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名案は助言の後に

 第一の難関「歓迎の急勾配」に挑戦して約三十分が経過した。

 未だ坂上に到達した者はいない。

 歓迎の急勾配っていうのは、木製の板が敷き詰められた坂道で、ただ単に上るだけなら然したる苦労もなかったはずなんだけど、板から摩擦抵抗を激減させる透明液状の樹液が溢れ出てきて、坂道を駆け上がる者を滑り落とさせる。

 僕たちタグラグタ軍(あくまとうばつたい)は、樹液まみれになりながら坂を駆け上がっては滑り落ち、這い上がっては滑り落ちるを繰り返していた。

「だめだこりゃ~。」

 坂から滑り落ちながら、レイヤーがお得意のセリフを口にする。


「もうあの”だめだこりゃ”って台詞は聞き飽きたよ。」

「ほんとだね。今日だけで何度目だろう?」

「この調子だと、まだまだ聞き続けることになりそうだね。」

「やっぱり、初っ端の失敗が痛いよなぁ。」


 僕とフックは体に付いた樹液を振り払いながら、たどり着けそうにない坂上を仰ぎ見る。

 当初の作戦ではタグラグタ軍の精鋭部隊、『イーラナイツ』の一人、バーツ・オレタノが得意とする棒高跳びで、坂上まで跳躍する予定だった。

 だが、柔軟性と耐久性に富むはずの木製の棒がポキリと折れた。

翻筋斗(もんどり)打ちながら地面へと落下したバーツさんは、打ちどころが悪く、悪魔と直接戦わずして最初の戦死者になっちゃった。

 それからは僕達第一部隊百名が樹液まみれになって「歓迎の急勾配」に挑み続けている。


 他の部隊は正攻法以外の道を探っている。でも、上手くいっていないみたい。迂回しようと密林に入れば獣人に襲われたり、迷子になったり。

 地下道を造ろうと、穴を掘り進めてはいるけど、ビッシリと張り巡らされた木の根が邪魔だったり、厚い岩盤に阻まれ作業が進展していなかったりする様だ。


 フックワイヤーを掛けてみても溢れ出た樹液がフックを滑らせる。

 梯子を掛けて登ってみても梯子は樹液に浸り滑って登れなくなる始末。


「ねえ、ねえ、パッチ、坂の上にあの悪魔がいる。」

「本当だ。いつの間にかいる。」


 再び現れた悪魔に気づいた後方部隊から、悪魔めがけて無数の矢が飛ぶ。


「ふふ♪」

 扇子をはらりとひと振り、先程と同様に全ての矢を弾き返した。


「皆様、大変楽しんで頂けている御様子♪残念な事になった御方もおられますが、お気を落とさず、引き続き御遊戯を、お楽しみくださいませ♪」

 悪魔に好き勝手言われ放題で、苦虫を噛み潰したかの様な面持ちの副将、苦虫を磨り潰した様な顔の将軍、付き従う全ての兵が悪魔に敵意を向ける。


「そこで待ってろよ、コンチクショウ。」

 剣先を坂に突き刺し、真っ先にレイヤーが坂を駆け上り始めた。それに続く一番隊一同。

 まあ、結果は分かっていたけど・・・坂下で山積みになる一番隊一同。



 悪魔(オウガデス)は、そんな僕たちの滑稽な姿を見て満足したのか、先程と同じ様に、霧に包まれ徐々に姿を消していく。


須らく(すべからく) 全ての者が 滑り落つ   

           翼無ければ 登らなければ♪」


「それでは皆様、ご機嫌よう♪」

 変な韻を踏んだ言葉を残して消えていった・・・。


 ・・・んっ?助言?

 悪魔が言い残したのは助言だったのかな?

 言葉の意味を考えてみた・・・けど、良くわからない。でも、あいつは足掻く僕らを見て微笑んでいた。

 

 馬鹿にされてる。すっごく悔しい気持ちが込み上げてくる。

「何が何でもここを突破して、あの悪魔に一矢報いてやる。」


「おう、よく言ったな、パッチ。俺もアイツのバカにした態度が許せねえ。」

僕の肩に手をかけたレイヤーの手がツルリと滑る。


「でも、あれだけの矢を射っても通用しないのに、一矢報いれるのかな?」

 そう不安げに呟いたフックはうな垂れた。


 早く坂を上って進まなければと、思いつつ、良い案が浮かばず空を見上げ途方に暮れる。




 ・・・込み上げる・・・手をかける・・・うなだれる・・・進まなければ・・・んっ?

 上げる・・かける・・たれる・・進まないと・・。

 上がる・・・・・登る・・・登り降り・・・登り降ろせば・・・。

 ・・・あっ、解ったかも。


「ねえねえ、あの坂より高い所に登って、そこから降りれば、坂の上に行けるよね。」

「う〜ん、まあ、そうだけど、あの坂の近くの木からも樹液は出てるし、遠くの木に登って、そこから飛び降りるとしても、坂の上までは全然届かないだろ?」

「うん、でも木は木でも木製の梯子を使えば良いと思うんだ。」

「梯子を掛けても駄目だったじゃないか。」

「掛けてからは登れないけど、登ってから掛ければ坂を上がらずに坂上まで行けるんじゃない?」

「ちょっと怖そうだけど、上手くいくかも。」

二人の賛同を得た僕は、早速、ブレスト様のところへ、ちょっとした作戦の進言をしに向かった。


 作戦の実行は樹液まみれの第一部隊ではなく、ブレスト様直属の兵が行うことに、何処かの精鋭部隊と違って、結果は見事に成功、坂上まで辿り着いた兵は皆の歓声を受けている。


 そして何処からともなく優しげな声が聞こえてきた。

「お見事です♪歓迎の急勾配、攻略者はゴール・ゴッツァンさんです♪」


 なんで敵がザザールーク軍の、しかも一兵士の名前を知っているのか疑問だけど、祝いの言葉が終わると坂道は徐々に平坦な道へと変貌していく。

 おそらく、この場所に掛けられていた魔法が解けたのだろう。


 これが、あの悪魔(オウガデス)のみの力によるものなのか、どうかは分からないけど、この坂は悪魔の力で造られていたのだろう。

 この事だけでもシン帝国に属する悪魔達の恐るべき能力が実感できる。


 何はともあれ、最初の難関を突破でき、僕達第一部隊を除いて、悪魔討伐隊は士気高らかに次の難関まで進軍する事になった。


 進軍途中、仲間思いの二人が不満を漏らす。

 「チェッ、なんだよ、作戦はパッチが考えたのに、手柄は副将のもんかよ。納得いかねえ。」

「そうだね、なんだか悔しいね。」

 レイヤーが舌打ちし、フックが相槌を打つ。


「少しだけ、少しだけ悔しいけど、別にいいんだ、いずれは他の人も気付く事だったと思うし、それよりも、あの悪魔の助言で攻略法に気付いたって事の方が僕は悔しいんだ。」


 こっちは戦争しに来てるのに、まるで遊園地に遊びに来た客の様な扱いをしてくる。

 進攻を防ぐ立場のはずなのに、わざわざ助言しに来るのも絶対おかしい。

 レイヤーとは違う不満だけど、なんだか全然絶対納得いかな〜〜い、って感じだ。

 悶々とした気持ちを抱きつつ、第二の難関「落ち着きの架け橋」へと僕らは辿り着いた。


「妹よ、お兄ちゃんは悪魔に一矢報いるまで挫けないよ。」


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