零細正義の組織の家計簿
第一章 零細正義の組織の家計簿
〈1〉
時計の秒針が神経質な音を刻んでいる。
事務室の一角、衝立で間切りされた応接スペースに、一人の少年が、緊張の面持ちで座っていた。
太い眉の精悍な顔立ちの少年が、高校の制服に身を包み、生来のへの字口をさらにへの字に曲げている。
少年は、書類に目を通している二人の中年男性と相対しており、緊張で冷たい汗を背中に流していた。
書類を読んでいる二人の男性が何やら目配せを交わすと、その内の、禿げ上がった方が、少年に声をかける。
「うん、君……天地航輝君といったかな?《スターライツⅤ》さんの二代目だろ」
「はいっ、そうです。」
航輝と呼ばれたその少年は神妙に返事を返した。
緊張で声が上ずら無かったかどうか、あまり自信がない。
「君が持ち込んだ企画書見せて貰ったよ。まぁ、そこそこ面白いと思う。」
「はい!有り難う御座います」
少年の返答に喜色の色が混じる。
何十件目だかもうよく覚えていないが、ここでようやく前向きな評価を貰うことが出来た。
「今回の企画が、お勧めな点はですね、悪の組織の負担を極力減らすという……」
ここなら話もまとまるかもしれない。いや、話をまとめないと航輝の経営する《スターライツⅤ》は、もう二ヶ月も仕事が無いままなのだ。
航輝はここで何とか、話をまとめるんだと、勢い込んで話を始めた。
「あ、ああ。ええとね天地君、持ち上げといて大変申し訳ないんだが、一つ確認させてもらってもいいかな?」
「はい、なんでしょう!」
「この業界で仕事の営業をかける際の、『暗黙の了解』は知っているかな?」
「あ、はい。でもそれは……」
「ウチもね、中堅の悪の組織とはいえ、余裕があるって訳じゃないんだ。戦いの後、ウチにどれだけ……ほら、アレが“回ってくる”のかな?」
“また”その話か。航輝はウンザリした。
要するに「仕事が欲しければ、バックマージンをよこせ」と言っているのだ。『バックマージン』『ワイロ』『袖の下』何でもいいが、金の無心である。
この業界に、仕事を得る際にワイロを送り合う悪習があることは航輝も知っている。
だが、航輝は弱小の正義の味方とはいえ、それだけはしたくないのだ。
ここは、裏金以外にも、メリットがあるのだという点をアピールすることにしよう。
航輝は、連日連夜、徹夜で考えた企画のセールスポイントを説明し始めた。
「いえ、でも企画に乗って戴ければ、怪人の巨大化のリスクもカットできますし、大きな宣伝効果が生まれます。また、それ以上の……」
男は大きなため息をつくと
「君、“そんな事”はどうでも良いんだ。」
と、航輝の説明を遮った。
まるで、聞き分けのない子供に教え諭す様に、禿げ頭の男は航輝に言った。
「つまりね、君たち正義の組織が、今まで戦ったことも無い悪の組織に企画を持ち込むんだろ?そんな時は、“アレ”の金額をきちんと用意しておかなけりゃ、、どこの組織も検討すらしないんだよ」
企画の内容はどうでも良いらしい。『そんな事』と言われ航輝は、もう何も言えない。
その様子を見て我慢の限度が過ぎたのだろう。
今まで黙っていたもう一人の男が、苛立たしげに言葉を継いだ。
「そもそもね、君達みたいな弱小の正義の組織が、このご時世に運営を続けていこうだなんて事が、間違っているんだよ。大体ね、《スターライツⅤ(ファイブ)》って名前の正義の組織だろ?なのに、現在の構成員が3人だってところからして、もうアウトじゃないか。君達『戦隊系』の正義の味方だろ?もう2人はどうしたんだい。」
「それは……」
「一々話にならないんだよ。君達のような正義の組織とは、お付き合いすること出来ないな。お引き取り願おう」
ああここもダメか。
どこに行っても、ワイロを要求され、それを渋ると門前払いになってしまう。
肩に鉛の塊をぶら下げられた様な徒労感を感じる。
「お手間を取らせていただいたのに、申し訳ありません。」
航輝は、椅子から立ち上がると、深々と男に頭を下げた。
事務室のあった雑居ビルのエレベーターは、運悪く故障中だったため。航輝は階段を使ってとぼとぼと降りてゆく。
「どいつもこいつも、金ばかり欲しがりやがって……」
次の瞬間、正義の味方の自分が悪態をついて気分を軽くしようとしている事に気が付きまた気が重くなる。
この企画には、だいぶ期待をかけていたのだが、数週間の準備が全て水の泡だ。
さて、外で待ってくれている仲間達に、どう説明したものか……。