人人役所
男がビルの屋上にいた。
彼は、自分がなぜ、ここにいるのか、分からなかった。
気付いたら、自分が働いている会社のビルの屋上に上っていた。
俺は死ぬのか…。確かに…つまらない人生だったしな。
「それ失礼じゃない!?」
男が声のするほうを見上げると、赤い髪をした青年が文字通り浮いていた。
「………」
「その言い種は俺に失礼」
「 」
男は驚きのあまり、声も出せない様子である。
「まっ、そんなんだから嫌になったんだけどねー」
青年はそういうと、フッと消えてしまった。と同時に、男は屋上から飛び降りた。
ここは人世界でいうところの人生相談所。といっても人世界の人生相談所とは少し違う。人には見えない「人生種」といわれるものたちが相談をする無料相談所である。「人生種」とは、我々人類が「人生」と呼んでいるものであるが、彼らは心を持ち、動いたり話したりする。そして、この「人生種」と人をつないでいるのが、通称「人人役所」正式名称は「人生と人のより良い暮らしをお助けする役を担っている事務所」という。
「また自殺かー。しかも人生が付いていなかったらしいから…」
「亡殺」
「だねー」
亡殺というのは、「人生種」がいなくなってから亡くなる人が行う自殺のことである。昔は人の方が、自分の構築した人生に満足せず死ぬケースが多かった。しかし、ここ最近は「人生種」が自分を構築してくれた人に嫌気がさすという不可思議なことが続いている。
「離れたいんですけど、いいですか?とか確認するってことはないのか!」
そう言ってヤクは机をドンと叩いた。
「まぁまぁ」
濃い紫色のロングヘアーの女性がお茶を机に置きながらヤクを宥める。女性はミチカといって、この事務所の所員の一人である。
「上も動いてくれるみたいですから」
「あーその件については、ありがとな。ミチカの兄さんのおかげで、上の連中が動いたって聞いた」
ミチカの兄は人生役所で働いており、最近人界で多発している亡殺についてのヤクのレポートを元に、幹部たちを説き伏せてくれたらしい。
彼ら人生役所の者や、ここの事務所の者たちは、人が寿命で亡くなってしまった者たちた。もっと人に寄生していたい者たちを除いて、ほとんどがここに派遣される。
「いえ」
ヤクはミチカが入れてくれた煎茶をゆっくり飲む。彼が以前寄生していた老人が好んで飲んでいたものらしく、老人が寿命で亡くなってからヤクもよく飲むようになった。
「にしても、最近多いな」
ヤクは誰にともなく、そう呟いた。