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第一章 戦場 -4-


 それからどれほど歩いたか。がさがさと道のない場所を突っ切って、奥へ奥へと進んでいく。

 やがて、目の前に樹の少ないほんの少しだけ開けた場所が現れた。ケズウィックの住人の誰も知らないであろう秘密のスポットだ。

 そこに、それはいた。

 片膝を突き主に首を垂れる騎士のように、全長九・六メートルの純白の機体アサルトセイヴが、崖を背に座していた。

 右手ごと包んでしまう独特なフォルムの大剣を今は水平に構え、携えた鋭い翼も今は背に沿うように畳まれていた。

 それは、かつて広大な宇宙を自在に駆け抜けた、ソラのもうひとつの身体だ。


「……ただいま」


 短くそう放つので、精一杯だった。

 これは確かにソラのもうひとつの身体だ。前にいた世界では、これに乗っているときこそが、自分が生きていると実感できた時間だったと、今ではそう思う。

 だが。

 今となっては、その姿を見る度に、ソラの心はざわついた。

 このゼクスクレイヴを見る度に、ソラは思い返してしまう。思い出したくもないのに、あの瞬間が頭の中に叩きつけるように浮かび上がる。


 気付けば、指先が震えていた。

 この指先に、確かにあの感触が蘇る。

 最愛の少女が乗る赤いアサルトセイヴ『クロイツアイン』を、ゼクスクレイヴで貫いたその感触が。

 機体から伝わるあの感覚。今まで幾度となく敵機を切り裂き貫いてきたというのに、もうそんな感覚は覚えていないのに、あのときの感触だけはいつまで経っても忘れられなかった。


「……くそ」


 短く呟いて、ソラはゼクスクレイヴに近づこうとした。本当なら近づきたくもないが、これでもソラの命を護り続けてきた相棒だ。それに、ソラが竜に対抗する為に必要な高周波ナイフを充電する為には、ゼクスクレイヴの電力が必要不可欠だ。

 幸いにも、ゼクスクレイヴのエンジンは核エネルギーを採用している。その上、無補給下でも年単位の運用が出来るように設計されているのだ。カタログスペックをどこまで信頼していいのかは分からないが、高周波ナイフの充電程度なら問題なく行える。

 そうしてゼクスクレイヴのつま先の装甲を開き、そこに設置されたテンキーを押してコックピットを開く。吊り上げ用のワイヤーが垂れて来て、ソラはそれに足をかけようとした。

 そこで。

 ソラはぴたりと動きを止めた。否、止めざるを得なかった。



「探したぞソラ!」



 がさがさとソラのように森をかき分けて、かの金髪の少女――リアトリスが姿を現したのだ。

 とうの昔に撒いたはずだし、森を抜けた時点で追いつかれるなどあり得なかった。だが、実際にリアはこの場にいた。


「……どうして、リアがここに……?」


 信じられないものを見たソラの声は、震えていた。だがその意味に気付いた様子もなく、リアはただ笑顔で首を傾げている。


「匂いを辿って来た。私は耳だけでなく鼻もいいんだ」


 自慢げに胸を張るリアに、ソラは「犬か何かか……?」と心底辟易する。

 だが、事態はただ追いつかれたということよりも深刻だ。


「ところで、ソラよ。それは何だ?」


 リアはじっと、夜の闇に包まれた白の機体を見つめていた。

 そう。

 このゼクスクレイヴはこの世界には存在しない、ソラが異世界から持ち込んだ超兵器オーバーテクノロジーだ。

 これを見つかることは、世界を揺るがしかねない。何せ、初めてソラがこの世界に来たその瞬間に、一撃で竜を撤退に追い込んでいるくらいだ。世界のパワーバランスなど、冗談でも何でもなく単騎で塗り替えられる。


「それ、もしや鋼の大天使……?」


 この世界に広まった噂のゼクスクレイヴの愛称が出された時点で、ソラは地面を蹴っていた。

 一瞬にしてリアの背後に回ると、彼女の腕を締め上げて地面に叩き伏せる。「ぬぉ!?」と彼女が抵抗するが、関節を抑えているソラの動きを振り払えるはずもない。

 その状態で、手の届くところに生えていた木の蔓を、片手で抜いた高周波ナイフで切り裂く。そのままソラは彼女の両手の親指を蔓で一緒に縛り付け、自由を奪う。


「あ、鮮やかな腕だな……」


「感心は良いよ。――それより、ここで見たことは忘れるんだ」


 高周波ナイフを突き付けて、ソラは低い声で脅す。

 これが、ソラが傭兵団へ入りたがらない理由だった。

 傭兵団を組めば、一人で活動するよりも収入は増える。頭さえよければ提携した武器屋にぼったくられる心配もないし、他者の活躍でも自分の収入はパーセンテージで支払われる為、多く得られる仕組みだ。

 それでも彼が傭兵団に入らないのは、このゼクスクレイヴという大きな秘密を抱えているからだ。傭兵の仕事の為にケズウィックを離れることはままあるが、それでも拠点をこの街から変える訳にもいかない。無闇にこれを移動させて、発見されるリスクを高めることも論外だ。

 だから、ソラはリアの誘いを断っていた。――もちろん、彼女の提案自体には、ソラにとってのメリットが何もないからでもあるが。


「……私がお前を追いかけていることを、街の連中は知っているぞ」


「――ッ」


「ここで私が死ねば、皆がお前を疑う。それは、お前にとっても良くないのではないか?」


「……天然な割には頭がいいんだね」


 わざわざ傭兵団を組むことでソラの腕を利用しようとしていたようだし、知識が足りないだけで、彼女はさほど頭が悪い方ではないのかもしれない。


「だから、交渉しようではないか」


「……内容次第だ」


「私に、お前の秘密を教えろ。この鋼の大天使とはいったいどういう関係なのか。――それを教えてくれれば、私は絶対にこのことを他言しない。約束を違えた場合は、私を殺してくれて構わない」


「……交渉に乗らなかった場合は、このことを言いふらすと?」


「そのつもりだが」


 はぁ、とソラは短くため息をつく。

 実を言えば、絶対に知られてはいけないほどの秘密という訳でもない。このゼクスクレイヴとソラの関係を知られるのは不味いが、セキュリティーの都合でソラ以外はそもそもコックピットを開くことさえ出来ない。他人に奪われる心配は微塵もない訳だ。

 仮に周囲にバレたとしても、いざとなれば住む街を変えればいいだけの話だし、彼女が約束を守ってくれるならそれでいい。ここで彼女の口を封じる理由の方がない。

 そっと彼女を抑えていた腕から力を抜いて、高周波ナイフを腰へとしまう。


「言ったって信じないだろうけど……」


 そう言って、ソラはあっけなく自らの境遇を説明した。

 別の世界で異星人と戦っていたこと。彼らに敗北し、ソラのいた世界が崩壊したこと。気付けばこちらの世界に現れていたこと。

 もちろん、アイリを討ってしまった話は伏せている。これは他人に聞かせるような話でもないし、まだ自分の中でも折り合いが付けられていない。話そうとしても、きっと途中から後悔に苛まれて、まともな呼吸すら出来なくなってしまうだろう。


「……なるほど。そういう経緯があった訳か」


 そして、全てを話し終えた後にリアは短くそう呟いていた。

 それはソラの予想していた如何なる反応とも違っていた。だから、逆にソラが目を丸くしていた。こんな突飛もない話、笑い飛ばされるか嘘だと糾弾されるか、大方そんなものだろうと思っていたのだ。


「信じる気かよ……」


「ソラは嘘を言わないだろう?」


 いったいどこから来る信頼なのか、リアはそう断言した。本当に、心の底からソラが彼女を騙すなど思っていない様子だった。


「しかし異世界か。この鋼の大天使を見る限り、相当違う文明なのだろうな」


 ソラのいた世界に思いをはせて、彼女は頷いている。彼女の瞳は、きっと今頃ソラの話した広大な銀河を映しているのだろう。


「――さて。ソラの事情は分かった。傭兵団を組みたがらなかったのは、これの存在を知られたくなかったからだな? ならばもうバレてしまった以上、私と傭兵団を組んでも――」


「それもあるが、君との場合は俺にメリットがないからだと言ったはずだ」


「むぅ」


 可愛らしく頬を膨らませるリアだが、ソラは頑なに首を横に振った。

 メリットがないから。そうソラは主張しているが、違う。

 本当は、もう仲間を作りたくないのだ。

 作れば思い出してしまうから。アイリス・ホワイトブレットを討ったあの瞬間を。そしてまた、同じ過ちを繰り返してしまうかもしれないから。

 だから、ソラは決して仲間を求めない。

 ましてやそれが、アイリと同性のリアならばなおさらだ。


「約束は守ってもらう。このゼクスクレイヴのことは、誰にも言うな。もちろん、勝手にここに近づくのも禁止だ」


「当たり前だ」


「……この情報を盾に、傭兵団を組めとは言わないんだな」


 素直に頷くリアに、ソラは少し驚いていた。強引な彼女にしてみれば、この情報はさらなる交渉材料になってしかるべきだろう。だと言うのに、あっさり引き下がろうとしているのだ。


「そういう卑怯な真似は好きじゃないんだよ。――ただ、お前と傭兵団を組みたいという気持ちは変わらないぞ」


「……どうして、俺にこだわる?」


「傭兵は、一人でいるのと傭兵団を組むのとでは生存率が大きく変わると聞いた。どうせ誰かと組むのなら、お前がいいと思った。お前になら命を預けてもいいと思えたんだ」


 その真っ直ぐな言葉は、とても美しいものだった。

 きっとそれを受け取るのがソラでさえなければ、その言葉だけで彼女に魅かれていたかもしれない。

 だが、駄目だ。

 もうソラには誰かの命を背負えない。そんな資格がないのだ。

 だから、リアの言葉はソラにとって、ただただ重く、痛いだけのものだった。


「……何度でも断るよ」


「何度でも勧誘するさ」


 そう言って彼女は笑みを浮かべていた。その笑みに、ソラはどんな顔をすればいいのか分からなくて、ただ目を伏せた。



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