終章
あの埠頭での戦いから一か月がたった。
年が明け、正月の騒ぎは、ようやくひと段落したその頃、航輝達は、秘密基地の炬燵の中でみかんを食べていた。寒がりの悠里は炬燵の中から決して出ようとしない。
悠里は大好きなチョコレートを口に頬張っては、もぎゅもぎゅと食べている。
航輝は、炬燵の上に散乱した空き箱を片付けながら、もう何度目かになる注意をした。
「おい、すこしは運動しないと太るぞ」
「いいじゃーん。すごく久しぶりの休みなんだよ。今日は一日だらだらとして過ごすって決めたんだもん」
本人がいいと言うなら、確かに、今日ぐらいはいいだろう。
あれから、すさまじい数の取材と、降ってきた大量の作戦オファーにてんてこ舞いだった。
鋭一も退院し、三人でなんとか仕事をさばいたが、暮れも正月も休みを取ることが出来ない程に作戦の予定が立て込んだ。そして、1月も半ばになった今日、ようやく半日だけ休暇をとることが出来たのだ。
『人のうわさも七十五日』と言う諺があるので、そのうちこの人気も薄れ、いつも通りの生活に戻るのだろう。だが、少なくとも今の間だけは、沢山作戦をこなして、儲けさせてもらうことにしようと思っている。
鋭一など、土曜日の日課が出来ない日々に、「俺の心は干からびそうだ」などと嘆いていた。
久しぶりの半日の休みに、喜び勇んで出かけていったが、どこに行くのか怖くて聞けなかった。
つけっ放しの、テレビからは
『世界的正義の組織は、リーダー聖園・ジゼル・由美香が、謎の組織《忍び寄る影》の怪人に操られていた事件につき、十日公式声明を発表しました。
年内までに内部監査を行い、怪人が由美香嬢に取り憑いた経路を特定すべく、外部調査委員会を設け、結果が出るまで活動は休止するとの事です』
などといった報道がされていた。
あれから、《サンクチュアリ》のほうから航輝達に何の連絡もない。
ただ、《スターライツⅤ》の秘密基地の鍵が郵送で返却されてきただけだった。
アイテム街に行ってみたら、普通にアイテムを売ってくれた。
気まぐれなのか、《スターライツV》のことを認めてくれたのかは、わからない。
ただ、なんとなく、航輝は、あの戦いの中で何かが伝わったのではないかと思っている。
『いまから、そっち行くね』
都からのメールが届いた。もう家の前だそうだ。
《ラ・フィエスタ》のバイラオーラはあの後、一度も公式の場に姿を現していない。
都はコスチュームを改良する猶予もなく、埠頭でのあの戦いに参加した。
それは、バイラオーラの勇姿とおなかやフトモモは余すことなく、全世界に放映されてしまったということを意味した。
さらには、インターネットで大量の写真と動画をアップされ、ファンクラブまで出来る始末である。
この前、同じクラスの瀬古が、同人誌まで作られているんだぜと力説していた。
本当に、恥ずかしくて外も歩けないと本人は言っていた。
「お父さんは嬉しいぞー」
「やだぁぁぁぁぁぁ!!絶対変える、このコスチューム絶対っ変えてやるっ!!」
などと、志摩家では大喧嘩をしたらしい。
「みんな、いるー?」
都が、秘密基地の中に入ってきた。ここまで正義の組織にフリーパスな悪の女幹部も少ないだろう。
「今日、夕方から作戦なんでしょ?作戦後に、ご飯作るのも面倒だって言ってたから、差し入れです!お鍋でも作って待ってるよ」
そう言って、スーパーの袋を持ち上げて見せた。買い物袋からは、ねぎや白菜などの食材がのぞいている。
「わー。都さんさっすがぁ」
悠里がさっきまでカメかヤドカリのように炬燵に潜っていた所を這い出して来る。
《サンクチュアリ》の斎木をして、恐ろしい策士と評された少女は、あたたかい鍋を想像し頬を緩めていた。
都の手にはレジ袋とは別に、悪の女幹部のコスチュームカタログが抱えられている。
『悪の女幹部コスチュームカタログ―尼僧編―』
『悪の女幹部コスチュームカタログ―隠者編―』
どこかズレているような気もするが、いまだにコスチュームの変更を諦めていないようだ。
「じゃぁ、行こうか」
暫く、カタログを見ながら、都の新コスチュームについて話していたが、そろそろ作戦の時間である。
航輝は、炬燵のスイッチを切ってから立ちあがった。悠里などは、炬燵の暖かさを名残惜しそうに堪能している。
「じゃぁ、都。行って来るよ」
「う、うん行ってらっしゃい」
何故か、ドキマギしている都を秘密基地に残し出動。現場に赴く。
途中、鋭一と合流すると、現場には、今日の作戦を行う悪の組織が先に到着していた。
「今日はよろしくお願いしますー」
設営したテントの中に入り、挨拶を交わす。
「おおぉー。《スターライツⅤ》の天地航輝君だね。久しぶりだなぁ」
悪の怪人が、航輝に挨拶を返した。どこかであっただろうか?
「あ、この姿じゃわからないね。とぉう!!」
掛け声と共に、変身が解かれる。
怪人の変身が解けると、そこには禿げ頭のおじさんが立っていた。
思い出した。九月の初めに営業をかけて、散々に言われた悪の組織の事務員さんだ。
書類で確認はしていたが、まさか、今日、戦う悪の組織が以前に営業をかけて断られたところだとは思いもしなかった。
「あ、あああ。十月の中ごろ、お会いした……」
「うん、そうだよ。あのとき企画書を読んだ時から、僕はね、君は必ず伸びる!!って思っていたんだよ」
うそつけ、ワイロが無いと作戦を受けられないって言ってたじゃないか。
「今日もね《サンクチュアリ》を救った英雄さんと戦えるのを、楽しみにしていたんだ」
いいたいこと言ってるなぁ。そう思いながらも如才なく対応する。
「それは光栄です。あれはいくつもの幸運の重なった結果でして、我々の実力では到底不可能でした」
「いやいや、謙遜しないでも良いんだ。今日はよろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
航輝は頭を下げた。
怪人たちが戦闘員を連れて、工事現場を襲っている。
「まてぇいっ!!」
「げひゃはっはぁぁ。げぇぇ!お、お前達は《スターライツⅤ》っ!!」
破壊されていく工事現場を見守っていた、ギャラリーから、歓声が上がる。
「おー。《スターライツⅤ》が来てくれたぞ」
「まってたぞーっ」
これが、俺の生き方だ。
維持していくだけで一苦労だし、人気が無ければ見向きもされない。
それでも、この道を選んだことに悔いはない。
始めは、親の跡を継いだだけだったが、今、この瞬間には、心からそう思える。
「俺は、スターライツレッドッッ!!」
背後に二人の頼もしい仲間。
右にはスターライツイエロー。
左にはスターライツブルー。
二人の気配を感じながら航輝は、怪人に向かってすっかり馴染んだ口上を叫ぶ。
「星の輝きは、悪事を決して逃さないっ!!」
その声は、冷たく張りつめた冬の空気を流星のように切り裂いた。




