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退屈な月夜

 月明かりのなか、タバコの煙がふわりと広がった。火種から真っ直ぐに登り、少しすると四方八方へと更に広がる煙。月明かりのせいかは分からないが、今日は酷く幻想的に見えた。

 時刻はそろそろ2時になろうとしている。深夜にも関わらず、わたしのスマートフォンはひっきりなしにメールを受信している。

 ただの暇潰し。そんな言葉の似合う内容ばかり。特に連絡を取り続ける必要もないが、やっぱりわたしも暇潰しなのだ。そう思うと急にバカらしくなる。

「いま、なにしてる?」

「タバコ吸ってる」

「なに吸ってるんだっけ?」

 何でもいいじゃん。心の中のわたしは、酷く冷めはじめる。でも、まだ眠れそうにないわたしは、コージと同じタバコだよ。と真顔で送信した。


 朝は弱い。わたしには眩しすぎる。だから、基本的には活動するのは夕方から。それまでは寝てることが殆ど。太陽は遠い存在。

 今日も起きたのは18時前。薄暗い部屋でゆっくりと目覚めた。寝起きでぼんやりするなか、何をしようか何となく考える。

「いま起きた」

 そっけない文面を作り、送信した。昼間コージから寝ているのを知りながらも5通のメールが届いていた。内容は、今から昼休みだとか、夜は何をしているかだとか、つまらない内容。もちろんわたしは、どのメールに対しても答えない。

「おはよう。いま仕事おわったよ」

「おつかれさま」

「今日、呑み行こうよ」

 コージの良いところは、連絡がマメなところ。とりあえず孤独な時間を与えない。そんな彼の長所が、辛うじてわたし達を繋ぎ止めてる。


 19時過ぎに家を出た。風が吹くと少し肌寒い。足元は一目惚れして買ったツートーンカラーのヒール。安定感とデザインが気に入った。

 駅前には帰宅途中のサラリーマンで溢れている。コージとの待ち合わせ場所は決まって、本屋の前だった。わたしがいつも時間通りに来ないのを見越して、本屋で時間を潰しているらしい。

「ついた」

 本屋の前でメールを送る。1分も経たないうちにコージが中から出てきた。

「おつかれ」

 コージはストライプのポロシャツにデニムと、ラフな装いで現れた。

「どこいく?」

「いつもの焼き鳥屋いこうよ。あそこのねぎ間食べたい」

 コージと呑むときはいつも焼き鳥だ。

「また?ねぎ間なんかどこも同じじゃん」

 いいから、いいからとコージに促され、気乗りしないまままお気に入りのヒールで焼き鳥屋へ向かった。


 週に一度この焼き鳥屋に来る。どこにでもあるような普通な店内だが、どこか安心した気持ちになる。

「おっちゃん、ねぎ間3本とビールね」

 コージはこの店のカウンター席がお気に入りらしい。前に一度だけ何でカウンターなのか聞いたことがあったが、よく覚えてない。たぶん、つまらない理由だったのだろう。

「おまえは?何食べる?」

「皮。塩で」

「じゃ、俺も!」


 ある程度、食べて呑んだ頃、コージのスマートフォンが鳴った。頭の中を掻き乱すような不愉快な電子音だ。コージは、何か喋っていたがわたしには関係ないし、興味もなかった。最後の皮串に手を伸ばして、更にビールを流し込む。今日は、呑んでも退屈だ。

「ねぇ、友達呼んでもいい?」

「べつに。いいんじゃない」

 コージは、また電話で何か喋っていた。そして、皿の上には何も付いてない裸の串だけが残った。その光景は何だかやたらと滑稽に見えた。


 しばらくすると店の入り口がガラガラと開いた。コージは、入り口に目をやり席を立った。

「よ、早かったな」

「近くにいるって言っただろ」

 コージと話している彼は、すこし不機嫌な気がしたが、気にせずわたしはビールを流し込む。

「コージの友人のアキラです。すみません、いきなり合流しちゃって」

「あ、気にしないで」

 コージを挟んでわたし達は簡単な挨拶を交わした。わたしに話したアキラの声は低く落ち着いた印象で、コージにはない大人の余裕のようなものを感じた。

 アキラは串を何本かと芋の水割りを注文した。酒が好きらしく、良く呑みに行くと言っていた。

「じゃあ、改めて乾杯しますか」

「おいおい、あんまりはしゃぐなよ」

「いいじゃん」

 コージは言い出したら聞かない。まるで子供のよう。

「はいはい、わかったよ。好きなようにやれ」

 半分呆れ顔のアキラはコージを宥める。


 焼き鳥屋にはそれから2時間くらいいた。何を話したわけでも、何を聞いたわけでもないが、なんとなく時間が過ぎていた。楽しかったかは分からないが、それほどつまらなくもなかったのは久しぶりだった。

 コージはいつも以上にはしゃいで、いい気分になっている。もともとコージは酒にそんなに強くない。

「ねぇ、もう一軒行こうよー」

 店を出てふらふら歩くコージがアキラに寄りかかる。かなりのペースで呑んでいたがアキラは全く酔った様子はない。こういうとき、酒に強い男は頼りになる。

「あんた、家遠いの?」

「わたし?いや、歩いて帰れる距離だけど」

「コージの家の方?」

 アキラはコージを抱えながら短調に話す。あっさりしていると言うか、機械的というか。わたしは、今アキラが何を考えているのか表情から読み取ることが出来ない。それくらい冷たく感じた。

「コージの家の方からもそんなに歩かないよ」

「なら、悪いけどこいつ送ってから送るよ」

 雲の切れ間から月明かりがアキラを照らした瞬間、わたしは思わずドキッとした。白い光が映し出したアキラの顔は、とても整っていて美しい。横にいるコージと比べると背も180センチは超えているだろう。でも、美しい顔には笑顔がない。恐怖と好奇心が混ざったような胸の刺激を隠すのに必死だったが、コージを支えて歩くアキラに興味を持ち始めていた。


 コージを送り届けた後、わたしとアキラは無言のまま静かな住宅地を歩いていた。コツコツとアスファルトを踏むヒールの音がやけに響く。もともとわたしも、べらべらと喋る方ではない。アキラもきっとそうなのだ。その方が落ち着く。

「じゃあ、家ここだから。」

「遠回りさせて悪かった」

 軽くアキラに手を振り、スッと振り返る。こんなにさめざめとした別れが他にあるだろうか。でも、どうやって別れたら良いのかも分からない。わたしは1人でぐるぐると考える。

「あのさ」

 コツコツと歩く音に混じってアキラの声が聞こえた。一段と低く、わたしの胸に深く響いた。

「なに?」

 振り返ったわたしの無愛想な返事と同時にアキラと目が合う。アキラの目は大きく、逸らせなくなるほど綺麗だった。

「あんたさ、なんでそんなにつまらなそうな顔するの?」

「それ、どういう意味」

「言葉のまま」

 アキラはほんのすこしだけ笑った気がした。そして、アキラの顔を照らすスポットライトのように、月がまた顔を出す。その光はさっきより眩しく、アキラだけを照らす。

「あんた、笑わないよな」

「関係ある?」

「いや、似てると思って」

 わたしはまだアキラから目を逸らせずにいる。真っ直ぐに届く視線は優しく微笑んでいるようだった。

「悪いな、つまんないこと聞いて。じゃ、帰るわ」

 アキラはそう言ってわたしに背を向けた。わたしも改めてアキラに背を向けて、コツコツと歩き出す。もう互いに呼び止めることも、振り返ることもなく歩き続けた。


 部屋に戻ってもまだ、わたしの視界はチカチカと眩しかった。それはアキラの顔を照らした月明かりの余韻のせいなのか、ついさっきまで薄暗かった部屋に灯る照明のせいなのかは分からない。

 スマートフォンを見ても、コージからの連絡は無かった。またわたしのつまらない夜が始まる。コージの連絡が無いぶんいつもより、孤独に違いない。わたしは窓を開けて夜空を覗いた。風がふわりと部屋の中へ入ってくる。そして今晩もまた月夜にタバコの煙が泳ぐ。

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