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第二章 たった二人の傭兵団 -8-


 宿のソラの部屋へと移り、手持ちの武器を丹念に眺めて、傷などがないかをソラたちは確認していく。これから、この武器にはソラたちの命が懸かる。手入れひとつ怠ることは、そのまま彼らの命を脅かす危険性が増すということだ。


 黙々と、各々の武器を手入れする。傷がないかを確認し、錆止めを塗る。別の容器に用意した毒の量を確認して、その他、間に食料などの必要なものの在庫と照らし合わせて、買わなければいけないもの羊皮紙に雑に記していく。


「……ひとつ、聞いてもいいか」


 そんな沈黙の中で、両刃の美しい刀に瞳を反射させながら、リアはソラに問いかけた。


「何だ?」


「……ソラが生きる理由というのは、何だ?」


 リアから放たれた言葉に、ソラは即座に答えられなかった。思わず、高周波ナイフを落としそうになってしまう。

 単純にその質問が突飛で、予想していなかったというのもある。だがそれ以上に、それは、ソラがずっと目を逸らし続けた問いだからだ。


 かつてソラがいた世界では、平和な世界を望んで戦いに身を置いた。平和を掴み取る為に生きていたのだ。だが、その夢は潰えた。

 この世界に移ってからソラが傭兵をしているのは、そんな御大層な夢があるからでは決してない。単純に、生きる糧を得るのに一番効率的だったからだ。


 だが、なぜ生きるのか。そう問われると、何も答えられない自分がいた。

 単純な生存本能だと割り切ってしまえば楽な話だ。だが、それはどこか違う気がした。そんな簡単に済ませていい理由ではないと、それだけは分かる。


「……分からない」


 だから、ソラはそう答えた。それ以外に答えようがなかった。


「……分からないけど、きっと、戦っていればそれが分かるような気がするんだ。俺はずっとそうして生きてきたから。それ以外のやり方が分からない」


 それが今の自分が出せる、最も正しい回答だった。


「……そうか」


 リアはずっと武器を眺めたまま、短く返す。

 どういう意図で彼女がそんな問いを放ったのかなど、ソラでなくとも分かる。

 今から死地に赴こうというのだ。下手を打てば、このまま死に分かれてしまうかもしれない。それほどに危険な戦だ。

 だから、聞いておきたかったのかもしれない。

 生きる理由が強い者は、生へとしがみつこうとする。それは土壇場で、何にも勝る力になるのだ。元いた世界でもこちらの世界でも、ずっと戦場に身をおいて来たソラは、それをただの精神論ではなく、現実として目の当たりにして来ている。


「リアの生きる理由は、平和の為か」


「そうだ。だから私は、こんなところで死ぬ訳にはいかない」


 リアの言葉には、次第に力がこもっていた。

 考えてみれば、簡単なことだ。人と竜、それぞれの血を引いた彼女だからこそ、見える世界がある。だから彼女は、殺し合うのではなく、手を取り合う道を欲してきた。


 自らの親がそうだったように、世界中の誰もが、人と竜は手を取り合える。そんな理想を叶える為に、彼女は剣を取ったのだ。

 それはきっと、美しい覚悟だ。何よりも綺麗で、決して汚されていいものではない。だが同時に、それはおぞましくもある。

 並大抵の険しさではない。そんなもの、叶えられるはずがない。世界全てを覆すほどの、大願だ。何の後ろ盾もない少女が目指す道にしては、あまりにも酷いものだ。それを理解しながら目指す彼女の覚悟は、ソラにも理解が及ばないほどの、深い何かを感じさせる。


 そこまで考えて、あぁとソラは一人で納得する。だから自分は、リアと傭兵団を組んだのかもしれない、と。

 自分も、そんな理想を抱いていた。技術力にも戦力にも絶望すら生温いほどの差があって、決して勝てるはずのない敵に、それでも勝利する気でいた。そんな理想だ。

 それを叶えられなかったから。代わりに、リアのその崇高な夢を叶える力になりたいと、そう願ったのだろうか。


「……だけど」


 そんな彼女が、ぽつりと零すように言う。

 今までの強くたくましい声ではなかった。年相応の、少女の声だ。


「きっと、私一人ではそれを叶えられない……」


 剣を拭うリアの手が止まる。不安に押し潰されそうなのだろう。その声はひどく上ずっていて、今にも壊れてしまいそうだった。


「私には、ソラが必要なんだ。――だから、仮初でも何でもいい。生きる理由を見つけてくれ。何があっても」


 それはきっと。彼女の心からの言葉だ。混じり気のない嘆願だ。

 だからこそ、ソラにはそれに応える義務がある。


「……安心しろよ。俺は、死なない」


 ソラの言葉に、リアの肩がぴくっと震える。


「君の為に、俺は絶対に生きて帰ってくる。せっかく君と傭兵団を組むんだ。何度だって戦ってやるさ」


「……うむ」


 力強く、リアはそう答えた。そして噛みしめるように、何度も何度も頷いていた。



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