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第二章 たった二人の傭兵団 -2-


 宿の外は、大勢の人で賑わっていた。

 ここケズウィックでは、毎週木曜日と土曜日に市場が開かれる。普段は見ないような果物の出店だったり、別の街の名物の屋台だったりが立ち並んだりしていて、定期的に開かれるというのに、毎度かなりの喧騒に包まれるのだ。


「――ソラよ! リンゴだぞ、リンゴ! なかなか果物は食べられんからなぁ」


「買うのはいいけど、きっちり考えて金を使うんだぞ」


 リアは市場そのものを初めて見るのか随分なはしゃぎようで、連れ出された側のソラが保護者のようになる始末だった。


「…………むぅ」


「唸るくらいなら買えばいいけどな。君の稼いだ金だし、俺が文句を言う筋合いはない」


「いや、いい。ソラの言う通りだし、何より、私は別に買いたいものがあるからな」


 そう言いながらも、リアは果物の屋台の前に張り付いて動こうとはしない。じっとその赤く熟した木の実に釘づけになっている。

 はぁ、とソラは呆れ交じりにため息をつく。


「すいません。それ一個ください」


 仕方ないので、ソラが小銀貨一枚でそのリンゴを買ってやった。ソラが食べるのかと思っていたらしいリアは、羨ましそうにソラが受け取るのを見ていた。しかしそれが自分の手に渡されると、きょとんと目を丸くした。


「……これは?」


「君のリンゴだ、食べればいい」


「……なぜ? 私はお前から物を貰うような覚えはないが」


 不思議がるリアだが、考えてみるとソラも不思議だった。傭兵団を組みたがる彼女を邪険にしたがっていたはずなのに、気付けばこんな行動をしている。確かに、傍から見ると理屈が通らないだろう。

 うーんと唸って、ソラは適当な理由を考える。


「ベッドでくすぶってた俺を、連れ出してくれたお礼かな。この空気に当てられたのか、おかげで少しは気も紛れてきた」


「ふむ。ならば頂こう」


 美味しそうにそのリンゴにかじりつくリアを見て、ソラの顔も思わずほころんでいた。大したプレゼントではないが、本当に幸せそうな彼女を見れば、それだけでソラの心は満たされる。


「甘いな。こんなに甘いものは食べたことがないぞ」


「大げさだな」


「大げさなものか。ソラも食べてみるといい」


 そう言ってリアは自分がかじったリンゴを差し出してきた。その赤く丸い果実には、小さな歯型がついている。


「……もう少し、君は自覚を持った方がいい」


 受け取ったリンゴの反対側にソラはかじりつく。そのリンゴは、確かに甘すぎるほどに甘かった。


「美味いだろう?」


「そうだな」


 何故かドヤ顔で言うリアに、ソラも思わず微笑んでいた。そういう光景を、ソラは随分久しぶりに味わった気がする。

 あぁ、とソラは思い出す。

 そう言えば、と。かつての世界でも、こうして彼女と二人で並んで歩いていた。

 戦闘と戦闘のあいまの、本当に短い休憩の間に、めかしこんだアイリに手を引かれて基地の近くの街の夏祭りにもぐりこんだのだ。

 ソラの国の文化などあまり知らないだろうに、紫がかった黒髪を結いあげ、きっちり浴衣を着こんでソラに見せつけたかと思えば、りんご飴なんて昔懐かしいものに一生懸命かじりついていた。

 そうして、彼女もまたソラの口に飴を運んで言ったのだ。

『美味しいでしょう?』

 と。

 もう決して取り戻すことは出来ない、あの日々を思い返して、ソラはどこか複雑な思いだった。嬉しいような、むずがゆいような、途方もなく苦しいような。曖昧で名前などない感情に、少しだけ戸惑った。

 ――そんな中で、どこか遠くから聞こえた鐘の音が空の意識を現実へと引き戻した。カァーン、カァーンと、澄んだ音色が町中に響き渡っていく。


「朝の間鐘か。あまり市場も長くはないな」


 朝の間鐘とは、簡潔に言えば時間を知らせる鐘だ。

 ほとんど時計らしい時計がまだないこの世界では、教会が鐘を鳴らすことでおおよその時間を知る。日の出、南中、日の入りを知らせる鐘と、夜中を除く、おおよそその中間ごろに鳴らされる、間鐘と呼ばれる鐘だ。この辺りの時間のルーズさは、この世界に来たばかりのソラが戸惑った要因のひとつでもある。

 朝の間鐘ということは、あと三時間もすれば昼になる。それまでに市場の出店は全部片づけてしまうので、この鐘の音あたりからじきに店を閉める屋台が増え始める。


「先に寄っておきたい店がある。いいか?」


「構わないよ。俺に予定はないし」


 ソラがそう答えると、リアはリンゴの芯を咥えたまま歩き始めた。

 やがて辿りついたのは、市場が開催されている街の中央通りの中でも隅っこの、あまり人が立ち止まらないエリアだった。

 まるで知っているかのようにリアは真っ直ぐにその店を目指し、並べられた商品を見始める。

 立ち並ぶのは、剣や弓だった。掲げられた立札には『名工ツキヤマの一品』だとか『ジャスパー・ブラッドストーン卿の複製モデル』だとか、なかなかそそられる文句が書かれている。


「武器の露店か。初めて見たな」


「戦争が続いているからな。露出が多ければその分だけ買ってもらいやすい、そんな状況ではあるのだろう」


 そう言いながら、リアは並べられた剣や鎧を見ながらうーんと唸っている。じっくりと吟味している様子ではあるが、ソラからすれば彼女が使っていたあの鎧と剣もそれなりのものだろう。少なくとも、ここらに並んだ商品と比べても、彼女の持っていたものの方が優れているはずだ。


「リアの装備、この前の戦いで壊れたのか?」


「いや。もともと上質なものを買ったから、あの程度でどうこうなることはない。整備もちゃんとしているしな」


「なら、どうして……?」


 そう問いかけて、ソラはリアの視線が本当は剣や鎧ではなく、奥に追いやられた弓矢に注がれていることに気付いた。


「弓か?」


「うむ。この前の戦いで、地上から空中を狙う場合も想定せねばと思ってな。ひとつくらいあっても損はしないだろう。それに、二人で傭兵団を組むのなら、片方が後方支援として立ち回れるようにすべきかと思ってな」


 まだソラは承諾していないというのに、リアはもう傭兵団を組む気のようだった。その様子に辟易しながらも、これ以上拒絶するのも面倒になったソラは聞き流しておく。


「……メインウェポンにしないなら、携帯性重視で小型のクロスボウがいいんじゃないか。大きな弓は持ち運びに不便だし、剣の邪魔になる」


「ならばそれで」


 ソラの言葉を鵜呑みにしてリアはその武器を躊躇なく手に取り、大銀貨数枚と引き換えにした。ほとんどこの前の戦いの日当全てではないかと思うが、リアに気にした様子はない。


「……よかったのか」


「ソラの言葉は信じられるからな」


 リアはそう笑っていた。何の根拠もなく、ただ全幅の信頼を寄せてくれる。

 それはどこか心地良くて、けれど、すぐに背中を冷たい手でなぞるような不快感と一緒くたになってしまう。

 自分は、唯一信頼していた少女を裏切ってしまったから。

 こんな信頼を受けるに値しないと、全身が叫ぶように震えだす。


「……どうかしたか?」


「何でもない」


 頭によぎりそうになるあの瞬間をどうにか振り払って、ソラはリアに向き合った。今は、そんな暗いことを考えるときではない。せっかくの市場なのだから、ソラも楽しまねば、誘ってくれたリアに失礼と言うものだろう。


「それより、そのクロスボウの使い方は知っているのか?」


「知らん」


 即答する彼女に、ソラは頭を抱えた。そんな状態ではせっかく大枚をはたいて買った武器が無用の長物になってしまう。それはあまりに不憫だ。


「……明日から、俺が教えるよ。朝になったら俺の部屋に来てくれ」


「うむ!」


 嬉しそうに頷く彼女に、ソラもまたつられて笑みを零してしまうのだった。



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