零細正義の組織の家計簿-5
5〉
危ない所だった。
航輝は、車内で冷たい汗を拭う。
鋭一さんは人柄もよく、勇気もあって、正義の味方としては申し分ないのだけど、その『ポリシー』だけが非常に危険なのだ。
たとえ、本人にそのつもりが無くても、行動が変質者として通報されるのに十分である。
そのため、ああいう『子供たちが集まる公園』で『暗くなり始めた時間帯』などという不審者認定条件が重なる場所に彼を長い間放置しておくことは、避けなければならない。一歩間違えれば、通報される可能性すらあるのだ。
あの後、悠里と一緒に、なんとか鋭一を説得して車まで引っ張ってきた。
なんか、それが今日一番に疲れた気がするのは気のせいだろうか。
環状線を鋭一の車が走っていく。
今日の営業先は、航輝たちが暮らす街から少し離れたところにあった為、鋭一が車を出してくれたのだ。
航輝達の住む夕凪市まで15㎞程、この分なら夜の9時ごろには家につくことが出来るだろう。
「鋭一さん、車出してくれて、ありがとう」
助手席に座った航輝は、律儀に頭を下げた。バックミラーを見れば悠里も、後部座席でちょこんと頭を下げている。
「なぁに、気にするな」
運転席の鋭一は、にやついた笑みを崩すことなくそう答える。
「それに今日は半日、永遠の天使。悠里ちゃんと一緒にいられて、俺はもう最高だったさ」
外見上、小学生にしか見えない悠里は、『未成熟な外見をこよなく愛する』鋭一にとっては、いまだに『永遠の天使』なのだ。
「私は、すっごく、とっっても迷惑でしたっ!!」
後部座席で悠里が抗議しているが鋭一には、その抗議すら耳に心地よいらしい。
暫く悠里の抗議を楽しそうに聞いていた鋭一が、不意に話題を変える。
「で、どうだった。我ら哀れな弱小正義の味方に仕事は巡ってきたのかな?」
軽い口調で聞いてくる。
ふざけながら質問しているという訳ではない。この男はどんな時でも、基本“こう”なのだ。
それを心得ている航輝は、律儀に返答する。
「ダメでしたよ」
「そうか」
鋭一は、暫く無言でハンドルを握っていたが、唐突に言いだした。
「まぁ、あれだ。どうせ、お前の事だから。金よこせとか、言われて断ったんだろ」
「え、あ、はい。そうです」
急に言われて、つい本当のことを言ってしまう。
悠里の前でも黙っていたのに、この人相手だと調子が狂ってしまう。
「やっぱりなぁ……なぁ、『そういうのなし』だと、やっぱりキツいんじゃないか?」
「弥栄さん!」
後部座席の悠里が抗議の声を上げるが鋭一は気にしない。
航輝も、鋭一の性格を心得ている為、急に何を言い出したのかと思うことは無い。
この人は今「航輝、そこは割り切って払ったほうが良いんじゃないのか?」と自分に考え直す時間を与えてくれているのだ。
未熟な自分に、広い視点で考える時間を持てと、言ってくれているのだろう。
答えを言わずに、考えさせる所が、鋭一らしい。
航輝は目をつぶって『ワイロ』について考え直してみた。
悪の組織に頭を下げて、戦わないかと『お願い』に行くのはまだ我慢できる。
だが、悪の組織に金を払ってまで『戦ってもらう』のは、“正義の味方”として許されない事なのではないかと思うのだ。
うん、やはり自分の考えは間違っていないと思う。
「すみません、でも俺、やっぱり……」
鋭一は、皆まで言わせずニヤリと笑うと、暗く沈みがちになる助手席の航輝の頭を軽く小突いた。
「まぁ、いいさ。月並みな言葉だけど、《スターライツⅤ》のリーダーはお前なんだ。好きなようにやりな」
「ありがとうございます」
やはりこの人には、頭が上がらない。航輝や悠里たち新米の正義の味方が、なんとか正義の組織をやっていけるのは、この人のアドバイスのお蔭なのだ。
「でもそうすると、あれだな、他に仕事を受けてくれそうな悪の組織といったら、ほら。お前の同級生の所位しかないんじゃないか?」
「都のところですか。さっき悠里からも言われましたよ。」
「さすが『俺の天使』」
後部座席では、「だれが『天使』かー!!、弥栄さんのものになったつもりなんて無いっ」と、再度の抗議の声があがるが鋭一は気にしない。
しばらくすると、後部座席から運転席を蹴っている音も加わる。
「お前頼んでみちゃくれないか?当然、ウチと戦うこと前提で」
「あいつには、あまり迷惑をかけたくなかったんですが……。」
「この際、そんな恰好つけている場合じゃないだろ。このままだと後3か月もしないうちに干上がっちまうぞ。いずれ秘密基地のローンだって支払えなくなっちまう。」
父母の代で40年ローンで建築した秘密基地は、まだ返済が23年ほど残っている。
「そう、ですね。わかりました、明日学校で都に話してみます。」
明日も、大変な一日になりそうだった。