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リベネとシャロン 〜冷徹少女と炎の剣〜  作者: らいらく
第1章 初心者少女と喋る剣
13/18

復帰プレイヤー・モロク 1


「チャパタの様子はどうだ」


 チャパタ神殿の飾りたてられた入り口近く。パーティー募集の旨や、アイテム取引などの用件が書かれた紙が張られた“掲示板”の隣で、太い柱にもたれかかりながら、通信用クリスタルから聞こえる声に耳を傾ける男がいた。

 たくましく鍛え上げた体に、短く刈り上げた金髪、そして目元に刻まれた険しく厳めしいシワなど、屈強という二文字を具現化したような男の名前は「モロク」。ランク2の剣を腰に携え、ひっそりと通話をする姿は、狩りの小休止をする鷹に似た雰囲気を醸し出していた。


「“災害”に備えて、ランク2以上のプレイヤーがちらほら集まり始めている。だいたい10人程度といったところだな。後は初期拠点らしく、ビギナーのプレイヤーばかりだ」

「みな、運営からの知らせに戸惑っているか?」

「思いの外そういう奴は少ない。各自ゲームに順応しているようだ」


 モロクが伝えた言葉に、通信相手が「ほう……」と興味深そうに声をあげる。


「別の初期拠点じゃあ暴動まがいの騒ぎが起きたそうだが。そうか、チャパタは落ち着いているのか……」

 芝居がかった感慨深いため息をついてから、相手はひとりでにまた喋り出す。

「にしても、時間が経つのは早いなあ。あの、俺たちにとって運命的な日――アップデート後に、運営がゲーム中断はできなくなったと伝えてきた日からずいぶん経ったような気がする。一体どれくらいが過ぎたんだかな……」

「16日だ」

 

 うっとりと呟く声に対してかなりぶっきらぼうな調子でモロクが言い放つ。相手はガハハと大きく笑った。


「16日か。つまり、俺たちは16日間うんこをしていない(・・・・・・・・・)わけだ。この“永遠の戦士”の体ってのは本当に便利だよな。さすがに寝ないと集中力が切れるが、食事もうんこもしなくていいとは……」

「現実に戻った時に排泄のやり方を忘れていないといいが」

「モロクは心配性だな」

「現実的なことを言っているだけだ」

「ハッ、そうだな。まあ何か後遺症が残れば、ゲーム会社側から補償金がでるはずだろう。これだけのことを強制的に行ったんだから」


 寡黙なモロクは素っ気なく「そうだな」と返事をしてからじっと黙りこんだ。

 少しの間気まずい沈黙が挟まれてから、通信相手が軽い口振りで「そうだ、言い忘れていたが」と明るく言う。


「昨日ササナ市は、例の都市間条約に加入することが正式に決定した。この前話しただろう、ランク3よりも上のランクへ剣を鍛えることを禁じる、都市を超えた条約だ。もうササナ市契約戦士の代表たる俺の署名も済んだし――」

「話が違うぞ、カズオサ」


 クリスタルを握る手に力がこもった。モロクはもとから厳しい顔つきを一層険しくしかめ、重い声音で尋ねる。


「条約に入るかどうか決めるのはあと2週間後だと言っていなかったか」


 “条約”は、アップデート後に「ゲーム離脱はできない」と運営から知らされた後に誰からともなく出された話だった。


 内容は簡単。ランク3になった剣はそれ以上鍛えない。それだけだ。


 運営の知らせにあった文言――「剣を最高ランクまで鍛えれば、この世界が終わる」――を危惧した人々を中心に広まった決まりである。特に、仕事も休んでこのゲームに入り浸りたいと望んでいた廃ユーザーの一部はこれを「条約」として各都市に守らせようと熱心に活動していた。

 条約に加盟した都市の契約戦士は、ランク3になった剣はそれ以上鍛えてはならず、また、条約を破ってひそかにランク3を鍛えるようなプレイヤーを徹底的につぶすよう強制される。


 簡単に言えば、少しでも剣が最高ランクまで到達するのを避けて、ゲームの生活を長引かせようとするための決めごとである。


 通信用クリスタルの向こう側で、ハハッと軽快な笑いがはじける。


「たしかにそんなことを言っていたかもしれない。まあ今決めても2週間後にしてもたいして変わらんだろう。ならば出遅れないように、早く決めた方がいいと思ったわけだ。心配性のモロクは不安に思うかもしれんが、大丈夫だ。反対する輩はササナ市を抜けて、条約に加入していない都市へ行く。そして俺達が全力でそういう奴らをぷちっと潰す。これで平和が訪れるだろう」


 やられた。モロクは瞳に静かな怒りを浮かべながらクリスタルを握りしめた。向こうは彼の怒りを予想できているのかそうでないのか、変わらず明るい調子で言う。


「な、モロク。怒るなよ。俺だって、お前がいない間にことを進めたのは本当に申し訳ないと思っている」

「条約に反発するプレイヤーの数は少なくないぞ。そのことも頭に入れて署名したのか」

「もちろんだ。モロクの考えていることはよく分かっている。だがな、こんなことは言いたくないが、お前はこの一年、ゲームにログインしていなかったろう。一年前の兆候ならともかく、最近のプレイヤー事情なら、ランク3の剣を持った(・・・・・・・・・・)俺の方がより正しく理解できている。みな現実逃避を望んでるし、ゲーム内での人間関係にも満足している。この条約に加盟した方がササナ市の今後のためになる」


 表面上だけは親切に歩み寄る言い方をしながら、やんわりと、そして確実に相手の意見を否定していくのが、彼のやり方だった。ランク2の剣を持ったモロクは、口を引き結んで無表情にクリスタルから聞こえる音に耳を傾ける。


「……おいおい、モロク。なんも喋ってくれないんじゃ俺はどうにも困るんだが」

「今回俺をチャパタに行かせた理由は」すかさずモロクはずしりと重い声で言葉を紡いだ。「“災害”の恩恵を受けるためではなく、俺をササナ市から遠ざけるためか」


 ハハハ、と乾ききった笑い声がはじける。まるで不協和音のように耳障りなその音を、モロクはぴくりとも顔色を変えず聞き届ける。


「やれやれ、モロクはひどい冗談を言うもんだな」


 もう一度笑ってから通信相手が別れの挨拶を述べて通信が切れた。紫から澄んだ美しい青に戻ったクリスタルを片手に、モロクは天井を向く。ふうと短く嘆息した。


 やがてモロクは再び通信用クリスタルを手に取り、カキという名の人物へ連絡をとった。


「おお、モロク。どうしたんだよ、元気か」と、声がする。

「ササナ市が例の条約に加盟したとカズオサに聞いたんだ……これは事実か?」

「ああそれな、本当だ。カズオサの野郎、あんたがいなくなった途端に生き生きと条約に加盟していたよ。しかもさ、大声じゃ言えないけど、ごますり上手なお気に入りの奴と女だけでパーティー組んで、狩りに出かけてんだぜ、あいつ。そんで俺みたいな下っ端は都市に居残りしろ、だなんて命令しやがってさ。やけくそで……んぐ、んぐ……今日はもう朝から、んぐ、ケーキばっかり食べてるよ。……はむはむ」

「ショートケーキか」

「ひがう…むぐ、むぐむぐ……違うよ。そんな甘ったるいの食べる気分じゃない。んぐ、チーズケーキだよ」

「それで5個目か」

「越後製菓!正解だ」


 にやりと唇の端をあげてモロクは渋い笑みを浮かべた。それからひとしきり雑談した後に「聞いてくれよ」とカキが言う。


「俺さ、もうこの2週間女の子と話してなくて死にそうなんだけど」

「永遠の戦士は死なないから大丈夫だ」

「ところがどっこい、干からびて死にそうなんだよ……。な、チャパタには女の子いた?目の保養してきた?」

「いや、特には……」


 一度口を閉じてからモロクは、ふと思い出したように言葉を続けた。


「……いや、待て、そういえば坊主みたいなのがいたな……」

「え、なに?!えっモロクってば女の子見たわけ!?えっ、ちょ、えええ……俺もチャパタ行けばよかったよ、くっそ、くっそお……」

「噛みつくように話す奴だったぞ」

「は、はははは話したのかよッッ!?女の子とッ!?クッソオオオオオオオお前なんか嫌いだ!ちくしょう!ジェラシーだ!もうケーキをやけ食いしてやる!じゃあな、あばよ」


 ぶちっと一方的に切られた――かと思うとすぐにまた通信がかかってくる。カキからだ。


「嫌いって言ったが、冗談だからな!拗ねるなよ!」

 モロクは冷静に「そうか」とだけ答える。

「分かってるとは思うが、俺はあんたが復帰してくれて嬉しかったんだよ。まあ、こんな運営主体の大惨事に巻き込まれちまったのはお互い残念だったがな。じゃ、今度こそ本当にあばよ!」


 今度こそ本当に通信が途絶えた。モロクはクリスタルの表面を見つめながらかすかに笑みを浮かべ、鞄に仕舞った。そして掲示板の近くから離れ、神殿の中心部に向かって歩き始めた。


 復帰プレイヤー。

 それがモロクの立ち位置だった。


 二年前にリリースされた「ビュグルズ・ワールド・オンライン」。そのサービス開始直後からモロクは廃プレイヤーとなって、どっぷりとこの世界に浸かっていた。しかし、現実における一年前にぱたりとゲームをやめ、もう二度とこのゲームをすることはないだろう、とモロクは思っていたのだった。

 しかし、今回大型アップデート後に少しだけ、と思って再ログインしてしまったのだ。「大きく世界が変わる」というキャッチコピーが気になって。


 それが運の尽きだった、とモロクは思う。


 アップデート後にログインしたプレイヤーは例外なく、ゲームをやめることができなくなる。当然、モロクもゲーム世界に捕らわれてしまった。

 かつて――現実における1年前には最前線にいたが、出戻り後は中堅クラスとなったアバター。その無骨な手にぎゅっと力をいれて握りしめた。


 しばらくして、神殿の床をカツカツとならして進んでいたモロクの足が、ふいに止まった。彼の目は自然と前方左の方に吸い寄せられていた。


 あの子猫のような細くたよりない黒髪の少女。 魔が差して、赤クリスタルをあげてしまったビギナープレイヤー。

 彼女がうろたえるようにして神殿の中央部に立っていた。少女の前には金髪で童顔の男が立っている。

 モロクが見ている間に、男が少女の肩を掴み、熱心に何事か話し始める。知り合いなのだろうか。


 黒髪の少女と目があったのは、その時だった。



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