軍事訓練編 自我共散《じがきょうさん》
ここは公開訓練の場、な~んのお宝も眠っていない作られた市街地、本来なら盗賊なんてお呼びじゃない。
私の隣で真昼間から酒を浴びるように飲んでいるのは、一応の上官に当たるヤヌス、黒髪蒼黒眼、黒縁メガネに甘いマスク、優雅な物腰、典型的な優男でありながら、『瞬殺』の二つ名を持つシン帝国では五指に入る強者だ。
そんな彼でも帝国最強者であるディアブロとの正面戦闘はなるべく避けたいらしく、我々『麗無隊』は市街地内にて息を殺して潜み、こっこ隊の隙を伺っていた。
「部隊の治療に専念している今が絶好の時じゃないかしら、これを逃すと『こっこ隊』が本陣を落としかねないわよ。」
ヤヌスからワイングラスを掠め取り最後の酒を飲み干す。
「あちらに隙らしい隙は見受けられないけど、確かにラミールさんの仰るとおり今をおいては他に無しだね。酒の切れ目が勝負時ってことで参りますか。」
漸くやる気を見せるヤヌス、重い腰を上げ、腰に下げた剣を抜く。
ヤヌスの持つ剣の柄は白く、刀身は無色透明だが、刀身の周りに銀色の光粒子が漂っており、朧ろげながらその姿を浮き立たせている。
「作戦はでっこ隊と同じ様に俺がディアブロを抑えるから、他は敵部隊を攻撃しつつ、隙あらばミュリエルちゃんを確保するように、今回の暗殺タイミングはラミールさんに任せるよ。それじゃあ、また後で。」
言い終わるとヤヌスはラミールの目の前から一瞬で姿を消し、直後、こっこ隊の方からガキンと金属音が聞こえる。
潜伏していた建家から『こっこ隊』まで545モートルの距離を瞬時に移動し、ディアブロの首を刎ねる狙いの一撃が繰り出されたのだ。
「意表を突いたつもりが、お見通しだったかな?」
透明の長剣は黒い大剣に受け止められていた。
「お前の居場所は酒と女の混じりあった香りでわかる。」
「臭いと言わないあたりは気を使ったつもりだろうが、混じり合わせちゃ駄目だし、それを嗅いでは駄目だろ。ミュリちゃんやラミールさんが聞いたら激怒するぞ。」
「・・・嗅ぐのが駄目なのか?」
「デリカシーの問題だよ。」
「くっ、また心配りが足りなかったか・・・。」
「世の中にはな、嗅いで欲しい匂いと、嗅がれたくはない臭いがあるんだ。何でもかんでも嗅ぎ取ってはいけないのさ。」
「一応は選別しているつもりなのだがな。」
「何でも出来るのが出来る男じゃない、出来て当たり前の事でも、出来る事を出来ない様に見せねばならない場合もある。使い分けるのが出来る男の証ってな。」
「つまりは口に出すなと言う事か。」
「そう言う事♪」
この論議の間にも凄まじい戦闘が繰り広げられている。
一の爆斬、十の剛撃、百の魔法、千の刺突、万の斬撃、幾度も交差する剣と剣、打ち合い、弾き、去なし、避け、一旦跳び退いては再び激突を繰り返す。
手数では圧倒的にヤヌスが優勢であり、何度も傷を負わせているが致命傷を与えるまでには至らない、逆にディアブロの一撃をまともに受けてしまうと一溜りも無く打ち拉がれてしまう危険性があり重い一撃を繰り出せずにいた。
ディアブロの方からすると、ヤヌスの動きを先読みして剣撃を見舞うが、相手はその先を行く速度で攻撃を回避する。
ヤヌスの頭上に光速で電撃を落とす『落雷』、追尾式の射出火炎『狙炎』、大剣に魔力を込め全方位へと拡散爆破させる『黒獄』の三種同時魔法を放つが、そのどれもをヤヌスの魔剣が切り裂き無力化させる。
「魔力を断ち切る魔剣『インビジティリア』か、お前が扱うと、これほど厄介な物はない。」
「お褒めに預かり光栄だが、俺にばかり気を取られていて良いのか?」
「何?」
ヤヌスに促され自部隊を省みると、全こっこ隊兵士の喉元に背後から黒い刃が押し当てられている。
「『影渡り』か、ラミールの特技を皆が使えるとはな。」
「魔法武具『シャドウウォーカー』があればこそだよ、先日ライゼルさんに頼んで人数分作ってもらったのさ。」
『シャドウウォーカー』とは刀身が真っ黒の短刀であり、魔力を込めると影から影へ移動できる暗殺者御用達の魔法武具である。希少価値の高い暗黒御影石を材料にしており使用する度に刃こぼれが生じるので高級使い捨て武器の一種とされている。
「敵に塩を贈る様な真似をするとはな。」
「その代わり黒月隊と悪笑隊との戦いには介入しないと約束させられたよ。」
「その程度の約束で・・・。」
「ライゼルさんにとっては、その程度では無いのだろうよ。さあ、部下たちは絶体絶命の危機だぞ降参しろよ。」
「ふんっ、我が部下の喉を掻き切る前に俺がお前の部下どもを斬り捨てられぬとでも思っているのか?」
「そんな事は思っていないさ、ディアブロの強さは嫌というほど知っているからな、貴方なら可能だろう。だが、その全ての斬撃を防いでみせる。俺には出来ないと思っているかい?」
「・・・出来ない、とは言い切れぬ・・か・・・。」
ディアブロ相手に斬り勝つ事は出来なくても、駆け引き次第で勝利する事が出来る。個が最強だと部隊も最強である、とはいかないものだ。
「じゃあ、降参だな。」
「いいや、降参はしない。」
既にディアブロは大剣を降ろし、戦う姿勢を見せてはいないが負けを認めないという。
「いやいや、この期に及んで降参しないってどういう事よ、ミュリちゃんにも危害が及んで良いって訳?」
馬の背に跨がるミュリエルにもラミールによって背後を取られ刃を突き付けられている。
あらあら、自他共に認める相思相愛ぶりを普段から見せつけてくれている割には冷たい仕打ちね。
「良いの?ミュリちゃん、旦那に見捨てられちゃった様よ。」
返事が無い、そういえばさっきから一言も発しないし、刃に対する怯えも感じられない・・・まさか・・・。
怪しいと感じたときは即断即決即実行、躊躇してはいけない、ミュリちゃんの背に短剣を突き刺した途端に魔法は解け、それは水の塊に変わると、重力の法則を思い出したかの様に落下し馬の体をズブ濡れにする。
大量の水をかぶり驚いた馬が身体を激しく上下させ、私を空中へと振り払うと嘶きながら走り去って行った。
「くぅ~、騙された~。」
スタッと着地を決め、周囲の気配を探ると民家の屋根に召喚魔法陣を描くミュリちゃんの姿を見つける。
「あら、何を呼び出す気かしら?」
「えい!」っと掛け声ひとつ上げてミュリちゃんが呼び出したるは見覚えのある厄介な存在、『皆癒し』のハルエリエだ。
「召喚されて名乗るも烏滸がましいが、白救隊副隊長ハルエリエここに参上ですのな~。」
茶髪に緑眼、メイド服に看護帽、背中に翼、手に救急箱、戦場に天真爛漫な振る舞いの魔族が舞い降りた。
ディアブロの旦那が微かな笑みを溢す。
「これで形勢逆転だな、覚悟しろヤヌス!」
でっこ隊との戦闘により負傷し動けずにいる者も含め、こっこ隊全兵士の体が赤く発光し、やがて兵士の身体は爆散、麗無隊兵士諸共砕け散り周囲に爆炎を撒き散らす。
「自爆魔法ですって!?ちょっと正気なの!?」
隊長格は皆、爆発に巻き込まれる前に範囲外へと逃れたが、自部隊兵士を助ける事はおろか指示を出す間も無かった。
戦場に無傷で残るは私とヤヌス、ディアブロ、ミュリエル、ハルエリエといった隊長格のみ、他は皆『ミナデス』により灰燼と化した。
こんな状況でも無駄口を交わしながら楽しそうに戦闘を続ける野郎どもを無視して、こっこ隊隊長に文句をつける。
「ちょ~っと、ちょっとぉぉ!ミナデスなんて禁呪もいいところじゃない!ライムの旦那でもこんな無茶苦茶はしないわよ。」
ペコリと頭を下げ謝るミュリエル
「ごめんなさい、ラミール様、これもハルちゃんが居てこその作戦なんです。」
ええ、そうでしょうとも、完璧治療、永続回復、完全蘇生が可能だからこそ、こんな思い切った作戦が出来るのでしょうよ。でも公開訓練である事を考えれば観戦する人間の心象が悪くなっちゃうじゃない。
「えへへ、では召喚者のご要望通り復活の呪文を唱えますのなー。」
呪文を唱えつつパカッと救急箱を開けると、そこから光の粒子が流れ出る。それは星々の流砂、数多の宝石群にも似た輝きを放ち、あまりの眩さにウットリしちゃって思わず盗みたい衝動に駆られてしまう。
「今回は逆行蘇生にしてみましたのな、こっこ隊は早く、麗無隊は遅く時刻逆行蘇生しますのな、蘇生状態は公開訓練開始前に、記憶再生はミナデス発動前にしましたのな~。よって経験値はそのままに、レベルアップした者は訓練前のレベルに戻り、レベルアップは次戦闘経験値獲得後になりますのな。」
光の粒子を浴びて瞬時に復活するこっこ隊兵士、光に包まれたまま徐々に蘇生しているだろう自部隊兵士、時間差で蘇生させることにより形勢逆転、麗無隊の敗北は確定ってことね。
悲惨な光景も神秘的な復活劇で人間の恐怖心も緩和されたのかしら?上手く幸福心を引き出せたのなら負けを認めてあげてもいいけど・・。
ピンポンパンポーン♪♪
「執行部よりお報せです。先ほどこっこ隊により全麗無隊兵は爆死、及び全こっこ隊兵も爆死した為、両部隊は壊滅しました。引き続き軍事訓練をお楽しみください。」
ピンポンパンポ~ン♪
「え~~、そんな~~。」衝撃の判定を受け落胆するミュリちゃん。
「・・・。」絶句し立ち尽くすハルちゃん。
そんな訳でスゴスゴと戦場を後にする私達、戦闘終了放送を無視し、嬉々として戦闘を継続していた野郎どもは強制送還されましたとさ。
後に執行部から説明を受けたのだけど、例え蘇生させようが一時でも率いる兵がいなくなった時点で壊滅扱いになるそうよ、そりゃそっか。
「・・・そしてハルだけが戦場に置き去りにされましたとさ・・・な、なんでですのなー!召喚主様ーせめてハルを送り返してから帰ってくださいのなー!」




