第二章 たった二人の傭兵団 -6-
「ふふん! 私もとうとう傭兵団を組んだぞ!!」
嬉しそうにリアが身を乗り出して、朝の準備に忙しいフローラに何度も同じ話を繰り返していた。最初の頃はにこやかに対応していた彼女だったが、今はもう疲れ切って、ぞんざいに聞き流している。
「そんなに自慢しなくても聞こえてるって……。だいたい、俺と組むって決まっただけで、別に何か活動が変わる訳でもないだろ。専属の整備士を雇う金もない訳だし」
「それでもやはり、気分が高揚するではないか」
本当に嬉しそうにリアは言う。その様子は、一昨日までの明るさよりも、さらに一段輝度が高い気がした。
それはおそらく、ソラが彼女を肯定したからだろう。半人半竜であることに、彼女はどこか負い目を感じていたに違いない。自分は人と違うのだという、そんな思いのせいで、逆に彼女は明るくなろうとしていたのかもしれない。
だが、ソラがそれを取り払った。そんな建前の明るさを保たなくてもよくなって、彼女は本当に喜んでいるのだろう。
「次の戦も戦果を上げよう。そして、二人で上位騎士へ昇り詰めようではないか」
「気が遠くなる話だな……」
既に二年間それなりの実績を積んだソラでも、騎士はおろか、ただの兵士にならないか、というような声すらかかっていない。言うほど簡単な道ではないのだ。
「頑張んなよ。リアちゃんがやる気なんだから、相棒のあんたが水差してどうすんの」
「……まぁ、それなりにね」
自分が言い出した以上、その責任は取るべきだろう。そう思って、ソラはフローラの忠告は甘んじて受け入れておくことにした。
「――上位騎士って言えば、新しい上位騎士様が叙任されたって話、もう聞いた?」
カチャカチャと食器を片づけながら、フローラがソラたちに問いかける。
「知らんな。詳しく頼む」
「何でも、新しい竜装が作られたんだってさ。それでこの間、選定大会みたいなのを開いて、使用者が決まったとか。私は酒場の連中から話を聞いただけで、それ以上の詳しいことはよく知らないけど」
フローラはリアに丁寧に説明してくれていた。長期滞在のせいか、ソラにはしょっちゅうきつく当たる彼女だが、まだ子供にしか見えないリアには色々と甘いようだ。
「ふむ……。ソラよ、やっぱり上位騎士になるには、竜装が必要不可欠なのだな。どうすれば手に入るのだろうか」
「兵士になって、普通の騎士に叙任してもらって、竜装の選定大会の出場権を得ることだろうな。……けど、あんまりオススメはしない」
「ん? どういうことだ?」
首を傾げるリアに、ソラはどう説明したものかと思案する。
竜装について、ソラはこの世界のほとんどの人が知らないであろうことを知っている。とはいえ確証はなく、ほとんど推測の域を出ない。
ともすれば不敬とも取られかねない情報を、むやみに喧伝する気にはなれない。
「……二階に行こう。あんまり聞かれると不味い」
「何? あたしは除け者?」
店の準備をしなければいけないフローラは少し不貞腐れていたようだが、ソラとしては厄介なことに巻き込みたくないという優しさからの行動のつもりだ。
「またお昼に、フローラさん」
「……はいはい」
フローラにひらひらと手を振って、ソラはリアを連れて二階へと上がっていく。
自室の扉を開けてベッドに腰かけたソラと向かい合うように、リアが床板へと腰を降ろす。
「それで、ソラよ。いったいどうして上位騎士になるのは駄目なのだ?」
「大した話じゃない。証拠もない与太話みたいなものだ」
そうは言うものの、リアの方はそんな風には思っていない様子だった。相変わらず感情の裏を見通すのが上手い、と舌を巻く。
「……ジャスパー卿の竜装を覚えているか?」
「もちろんだ。ソード・オブ・ヴァラーだったな。炎を操って壁にしたり、ジャスパー卿自身を宙に浮かせたり、色んなことが出来た」
「あぁ、そうだよ。――でもそれは、あの賢竜――グランディフロイスも出来たことだ」
その言葉に、リアが僅かに診を強張らせたような気がした。ソラが話そうとしている推論がいったいどういうものなのか、悟ったのかもしれない。
「飛べないはずの羽根で空を舞い、そんな器官はないはずなのに口から炎を吐いたんだ。――竜装とそっくりだとは、思わないか?」
「……お前は、竜装と竜のあの魔法のような力は、同一のものだというのか?」
「あぁ」
その言葉に、リアは時間をかけて飲みこんでいた。こんな話をフローラの前で出来ないのも道理だろう。上位騎士への疑心は、ほとんどそのまま国に対する反逆と捉えられかねない。
「……例えば、何か仕組みがある可能性はないのか? クロスボウなどという武器が出回り始めたんだ。軍の上部が何らかの技術を隠している、とは」
「残念だけど、あり得ないよ。燃料も空気も使わずに炎を自在に操るなんて、少なくとも俺たちのいた世界でも不可能だ。もう科学じゃ説明できないだろう。剣一本でどうこうなる次元を遥かに超えている」
だが、この世界ではそれが出来ている。そして、この世界とソラのいた世界の大きな違いは、積み重ねてきた歴史の長さと、竜の存在だけだ。
「ここからは、ただの推論だ。――もしかしたら、竜の体内には、事象を改変する何らかの器官があるんじゃないか。それを取り出せば、外部からでも人が操り事象を改変できるような、そういうものが」
「……なるほど、な。だからこのタイミングで新しい竜装が出てきた訳か」
その言葉に、ソラは頷く。
ソラたちが『カールライル』で賢竜を討ち取ったのは、十日ほど前の話だ。死した竜の死骸からその器官を取り出し、武器に仕立て上げれば、ちょうど今頃に上位騎士が選出されてもおかしくはないだろう。
「だから、あんまり君が竜装を使うのは、よくないと思う。心情的な話ではあるけれど、半竜のリアが手にするのは、俺はあまり見たくない」
「……そうだな。この際、騎士の倫理観については何も言うまい。竜装がなければ賢竜に太刀打ちできないという事実は変わらないのだし。――だけど、ソラの言う通り、私は竜装を諦めるとしよう」
ほとんど人として生きてきたとはいえ、同胞の死骸から作られた武器を嬉々として振るえるほど、リアは強くない。そんな真似をしようとすれば、心のどこかが絶対に欠けてしまう。そういう優しさがあるから、ソラはリアと組みたいと思ったのだ。
「……そう言えば、リアの父親って、賢竜だよな。さすがに下等竜との間に子供は出来ないだろうし」
「うむ。おそらくな」
「ってことは、リアにも賢竜としての力がある訳か? こう、自在に空を飛んだり火を吹いたり、みたいな」
「……うーむ。難しいだろうな」
リアは少し思案して、そう言った。
「私がこうして人の姿をしているのは、半分はその賢竜の力で化けているのだ。本来はお前に見せたみたいに、ところどころ鱗がある。――逆に言えば、その気になれば全身を竜にすることも出来るだろう」
「なのに、出来ないのか?」
「そういうのは、何か別の世界に頭を繋げるようなイメージで使うんだ。けれど、私には靄がかかったみたいに、その辺りがよく見えない。見た目を変えるのが関の山なのだろうな」
そんなものなのだろうか、とソラは納得しておく。この辺りの不可思議な現象に対しては、他に比べてまだソラに免疫が薄い。この世界にやってきた時点でも飲みこむのに苦労していたのだから、魔法めいたこの力に関しては、未だどこかで疑いたい気持ちがあるのかもしれない。
「まぁ、竜の中にあるその器官とやらが、外部から扱えるのなら、ソラにでも扱ってもらえば案外落ち着くかもしれんがな」
「……絶対、じゃじゃ馬だ」
リアが竜装へと変化したシーンを想い浮かべて、ソラはそう結論付ける。たかだか傭兵団を組むだけでもうるさかったのだから、彼がリアを扱い切れるとはとても思えなかった。
「とにかく、竜装は諦めるとしよう。なに、戦果を上げさえすれば国の方も私たちの功績を認めざるを得ないだろう」
「そう簡単に上手くいくといいけど……」
リアの楽観視にため息をつきながら、しかし、ソラはその明るさに確かに魅かれていた。
こんな日がこのまま続けばいいのに、とどこかで思う。
けれど、この国はとっくに平和とは遠く離れた位置にあった。




