アイスボアーの倒し方 1
「フロレスタッッッ!!!!!」
通信が繋がった瞬間、クリスタルが割れそうなほどのものすんごい怒声がほとばしり、リベネは肩をびくりと震わせた。
ちょっとそこのお嬢さん、なんだか盛大にまずいことしたんじゃないか――とフロレスタを見るも、彼女はリベネの視線に気づいているのか気づいていないのか、きゃっきゃと楽しげにアイスボアーを叩いたり逃げたりしている。
「やっとだ!やっと繋がった!まったく、俺の不幸はどこまで続くのかと鬱になる寸前だったよ!なあ、フロレスタ、俺とマディスさんが一体何回連絡したのかわかってるのか?!え?!」
テルーノの怒鳴り声は続く。よほど鬱憤がたまっていたのかもしれない。
「えー……っと、2回?」
「18回だ!!!!」
リベネの適当な答えにダイナマイト級の爆発的な怒鳴り声が返ってくる。かと思えば、ふとテルーノは我に返ったように言葉を続けた。
「って、ん…?待て、君は誰だ。フロレスタの声じゃないな」
「通りすがりのフロレスタさんの知り合いです」
「女性の声だね。なにか聞き覚えがある気がするんだけど、どこかで会ったことは――」
「全くありません」
相手の言葉を遮って即応する。
「そ、そうか」とテルーノはせきばらいした。「怒鳴ってすまなかったが、俺に何の用かな。そしてフロレスタは何をしてるんだ?」
「彼女は森で戦闘中なので、私が代わりにあなたへ連絡するよう言われたわけです。アイスボアーという敵の弱点を知っていたら、端的に教えてほしいのですが」
「なるほど、フロレスタはアイスボアーと戦い中なのか。そりゃ剣が効かなくて困ってるだろうね」
からからとテルーノは笑う。
しかしリベネが横目で見やると、フロレスタは浮き浮きステップを踏みながら、闘牛ショーのごとくイノシシの突進を交わしていた。困っているというか、むしろ楽しそうに見えるのだが、その事実は黙っておく。
「オーケイ。俺がアイスボアーの倒し方を教えてやろう。答えは簡単だ。奴は爆発と火に弱い。すなわち、赤クリスタルを投げれば一発で死ぬ。それだけの敵だ」
「なるほど、情報ありがとうございます。赤クリスタルでしか倒せないんですか?」
「ああ、基本的にはそうらしい。初期拠点の周りにそんな敵がでるとはなかなか鬼畜仕様だよな。ま、おそらく“災害”前だから、一時的に魔物がグレードアップして出没しているだけだろうが……」
「その、災害ってなんなんですか?」
おっと、とテルーノが芝居がかった声をだした。
「しまったな。これは機密情報だった。まあ、別に教えてもいいんだけどさ。その前に、通りすがりのお嬢さんとやら、お名前をうかがってもいいかい――?」
リベネはクリスタルを見つめながら、言葉に詰まった。え、どうしよう、これはちゃんと答えるべきなんだろうか――?
逡巡している間に、すぐ近くで地面を軽快に蹴る音がした。かと思うと、どすん、とフロレスタがリベネの脇に着地してクリスタルをのぞきこんでいた。
慌てて前方に視線を向けると、なるほど、アイスボアーは再び木の幹に深く角をめりこませて、その場で動けずにじたばたと暴れている。学ばない敵だ。放っておいても大丈夫だろう。
「こんにちは!テル君!」
フロレスタが挨拶をすると、「なっ、こ、この声は……」とテルーノの声がわなないた。
一瞬間が空いたところで、リベネとフロレスタは申し合わせたように顔を見合わせる。そして、次に到来するであろう爆音に耐えるため、二人して目をつむった。
「……フロレスタァッ!!!」
クリスタルが爆散してもおかしくない音量の怒声。
びいいん、と一時麻痺した聴覚が戻る頃に、フロレスタがたしなめるような口調で言った。
「テル君、音量に注意ですよ~」
「そんなことよりも、どうしていつも俺たちの連絡に――って、いや待て、わかった。わかったから、いいかフロレスタ、通信を切るなよ。とりあえず、俺の話を聞くんだ」
「了解です!でも、フロレスタ王子はかっこよく敵を倒すお仕事が残っているので、時間があまりないのです!」
フロレスタは堂々たるポーズをとって、元気よく言い放つ。
「だから――10秒!」
一刀両断のフロレスタらしい容赦ない要求。
「ええええ、ちょっと待って冗談だろ集合する場所とか日時とか決めないといけないし、てかこのまま切られたら俺はリーダーになんて言えば」
「あと4秒ですね」
冷ややかにリベネが言う。
もはや悲鳴に等しい早口言葉でチャパタの飯屋の名前と時間をまくしたてるテルーノ。彼の言葉を果たしてきちんと聞いているのか不明なフロレスタが無邪気に、そして無慈悲に通信用クリスタルへと手を触れた。
「えいっ」
ぶちっとテルーノの言葉ごと通信を切ると、森に安らかな静寂が訪れた。
すぐさま通信用クリスタルがうるさいほどに点滅を始める――おそらく「テル君」から通信が来ている――が、悪びれた様子もなく二人の少女はそれを無視する。また通信を繋げたらもんのすごい怒声がほとばしること間違いなしだったからだ。
おそらく、フロレスタはいつもこの調子で連絡をしていないのだろう。
「うふふ。すごい早口でしたね~」
「早口も極めるとあそこまでできるのか……。人類の限界を知った気分だわ」
「テル君はやればできる子なのです!」
ふうん、と呟きながらアイスボアーを横目に見る。角が抜けない現状にあきらめがついたのか、じたばたと抵抗をするのをやめて無意味に前足で地面の砂をかいている。なんともみじめな姿から、フロレスタの方へ視線を戻す。
「えっと。テルーノさんと、フロレスタ……さんは」
「フロレスタとよんでください!」
「じゃあ…その、フロレスタとテルーノさんは、パーティー仲間なの?」
「えっとですね、同じ都市の専属剣士なのですよ。長い間ずーっと同じ都市の仲間なので、よく一緒に戦ったりパーティーを組んで冒険もしたりしてますー!ラーメン大好き太っちょさんなんです♪」
「へえ…」
アルターヌベアの件におけるテルーノの振る舞いを話したら、フロレスタはどのような反応をするだろうかとリベネはこっそり考える。けれども、なんだかそれを話してしまったらテルーノの扱いがもっと粗雑な感じになりそうだなと思った。それはなんだか、あまにも可哀想だ。
リベネはアイスボアーを指さした。
「ごめん、話戻すね。アイスボアーを倒す方法なんだけど」
そこでリベネは少し言い淀んでからフロレスタの表情を伺いつつ言った。
「……赤クリスタルで倒せる、らしいんだよね」
「赤クリスタル!」
復誦してから、フロレスタはがっくりと肩を落とし、悲しげな表情になった。
「ちょうどフロレスタは持ってませんでした。それしか方法はないんですかー?」
「そう、みたい」
「ありゃー……」
フロレスタは赤クリスタルを持っていない。
だけど、あたしは持っている。まだ使う予定をたてていなかった、最後の希望。
使ってしまえ。この場で。
このゲーム世界に神とかいうものが存在するのだとすれば、そいつが大きなお世話で生み出したとしか思えない、お膳立てされた状況だ。赤クリスタルでしか倒せない敵にさっさと使えと言わんばかりだった。
リベネは、肩にかけた鞄の重量が、突然ずしりと重くなった手応えを感じた。




