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第二章 たった二人の傭兵団 -7-


 数日後のことだった。

 いつも通り『黄金の大鷲亭』でフローラ手製の朝食を取りながら、ソラとリアは今日をどうするか話し合っていた。


「近いうちに戦争があるという話も聞くしな。整備に当てた方がいいんじゃないか?」


「……リア、次の戦争に出る気か?」


 当然のように戦いに行こうとするリアに、ソラは少しだけ不安にさせられた。

 彼女の力を疑っている訳ではない。ここ最近の鍛錬の組み手では、ソラの方がひやりとさせられることも増えたくらいだ。実戦に出ても、申し分なく力を発揮できるだろう。

 だが、その噂になっている次の戦場は、少しばかり勝手が違う。


「傭兵だぞ? 戦わなければ飯を食えない」


「噂じゃ、次の戦場は『ダンフロイス』らしい。こちらの守りを固めるのと敵を攻め落とすのとじゃ、危険度は段違いなんだ」


 ダンフロイス。ソラたちの暮らすアルビニアが敵対する竜の国『カレドリオン王国』の国境近くにある城塞都市だ。いま二国間で起きている戦争の大半は、アルビニア側の『カールライル』とカレドリオン側の『ダンフロイス』を奪い合う為に起きている、と言っても過言ではない。敵国の要所だ。

 そこに攻め入る戦いとなれば、ソラでも命の保証は出来なくなってくる。


「……もう少し、穏やかなところから戦うべきだ、と?」


「可能ならな」


 ソラの言葉に、リアはうぅむと眉間にしわを寄せて唸っていた。彼女の望みである竜と人間の共存の為には、可能な限り早くに権力が必要になる。その為には傭兵から兵士へと上がり、騎士となり――と戦果を上げ続けていくのが、平民にとって一番現実的な道だ。


 大きな戦であれば、その分だけ戦果を上げたときの報酬も大きなものになる。前回の『カールライル』での防衛戦の功績は、ジャスパー卿が持ち帰って検討すると言っていたが、それと合わせれば、一気にジャスパー軍に入隊できる可能性すらあるだろう。

 危険度と報酬を照らし合わせる必要は確かにある。第一、傭兵なんて体力勝負の仕事は長くは続けられない。あと十年も戦えやしないだろう。それまでに、という時間制限を考えれば、リアが悩むのも分かる。


 それでも、ソラはまだ早いと引き留めたかった。

 決して負けられない戦いで敗北し、世界も最愛の少女も失ったソラだからこそ、どうしても、彼女までは失いたくないと思ってしまうのだ。


 だが。

 そんなソラの思惑に反するように、宿屋の扉が開け放たれた。


「邪魔をする」


 そこに現れたのは、黄金の鎧を鳴らし、燃えるような赤い髪を揺らした一人の男だった。

 ジャスパー・ブラッドストーンだ。


「ジャスパー卿。何の御用でしょうか」


 その場にいた三人共が背筋を正して向かい合う。いくら騎士でも朝から唐突な来訪は非礼に当たるが、そんなことを追及させないような、切羽詰まった迫力が彼にはあった。


「単刀直入に言おう」


 そう言って、ジャスパー卿は膝を折った。頭を垂れて、ジャスパー卿はソラとリアの前に跪いていた。


「な、ジャスパー卿!? 何をしているんですか!?」


 身分が遥かに下の相手に対して首を垂れるなど、この世界ではとても考えられることではない。何より、ソラにもリアにも、そうされるような覚えが微塵もないのだ。


「……貴公らに、頼みがある。兵士ではない貴公らを強制する権利は、いくら上位騎士の私にもない。だから、こうして頭を下げている」


 その言葉には、ただ誠実さだけがあった。どこにも嘘や見栄などを感じられない。


「もう知っておろう? 次の作戦は、ダンフロイスを攻め落とすことだ」


「……その戦場へ、出ろということですか」


「その通りだ。そして、これは酷く危険な戦いになる。――だから、貴公らの力が必要なのだ。竜装もなしに賢竜を屠った貴公らならば、実力は申し分ない。その上、君たちは今では有名人だ。傭兵たちの士気を高めることも出来よう」


 本来なら、そう言えば済む話だ。傭兵を営んでいる以上、仕事の依頼はほとんどの者が喜んで受ける。でなければ食い扶持を稼げないのだから。

 だが、ジャスパー卿があえて頭を下げたのは、きっと、絶対に断られる訳にはいかなかったからだろう。ソラたちに他の仕事があったり、準備が整っていなかったとしても、上位騎士の誠意というその重さで、半分強制しようと言うのだ。


「先のカールライル防衛戦で、我々はグランディフロイスを討ち取った。竜はその巨躯のせいで人口が少ないということを鑑みれば、あの一匹だけでも、割合で見れば相当な戦力を削れたはずだ。――勝機は今しかない」


 言われれば、確かにその通りだとは思う。

 もちろん、場所は国境付近とは言え、既に敵国の中にある。そこに攻め入ることの危険性など言わずもがなだろう。この手の戦いは防衛側の方が有利であることは、グランディフロイス戦でソラたちが勝利した要因のひとつでもある。

 だが、その危険性が今より下がることはないはずだ。であれば、相手が形成を立てなおし切るより先に、とジャスパー卿が言うのも納得できる。


「……そこで戦果を上げてくれるのであれば、先の戦いの功績も踏まえて、良い待遇を用意しよう」


 ジャスパー卿の言葉に、ソラは一瞬だけ顔をしかめた。

 これはつまり、誠意を見せておきながら、脅している訳でもある。

 ここで尻尾を巻いて逃げるのなら、前の功績はなかったことにすると、そう言っているに等しい。


 もちろん、ソラだってジャスパー卿の誠実さは知っている。上位騎士でありながら、肌の色の違う一介の傭兵に進んで接して頭を下げる時点で、高慢さなどないだろう。

 だからこそ、こんな卑怯な言い回しをしてでもソラたちの力を求めている以上、邪険に扱う訳にもいかない。


「……いいか、リア?」


「私は構わん。その為に傭兵をやっているのだしな」


「恩に着る」


 もう一度深く頭を下げて、それからジャスパー卿は立ち上がった。その顔は安堵に満ちていた。よほど、ソラたちの力を信頼しているのだろう。


「本来ならすぐにでも仕掛けたいが、こちらも先の戦いで消耗している。回復を待つ意味を兼ねて今から準備をして、一週間後の火曜日には、ダンフロイスへ乗り込む予定だ」


「了解しました。詳細はまたそちらの準備が整った頃にでも伝えてくれれば」


「あぁ。――貴公らの戦い、期待している」


 そう言ってジャスパー卿はマントを翻して、颯爽と宿を後にした。後ろでは、その店主であるフローラがぽかんと口を開けている。

 一般人が聞けば開いた口が塞がらないような、そんな大きな作戦だ。だがそれでも、ソラとリアはそこに後悔はなかった。

 二人ならば乗り越えられると、そんな気がしていたから。



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