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第一章 戦場 -10-


「――外したか」


 本気で当てるつもりでいたソラは、思わず小さく舌打ちした。

 再度弓を引くが、それでも空を舞う賢竜には当てられない。後衛に戻って負傷兵からわざわざ借りてきたというのに、これでは役に立たない。


「……ッ」


 ――ゼクスクレイヴがあれば。

 そんな思考が頭をよぎった。

 竜などゼクスクレイヴの半分程度の体長しかない。その上、あのロボの武装はビーム兵器が主だ。鱗が分厚かろうが何だろうが、一瞬にして焼き切れる。攻撃力でも防御力でも、魔法のように戦う竜を圧倒できる。

 何より、あのゼクスクレイヴには翼がある。斥力場を自在に生成することで、あの巨躯でもほとんどトップスピードで旋回できるほどの高性能を誇る。たかだか地上から十数メートルの上空で戦っている竜ならば、おちょくるように飛び回っても決して捉えられない自信がある。


 だが、それは出来ない。

 精神面という理由は確かにある。いまあのコックピットに乗ったとしても、ソラは操縦桿を握れない。握れば、あの日、アイリを殺した日を思い出してしまうからだ。

 しかしそれ以前の問題で、いまこの場にはゼクスクレイヴがない。あれは普段からずっと宿を取っている『ケズウィック』の街の外れの山に隠していて、こんな遠くの国境都市カールライルからはとてもじゃないが取りに行けない。


「後悔をするな。お前には、どの道、あの大天使は乗れなかったんだろう?」


 そう言って、リアがソラの手に自らの手を重ねてきた。気付けば、弓をめいっぱい引きすぎて、その弦でソラの手が切れてしまっていた。


「あれを使えば、確かに勝負は一瞬だったかもしれない。こんなに被害を出す前に双方から戦意を奪うことだって出来ただろう。――だが、今さらそんなことを言って何になる。何より、そんな力を借りて勝つのは気分のいいものではないだろう」


 リアの言葉にソラは頷いて、頭上で羽ばたく竜を睨む。

 リアの言う通りだ。手札にないカードを求めたところで意味はない。あったとしても、それが反則級のジョーカーなら使うことすら躊躇うだろう。

 なすべきことは、いま目の前にあるカードでどう切り抜けるかだ。


「――ジャスパー卿! その賢竜を落として下さい!」


「心得た」


 打てば響くような返事と共に、ジャスパー卿が一瞬にして竜との間合いを詰めた。竜装で自在に跳び回れるからこそできる芸当だ。そうでもなければ、あんな懐にまで入れば対処のしようがない。


「やらせるかよ!」


 眼前に振り抜かれたジャスパー卿の剣を、爪だけでその賢竜は耐える。


「――だが、そんなことに意味はない」


 にやりとジャスパーが笑ったようにソラには見えた。同時、切先から迸った赤い閃光が、賢竜の翼を抉るように駆け抜けた。

 それは業火の塊だったのだろう。肉が焼け焦げる嫌な音と臭いと共に、彼の背にあった翼に真っ黒い大穴が開いていた。

 流石に魔法のように飛べたとしても片翼では難しいのか、竜の高度がみるみる下がっていく。やがて、激突はしないまでも地面を大きく揺らしてその竜は大地に足を付けた。


「待ってたぜ」


 弓を放り捨て、ソラは即座に高周波ナイフを引き抜いた。

 地上での戦闘にさえなれば、下等竜も賢竜も関係ない。この高周波ナイフで頸動脈を切り裂けば、ただの一撃で絶命せしめることが出来る。

 だが、それは。

 近づくことが出来れば、の話だ。


「舐めんなよ、人間がァ!!」


 雄叫びと共に、賢竜はその口から業火の炎弾を吐いた。

 とっさに真横へ跳んだソラは、視界の端でその行方を見やる。後方にあった大地が、その炎によって抉り取られていた。

 焼かれる以前の問題だった。掠めただけでも、致命傷になる威力がある。


「……ソラ、これでは近づけんぞ」


「分かってる」


 目の前の賢竜の恐ろしさに、ソラは改めて気を引き締めた。

 今まで一度も賢竜とは戦ったことがない。ただの傭兵に相手が務まるものではない以上、今までの戦場ではその相手は名前も知らない上位騎士が引き受けていた。

 その意味を、目の前で痛感させられる。

 これは人間の手に負える相手ではないと。


「――ッ」


 そう認めてしまえば楽だった。だが、それでもソラにはそれが出来ない。

 かつてソラがいた世界でも、そんなことは当然あった。迫る異星人の技術は、今まで地球人が培ってきたそれを凌駕していた。ゼクスクレイヴとクロイツアインを開発できるまで、人間には防衛戦すらままならなかったくらいだ。

 それでも、そんな絶望的な力の差を前にしても、人間は諦めなかった。だからゼクスクレイヴたちは生み出されたのだ。

 ならば。

 ソラ・ミツルギがこの世界で諦めていい理由などどこにもない。

 手に負えない相手であろうと、それでも勝利を掴む。それが兵士として、傭兵として生きて来たソラの責務だ。


「あの竜――グランディフロイスの攻撃を防げるのは私だけだ」


 ソラの横に舞い降りた黄金鎧の騎士――ジャスパー卿がそう言う。その言葉の裏には、自らが盾になるという意味があるのだろう。


「その隙に、俺たちで仕留めればいいんですね?」


 その確認に、しかしジャスパー卿はすぐには頷かなかった。

 本来ならば、賢竜の相手は上位騎士が一人でするものだ。それが上位騎士唯一の仕事であり、戦場での彼にだけ課せられた責任でもある。

 だが、それでも兵士の命の方が大切だと分かっている。だから、ジャスパー卿は頷けなくとも、否定はしないのだろう。

 だから、彼は逆に問いかける。


「……出来るか?」


「もちろんだとも」


 彼の問いに、リアが自信に満ちた笑みで答える。相変わらず、どこから来るものなのかは分からないが、ソラもジャスパー卿も、それを見るだけで心が落ち着けられるのは確かだった。そういう不思議なあたたかさにも似た強さが、彼女にはある。


「頼んだ」


 ジャスパーはそう言って、ソラとリアの前に立った。


「ンだよ、作戦会議は終わりか? ――なら、もォ殺していいンだよなァ!!」


 グランディフロイスが吠え、その口から業火を吐く。

 だが、その炎はジャスパー卿の一閃によって薙ぎ払われ、虚空へと消えていった。彼の大剣もまた炎を操っているようだから、何らかの手段で相殺したのだろう。

 その隙を見逃さず、ソラとリアは同時に左右から挟むように突進した。リアの方が僅かに速度を落とす形で完全な同時攻撃を仕掛け、賢竜の対処を鈍らせる為だ。


「甘ェ!!」


 吠えながら、賢竜はめいっぱいに右腕を引いて、そのまま竜巻を起こすほどの勢いで腕を振るった。回転するように放たれたその攻撃は、リアもソラもまとめて一薙ぎに出来てしまうような速度と威力があった。

 リアはそれをこともなげに躱す。だが、ソラの身体能力ではそれをギリギリ躱しきれない。

 とっさに高周波ナイフを盾のように構えて、削ぐように薙ぎ払われる爪を受けた。

 骨がみしみしと嫌な音を立てる。掠めた程度、それもナイフで削いでいてなお、この威力。万が一にも直撃していれば、身体が原形を保てていたかさえ自信が持てない。

 だが、それでもソラはその攻撃を受け切った。


「な、ンだと……ッ!?」


 グランディフロイスは、ただ信じられないとでも言いたげにその顔を歪めていた。

 じんじんと痺れてもはや感覚のないソラの腕だが、しかしそれでもナイフを握り締めていられているのは目で見えた。

 そのまま即座に攻撃へと転じ、ソラは大地を蹴った。

 大振りの攻撃の後は、隙が生じる。それは竜も人も関係ない。あまりに大きく振りかぶったせいで、グランディフロイスはほとんどソラたちに背中を向けていた。薙ぎ払いはおろか、あの火炎を吐くことすらままならないだろう。


「行くぞ!」


 リアが叫ぶ。

 二人で同時に飛び上がり、竜の足を蹴って眼前へと迫る。

 弓でも引くように目いっぱい体をのけぞらせながら、ソラもリアも剣を引いた。目の前の賢竜の瞳には、信じられないものを見るような、そんな色だけがあった。


「クソがァァ!!」


 グランディフロイスが顔をどうにかこちらへ向けて、その業火を吐こうと迫る。

 だが、その状態でなお、ソラもリアも真上へと飛んだ。放たれた業火は、彼らの足元を素通りしていく。


「――終わりだ、グランディフロイス!!」


 二人の声が重なり合う。

 同時、落下と共に突き出された二つの剣は、それぞれが竜の眼を貫いた。夥しいほどの真っ赤な血を噴き出しながら、叫声と共に漆黒の竜の身体が沈む。


「ま、さか、竜装も持たねェやつらに負けるなんてな……」


 血を吐きながら、賢竜は呻くようにそう言った。ソラの斬撃はほとんど脳にまで達していただろうし、リアの剣に塗られた毒はとうに身体を侵している。長くは保たないことは明白だ。


「くそったれ。――だが、こんなもんは手始めだ……ッ」


 涙のように血を流すその賢竜は、震える手で、しっかりとソラを指差していた。


「もォディアスキア様は動いている……ッ」


 血を吐きながら、それでもなおグランディフロイスは笑う。


「覚悟してろよ、ソラ・ミツルギ……ッ」


 そう言い残して、漆黒の賢竜――グランディフロイスは息絶えた。

 同時、縛られていたものが解けたように、この場にいた下等竜たちがそれぞれ遠吠えのように叫びながら、蜘蛛の子を散らすように森の奥へと消えていった。

 カールライルでの防衛戦は、こうして幕を降ろしたのだった。



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