序章 世界の崩壊 -4-
高度注意アラートが鳴り響く。その音で、ようやくソラは目を覚ました。
全く現状を理解できないまま、ただ身体に染みついた動きだけで機体を制御し、その場で滞空する。
「ここは……?」
眼前に広がるのは、あのどこまでも続く暗闇ではなかった。
青々とした草原が広がっていた。空は塵ひとつなく澄み渡っていた。ソラが地球から見上げたあの空よりも、宇宙から見下ろした光景よりも、遥かに美しい自然の姿がそこにはあった。
見たことのない場所だった。開発に開発が進んだ地球には、もうこんな場所はないはずだ。あるとしてもそれは、そう見せかけただけの人工物でしかない。――なのに、この光景はまるでそんな気配を感じさせなかった。
人の目に触れることさえ初めてだとでも言うような、原始的な美しさが辺りを埋め尽くしている。
「……地形的には、イングランドか……? でもこんな大自然、時代が噛み合わない……」
何が起きているのか分からないまま、ゼクスクレイヴのレーダーを全開にして周囲を探る。しかし、おおよそソラの知っているものなどひとつも存在しない。
ただ、いくつかの熱源を感知した。
そこへ機体のカメラの焦点を向ける。
そこにいたのは、額当てやチェストプレート、ガントレットにグリーブなんていう、時代がかった軽装の鎧に身を包んだ男たちだった。せいぜい一〇〇人といったところだろう。
だが、それよりも驚くべきものがあった。
「な――っ!?」
ソラは言葉を詰まらせた。
彼らの眼前には、数匹の巨大な爬虫類がいたからだ。
羽根があった。牙があった。爪があった。その体躯は五メートルを超えているだろう。ソラの知る現存生物のどれにも、こんな動物はいなかった。あるいは、絶滅した恐竜を探したところで、こんな翼を讃えた異形の獣など見つかるのだろうか。
目の前の光景の意味が分からなかった。
映画の撮影か何かかと思いたかった。
けれど。
ゼクスクレイヴのいかなる計器も、そんな反応は捉えていない。間違いなく、あそこには剣を掲げた兵士たちと謎の爬虫類しか存在しない。
「何だよ、これは……」
目の前の光景が分からなくて、思わずソラは天を仰いだ。まるで、悪い夢を見ているような気分だった。
そう思って、ハッとソラは思い出す。
本当に悪い夢は、ついさっきまでこの目に広がっていた光景ではないのか。
「アイリ……」
名を呼び、公開チャンネルで通信を試みても、何の信号も捉えられない。まるで、この世界にそんな存在はいないとでも言うかのように。
当然だ。
ソラが、アイリを討ったのだから。
「う、ぁ……っ」
思い出された事実に、胸が押し潰されそうになる。
呼吸が途端に浅くなって、焦点すらまともに合わせられない。
護れなかった。
討ってしまった。
その罪悪感が、ソラの心を砕くような力で締め付ける。
「……っ」
だがもうその事実は、気絶という形で現実から逃げることさえ許してはくれなかった。どれほど苦しくても、意識だけは鮮明にあって目の前の光景を網膜へと照らす。
「……何なんだよ……」
だからもう、ソラはそう呟くしかなくなった。
モニターの中で、果敢に挑む兵士が無残に散っていく。あの爬虫類の図太い腕で薙ぎ払われただけで、車にはねられたかのように容易く吹き飛んでいった。
それはどこかで、ソラの良く知る光景に似ていた。
無数の敵を前にして、無残に爆炎へと呑まれた仲間たちの最期。
それが、確かに重なってしまう。
「もう、やめてくれ……っ!!」
誰に聞こえることもないのに、ソラは叫んでいた。
ゼクスクレイヴを操って、右の大剣を砲撃モードへと切り替える。
同時、ソラは迷いなく引き金を引いた。
人に被害をもたらさぬよう、竜の背後へと向けて放たれた極太のビームは、一瞬にして最後方にいた竜と大地を溶かし尽くした。溶岩のようにただれた大地の裂け目から、白い煙が立ち上っている。
その映像はあまりにリアルで、幻覚だとか夢だとかでは到底言い表せない、情報の圧力のようなものを感じた。
撤退していく巨大な爬虫類を眺めながら、ソラはゼクスクレイヴを出来る限りこの戦線から遠ざけようとペダルを踏み込んだ。
「……ここがどこかなんて、どうでもいい」
ソラはコックピットの中で、一人そう呟く。噛み殺した嗚咽が、喉奥から漏れ出る。
「だってもう、あの世界は終わったんだ……っ」
人は異星人に侵略を許し、希望は永遠に失われた。
たった一人の最愛の人すら、ソラはこの手で討ってしまった。
もうあの世界に未練なんて何もない。戻る意味がどこにもない。
ソラが生きていようがいまいが、あの世界はもう終わってしまった後だ。
「……とりあえず、当座の食糧を確保しないとな……」
何の為に生きるのか。
それすら見失ったまま、ソラの操るゼクスクレイヴは無窮の空を逃げるように駆け抜けた。