんているのかな」

「そのレベルなら無理だろう」

「だよね」


 一瞬、自分とパーティーを組んだまま探索してくれないか、とモロクに頼もうかと思った。この先隠しステージに出会えるかも分からないし、一体どんな敵がいるのか気になるからだ。しかし、これまで助けてもらってばかりのモロクに、また頼み事をする気にはなれなかった。


「えっと、じゃあ、あたしはここにいてもしょうがないし、さっさと死んで神殿に戻るよ。パーティー解除しとくから、そのやり方を教えてほしいんだけど」

「まあ待て」

 モロクが手を止めてリベネをじっと見つめた。

「坊主もプレイヤーの端くれなら、隠しステージがどんなものか気になるだろう」

「そりゃそうだけどさ」


 モロクは立ち上がり、腕組みをして少女に向き直った。こうして向かい合うと、熊のような巨体を持ったこの男は威圧的で恐ろしい存在に思えた。だが、また恐がりだと言われたくなかったので、唾を飲みこみ、何も怖がっていないように見えるよう、挑戦的に見返した。


「な、なに?」

「ひとつ、質問していいか」

「どうぞ」

「この前、お前は帰りたいと言っていたな。今でもその気持ちは変わらないのか」


 意外な質問にリベネは少しの間きょとんとしたが、すぐに真剣さを宿した眼差しで答えた。


「変わんないよ。あたしは早く帰りたいってずっと思ってる」

「そうか、それを聞いて安心した」


 ランタンの赤い光を映したモロクの瞳は、まるで炎を宿しているかのように赤く輝いていた。


「俺もそうだ。俺も、このゲームから抜けて早いところ現実に戻りたい。いや、戻らなければならないと思っている。だが、このゲーム世界から抜け出したいと思っている奴は意外と少なくてな。特に剣ランクの高い奴らは、この世界になんとしても残りたいと思っている。そのことは知っていたか?」

「ランクの高いプレイヤーのことは知らないけど、そう思ってる人達ならチャパタにもたくさんいたよ」


 リベネの脳裏にまず浮かんだのはクナイの姿だった。続けざまに、フロレスタの言葉やすれ違うプレイヤーたちがこのゲームに閉じこめられて喜ぶ声も蘇った。

 モロクは静かに言葉を続ける。


「剣を最高ランクまで鍛えればゲーム世界が終わる、と運営が伝えてきたが、どうやらそうしたプレイヤー達は、この知らせに反発しているらしい。馬鹿げた話だが、彼らは手を結んで剣を最高ランクまで鍛えようとするプレイヤーを妨害することを決めたらしい」

「妨害?」

 リベネは眉をひそめた。

「ゲームに残りたい人たちがいるのは分かるよ。でも、妨害って何?」

「俺も詳しくは知らないが、おそらく剣を必要以上に鍛えようとするプレイヤーを殺すつもりだろう。もちろん、何度殺しても俺達は神殿で復活するだろうが、寄ってたかっていつでもどこでもリンチされていたら、剣の育成どころではなくなる」

「そんな…馬鹿げたことする人、本当にいるの?」

「いるんだな。それも、大量に」


 疑り深い眼差しでモロクを見つめた。この男はまた冗談を言っているのかもしれない。


「じゃあ仮に、モロクさんの言っていることが本当だとして、あたしにどうしろって言いたいの?剣を鍛えるのをやめろ、って警告したいってこと?」


 リベネはふんと鼻をならした。

 馬鹿げたプレイヤーが大量にいる、という話が真実だったとしても、そんな奴らの数はたかがしれているだろう、とリベネは思っていた。


「そんなの、こっそり剣を鍛えればいいだけの話でしょ。あたしはこのゲームに愛着なんてないし、早く抜け出したいんだ、だから――」

「どんなゲームも強くなるためには協力プレイが重要だ。少数派同士、俺たちは助け合う必要がある。この馬鹿げたゲームを終わらせるために」

「協力プレイ?」


 モロクは唇を端をあげて、渋い笑みを浮かべた。


「そうだ。もちろん、俺たち二人だけの話じゃない。ゲームを早いところ終わらせたいプレイヤー達を見つけて、手を組むんだ。拠点都市を作り、仲間同士で助け合い、最高ランクの剣を作るためにお互いを鍛え合う。それがゲーム攻略の最短の道のりであることは間違いない」


 確信に満ちた表情でモロクは言葉を続ける。


「そこで提案がひとつある。しばらく俺とこの洞窟に潜って、レベル上げをするのはどうだ?このバングルをつけたまま、俺が全力でサポートする。どうせアイテムも余っているから、お前が好きに使っていい。俺としては、仲間は一人でも多い方がいいし、その仲間が強くなればもっと好ましい。もちろん、坊主がむさくるしい男とパーティー組むのが嫌だというならすぐに解除するが――」


 畳みかけられる言葉をさえぎるようにリベネは口を開いた。


「ちょっと待って。あたし、そんなに頭が良くないからいきなり色々言われても困るんだけど、要するにあたしのレベル上げを手伝ってくれるってこと?この洞窟の中で?」

「そうだ」

「それで、その後はモロクさんやら他の人と協力してゲーム攻略のために頑張ればいいってことだよね?」


 うなずくモロクのことを、野生の野良猫のような鋭い眼差しでリベネは見上げた。数秒の間考えこんでから、リベネはゆっくりと唇を開いた。


「あたしとしても、すごく嬉しい提案だから喜んでそうしたいと思う。だけど、だけどね。パーティー組む上で、モロクさんに一つだけ要求したいことがあるんだ」

「なんだ、言ってみろ」


 リベネはかつてないほど真剣な顔つきで言った。


「あたしのこと、坊主って呼ばないで」


 その瞬間、モロクが声をだして笑った。

 彼の豪快な笑い方から、わざと「坊主」と呼んでいたことがわかって、リベネはモロクの腹のあたりを軽く殴りつけようとした。だが、握った拳はたやすく避けられ、モロクの笑い声が再びはじけた。リベネは顔を真っ赤にして、うなり声をあげながら再び殴りかかった。


 洞窟の奥からは、変わらず不気味な地鳴りの音が響いている。

 やがて、準備を整えた壮年の男と黒髪の少女は、手首につけた金色のバンクルを煌めかせ、手に持った剣を構えながら、闇の奥へと慎重に踏み出した。


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