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リベネとシャロン 〜冷徹少女と炎の剣〜  作者: らいらく
第1章 初心者少女と喋る剣
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復帰プレイヤー・モロク 2


 神殿の祭壇の上で再び復活した時、リベネは仰向けに寝そべった姿をしていた。爆発の衝撃が生々しく身体に残っているものの、すでに痛みは消え失せている。

 高いところにある神殿の屋根をしばらく見つめてから、誰に聞かせるでもなく、ぽつりとつぶやいた。


「なーんか絵、描きたいな……」


 真っ白な柱とところどころに設置された石像の間をすり抜ける風が、さらさらと短い黒髪をゆらす。その音を聞きながら、思い出していたのは美術室に描き途中のまま放置された「椿と女の子の絵」だった。

 プロの絵描きでもある顧問の先生が、美術部の部員だけに岩絵の具の使い方を教えてくれたこと。10色入りの岩絵の具セットをリベネだけに「少し使ってしまったものだけど」と言って譲ってくれたこと。水彩絵の具とは違う、ため息をつくほど美しく鮮やかな発色、その使いどころの難しさ。椿に紅の色を乗せた途端、ぱっと絵全体が華やいだあの瞬間――そういったものを思い出していたら、リベネは思わず泣きそうになってしまった。


「あー、くそ……」


 どうしてこのゲームを始める前に、あの絵を完成させておかなかったんだろう。女の子の肌、唇、髪は下書きしたまままだ色を塗っていない。どう塗ればいいか、どの色を使うのか、もう頭の中に思い描けているのに。


 それなのに、描けない。

 この世界にあの絵は存在しないから。


 手の届かない箇所が痒くなるのに似た、致命的なもどかしさを抱きながら、リベネは目をつむって息をはいた。長く、深く、息を外に出す。肺がひしゃげてつぶれるほど、全ての息を吐ききってから、この世界の空気を胸一杯に吸い込んだ。ゆっくりと目を開く。これから、あたしはこの世界に向き合わなければならない。


「そこの戦士様。次の方が戻ってこられるので、祭壇から降りてもらってもいいでしょうか?」

「あーすみません、今降ります」


 声をかけてきた神官のNPCに返事をしてから、一段おりて『復活の部屋』と言われるこの場所から別の場所へあてもなく歩きだした。


 死ぬことでは戻れない。だから、やはり順当に剣を鍛えていくしかないだろう。

 あの運営の紙に書いてあることに従うのは癪に障るが、今はそれしか方法がないのだ。


 死んだ時に「特殊技能を獲得した」という案内メッセージをリベネは聞いていたはずだったのだが、これからすべきことと絵のことを考える間に、すっかり忘れてしまっていた。

 そんな彼女の思い詰めた背中に、明るい声がかかる。

 ちょうど神殿の中心部、大ホールの中でのことだった。


「ああ、リベネさん!久しぶりです!」


 聞き覚えのある声が聞こえた途端、リベネはすぐさま顔をしかめた。恐々と振り返ると、くせのある金髪に、整った甘い顔立ちをした男がこちらに近づいてきていた。

 クナイだ。

 少し身構えながらも、リベネは社交辞令を返す。


「どうも。何か用ですか」

「リベネさんに会いたくてずっと探していたんですが、なかなか遭遇できなくて。いやあ、久しぶりに会えて嬉しいです」


 嬉しい?

 何言ってるんだ、こいつ。

 以前リベネに「気持ち悪い!」と手を振り払われた過去など存在しませんと言わんばかりの輝かしい笑顔に気圧されそうになる。


「はあ、そうですか」

「ところでリベネさんのレベル上げは……」そこまで言って、クナイはちらと意味ありげにリベネの全身の装備を見る。「なかなか順調ではなさそうですね」


 喋り方を聞きながら、彼の雰囲気の変化をリベネは敏感に感じ取っていた。クナイの喋り方と表情は、以前と違って確固とした自信に満ち溢れており、その合間からなにか嫌なにおいのする傲慢さが見え隠れしている。

 冷えこんでいくリベネの表情に気がついた様子もなく、「ね、リベネさん」とクナイは嬉々として腰から剣を抜き、刀身がよく見えるように持った。リベネが持つ「ランク1」の剣よりも輝きが増し、小さな装飾が中央部に入っている剣だ。


 この前まで同じビギナーだったはずなのに、もうランク2の剣にしたのか。リベネはなんともいえない気持ちでその剣を見つめた。


「見てください、これ。別の都市に行って、高ランクパーティーにいれてもらって、他のプレイヤーを殺しまくって、ランク2にしたんです。ほら、あっちの方に3人男が立ってるじゃないですか。あれ、俺の仲間です」


 クナイの指さした先に、3人の男が立っていて、にやにやと笑いながらリベネとクナイを見ていた。野次馬の立場を楽しんでいるようだ。


「……それはすごいですね、おめでとうございます」

「いやぁ、これくらい、ぱぱっとできちゃいますよ。この前言ったかもしれないんですが、俺、かなりゲームに慣れていて、自分を強くする方法とかなんとなく分かるんです」

「そうですか」

「ね、リベネさん」


 クナイが一歩こちらに詰め寄ってくる。

 奇妙に熱っぽい眼差しのクナイと、冷めきった態度のリベネ。

 二人の温度差は明らかなのに、どういうわけか、それに気がついているのはリベネだけのようだった。


「俺のパーティーに入りたかったら、あいつらに交渉してあげますよ。まあリベネさんはランク1だから微妙な反応されるかもしれませんが、大丈夫です。俺が説得してあげるんで――」

「いや、結構です」

「えっ」


 一瞬、空気が軋むような静寂が訪れた。


「あっ、も、もしかして、リベネさん、パーティーにトラウマ持ってます?ほら、アルターヌベアの時にあんなひどい解除の仕方をされたから」

 クナイはそう言って、慌てたように自分の鞄を探った。彼が取り出したのは、手首につける金色のバングルだった。すでにクナイも右の手首に装着している。

「これ、リベネさんは(・・・・・・)初心者だから知らない(・・・・・・・・・・)と思うけど、高ランクプレイヤーはみんな使ってるアイテムです。このバンクルをつければ、パーティーリーダーに一方的に解除されることがなくなるんです。お互いの同意がなければ解除されないんです。ね、すごいでしょ。これ、リベネさんに貸してあげますよ」


 差し出されたバングルを見ながらぞっとする。つまり、これをつけたらパーティーに拘束されるってことじゃないか。

 断られることなど微塵も予想していないような男の笑顔に向かって小さく口を開く。


「あの、そういう問題じゃないんで。それじゃ」


 そう言って、リベネがいそいそと場を離れようとした途端、ものすごい力で肩を捕まれた。体の向きを無理矢理クナイに向き合う形に直される。ありえない強引さにぽかんとなるリベネに、亀裂の入った笑顔を浮かべたクナイが早口に言った。


「ちょっと待ってくださいよ。なんでいやがるんですか?どう考えてもいい話じゃないですか。俺、もうランク2ですよ?それに、バングルもあげるって言ってるんですよ?それとも、あれですか。俺とパーティー組むのがそんなに嫌なんですか?」


 肩を掴む手にぎりぎりと力がこめ、尋常じゃないほど目を見開いたクナイが迫ってくる。こいつ、やばい。なんか関わっちゃいけない奴だ。本能的な恐怖と嫌悪感のままにリベネは叫ぶ。


「あのッ、離してください……!」

「嫌です。俺と素直にパーティーを組むか、拒否するなら、それなりの理由を教えてください」

「だって……あたし……」


 中身は所詮、女子高生に過ぎないリベネは、駆け引きや嘘を言うのにまだ慣れていなかった。こんな風に迫られた時にどう断るかなんて学校では誰も教えてくれないからだ。

 男の身体が覆い被さらんばかり迫り、闇雲で得体のしれない恐怖が胸に満ちたその時、クナイの肩越しに、リベネは一人のプレイヤーと目が合った。


 短く刈り込んだ金髪に、鋭い目つきをした熊のような巨男。


 見つけた瞬間、あっと思った。大ホールの一角で立ち止まり、リベネが陥っている状況を無表情で見つめているその男。あいつは、赤クリスタルをくれた(・・・・・・・・・・)あのプレイヤーだ。

 そうと認識した瞬間、リベネは無意識にクナイの手を力の限り振り払って、その巨男に向かって駆けだしていた。


 た す け て


 声には出さず、口の形だけで伝えると、巨男の目が少しだけ見開かれた。

「ちょっと、どこ行くんですか、リベネさん」

 すぐに背中の方からクナイの声が追いかけてくる。リベネは巨男の横で立ち止まり、不安げな目で彼を見、そして追ってくるクナイに目をやった。


「あたし、この人と――」


「誰だお前は」


 がつんと腹に響くような重々しい声。一瞬自分に言われたのかと思って首をすくめたが、しかし男は近づいてくるクナイに向けて言っていた。


「……僕はクナイ。そこにいるリベネさんをパーティーに誘ってる最中だったんですけど」


 誘う、なんて生優しい感じじゃなかっただろ、と思いつつ、リベネは横の男を見上げる。男がちらと視線を交わしてきたものの、感情は上手く読みとれなかった。

 リベネはごくりと唾を飲み込んだ。そして、勢いよく男を指さす。


「ごめん、あたし、この人とパーティー組む約束してるから、クナイさんとは、無理」


 頼む頼む頼むお願いだ、話をあわせてくれ。

 必死に祈るリベネの前で、クナイは呆気にとられたような表情をしてから、巨男を頭のてっぺんからつま先まで見定めるように眺めた。身長も身体の厚みも圧倒的な差があるせいで、クナイと巨男は並ぶとまるで子犬と熊のように見えた。

 明らかに屈強そうな姿を前に、みるみるうちにクナイの顔が歪んでいく。男を眺める視線にトゲが生えていく様が手に取るように分かるほどだった。


 クナイは男から目をはずし、リベネだけを見つめた。


「でもリベネさん、パーティー用のバングル持ってませんけど――」

俺が持っている(・・・・・・・)


 巨男がさらりと言い、鞄から二つのバングルを取り出した。無表情の男の顔を反射的にリベネは見上げた。

 話を合わせてくれた。

 泣きそうになるほどの安心感を持ちながら男に感謝しかけたところで、彼が言葉を続ける。


「2つ分――俺の分と、この坊主(・・)の分がある。心配しなくていい」


 すかさずリベネは噛みつくように「ぼ、坊主じゃないって言ったじゃん!」と言ったが、男はどこふく風といった表情だ。こいつ絶対わざと坊主って呼んでる――むかむかとする一方で、クナイに対しては感じることのない絶対的な安心感をおぼえる。聞いていると何故か落ち着く、どっしりとした声で巨男が言った。


「クナイさんとやら、悪いが急いでるんでな。なにか用があるならまた今度にしてくれ」

「えっ、ちょ……」


 口をぱくぱくさせるクナイを無視して、男はリベネにバンクルを渡し、そしてさりげない仕草でついてくるように促した。「行こう、リベネ」と言って、歩き始める。リベネは小走りにその広い背中についていった。

 クナイはそれ以上追いかけてくる様子はなかったが、振り返って確認する余裕はリベネにはなかった。大きな男の後ろについていき、とにかくその場から離れることだけを考えた。


 大ホールから短い廊下を渡り、別の部屋に行ったところで、巨男が立ち止まり、手首にバンクルをはめた。


「神殿を出た時に外すが、今は演技で一度つけておけ」

「えっ」

「あの男を騙すためにわざとつけるんだ。まだ向こうの部屋からこちらを見ているからな。……ああ、絶対に後ろを振り向くなよ。怪しまれる」


 ぞっとして、慌ててリベネはバングルを手首にはめた。ぶかぶかのバングルをカチリと手首にはめると、金の輪の直径が縮み、肌に吸いつくぴったりのサイズとなった。そして巨男に言われた通り、互いのバングルを二回ぶつけると『モロクがあなたのパーティー仲間として登録されました』という音声が脳内に流れた。

 この人はモロクというのか。モロク、モロク、と頭の中で繰り返しながら、リベネは名前すら知らない人に助けを求めるほど自分が切羽詰まっていたのだとふと気がついた。


「あの、おにーさん……じゃなくて、モロクさん。ありがとう。この前の赤クリスタルも、今も、助けてくれて――」

「礼を言うのはまだ早い。とりあえず奴の視界から消えるために東ホールへ行こう。いいか、胸を張って平然とした顔をしろ。びくびくするなよ」


 リベネは唇を引き結び、こくりとうなずいた。


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