終章 理由
あれほどに暴れ狂っていた竜の軍勢は、突如、力を失くしたように地面へと落ちていった。
もともと数十の竜は赤い何かが舞い降りた場所へ駆けつけそのまま消えた。残りもジャスパーより後方に行こうとしたものは一匹残らず討たれている。
だが、地上に落ちた竜が兵士と戦えばどうなるか。想像するまでもない。
人が竜を殺すには、おおよそ十倍の人数が必要になる。一〇〇や二〇〇の竜の軍勢に対して、同数も稼げていないジャスパー軍では太刀打ちできない。
空中で孤軍奮闘していたジャスパーに安堵の表情が浮かんだのは、ほんの一瞬のことで、すぐさま現状を把握して青ざめていた。
空を飛んでいるうちは、兵士に被害はない。狙われているのはジャスパー一人だったからだ。だが、こうなってしまえば殺されるのは彼の腹心の部下たちばかりだ。
「……やめろ……っ」
地上に降りて、他の竜を切り捨てようと、ジャスパーはその大剣――ソード・オブ・ヴァラーを振りかざそうとする。だが、その力すらなく、大剣はだらりと垂れ下がるだけだった。
地上で響いていた喊声は、いつしか悲鳴に変わっていた。それが断末魔へと変貌を遂げるのは、時間の問題だ。
そんな中だった。
分厚い雲を突き破って、何かが戦場へと舞い降りる。
頭はなかった。左腕も、右の脚もない。ボロボロで、今にも瓦解してしまいそうだった。
けれど、背には翼があった。
まるで大空のように蒼いその翼を広げて、それは竜の群れへ刃を向けた。
本能で危険を察知したのだろう。その刃が光るより先に、まるで雲の子を散らすように、下等竜の群れは一斉に退いていった。
かくいうジャスパーもまた、その天使に畏怖していた。
だがそれは、その強さを肌で感じたからではない。
その姿はあまりに神々しくて。
どこか、悲哀に満ちていたから。
*
汗と血の臭いの中で、ソラは革張りのシートに背中を預けた。
ゆっくりと、ゼクスクレイヴはケズウィックの森へと向かっている。眼下には分厚い雲が覆っているが、真上には無限の星空が広がっている。裂けたコックピットから直に見えるその夜景は、どこか現実離れした美しさに包まれていた。
全てをゼクスクレイヴのオートパイロットに委ねながら、ソラは自分の膝の上に座した少女を見る。
黄金の髪をした、美しく可憐な少女だった。折れそうなほどに華奢で、本当に、触れれば砕け散ってしまいそうだった。
「……リア」
その名を呼ぶ。彼女は、ただ優しい笑みを讃えていた。その肩に手を回し、ソラはその小さな体を抱き寄せる。
「どうした、ソラ」
「……俺は、殺したよ……」
力強く抱きよせて、自分の顔が見えないようにソラはした。壊れそうだったその身体は、ソラが想像していたよりも、ずっと強い芯があって、燃えるように熱かった。
「俺は、また殺した……」
「……知っているよ」
ソラの背に手を回して、彼女もまた抱き返してくれる。まるで子供をあやすみたいな、そんな優しさだった。
「……俺はいったい、何をしてるんだ……」
ソラがゼクスクレイヴに乗っていた理由は、ソラの星を護りたかったからだ。そこで暮らすクルーの仲間や、アイリス・ホワイトブレットを護りたかったからだ。
だが、その世界は失われた。
挙句に、ソラはこの手でそのアイリを殺した。
いったい何の為に戦っていたのか。まるで分からない。
「…………なぁ。どうして、リアは戦ってくれたんだ」
「言っただろう。私は、竜と人が手を取り合って暮らせる世界を作りたいんだよ。だから私は剣を取った。だから私はソラと手を組んだ。上位騎士へと上り詰めて、世界を変える為に」
リアの答えは、決して変わらない。
まっすぐで、純粋で、いつだってソラを惹きつける。
「ソラは、どうしてだ?」
その問いに、ソラは答えられなかった。
ソラが戦う理由。ソラが生きる理由。それはもうここにはないはずだった。
けれどソラは生きていて、剣を取っている。
それは紛れもない事実だ。だからこそ、そこに理由がなければいけない。
「――あぁ、そうか」
リアを抱きしめながら、ソラは気付く。
裂けたコックピットからは、満天の星の光が差し込む。
塵ひとつない澄んだ空は、星の光を遮るものが何もない。未だこの世界は穢れなく、この空を守っているのだろう。手を伸ばせば掴めそうなほどに近いその星空は、いっそ押し潰してきそうなほどだった。
「俺は、きっと――……」
これにて『ドラゴニック・レゾナンス ~元エースの異世界傭兵生活~』は完結です。いままでお付き合いくださりありがとうございました!




